第78話 つたえたいこと
ソフィーの姿が見えなくなる。
マリアはおそるおそる、地上に目を向けた。
当然の話だが、かなりざわついている。
黒髪の少女など、マリアしかいない。
そのため、注目の的となっている。
高い城門の上、しかも後ろの方で待機しているためほとんど姿は見えていないが。
なんて余計なことをしてくれたのかと、マリアは軽い怒りを覚えている。
「戻っていいですかね?」
隣にいるオーランドへ尋ねるが、肩を竦められる。
王の方に顔を向けると、目が合う。
「マリア」
名前を呼ばれる。
「こちらへ」
少し悩んだが、無駄だと諦め前に向かう。
アレンは楽しそうに笑い、カーチスは不安そうな顔をマリアに向ける。
促されるまま、王の隣に立つ。
人がたくさんいる。誰もがマリアを見ている。
王は国民に向かって言葉にした。
「ソフィーの試練の後、公表するつもりであったことを、あの馬鹿娘が先に発言してしまった。そのため、今この場で伝える。昨日より、今私の隣にいるマリアはソフィーと婚約した。つまり私の娘となり、王家の一員となった。あまり知られていないことだが、精霊の子は生殖機能がないため代々女性と結婚し、神器により子を儲けてきた過去がある。精霊の子がこの国にとってどれほどたくさんのものを残してきたかは歴史が物語っている。この国の発展のためにマリアは必要な存在であり、彼女でしかソフィーの相手は務まらない。彼女との婚約はこの国のために必要なものだと私は判断した。だからどうか彼女に拍手を。ふたりの未来に、どうか喝采を」
まだらに始まった拍手と歓声はすぐに広がり、大きな音となった。
マリアは、苦笑いを浮かべるので精一杯。
「それではマリア、皆に挨拶を」
その言葉は流石に予想外で驚いたが、直ぐに腹を括った。
王からは、声を遠くまで届ける魔法道具を渡される。
マリアは咳払いをした。
「先程紹介されたように、私はマリアと言い、見た目通り、ただのシスターです。ソフィー様と婚約し、王家の仲間入りをしたみたいです。ですけど、私は私のままで、昨日までの私と何も変わらないです。これからだって、きっとそうだと思います。だから、私から何かを発信するようなことはないです。ただ、ひとつだけ皆さんに伝えたいことがあります。ソフィー様は皆さんが考えているような怖い人ではないということです。先程の宣言を聞いたなら分かるかと思いますが、正直、ただの阿呆な子です」
マリアの発言に、周囲がざわつく。
「ああ、すみません。確かに言い方が宜しくなかったですねぇ。私が何を言いたいかと言うと、そんなアレなところも含めて、可愛らしい人だということを知って貰いたいんです」
マリアはそう言った後、昨日の夜に見せられた獣のようなソフィーを思い出す。しかし、直ぐに頭の中から追い出した。
あれは初めだけのソフィーであり、次からはもう大丈夫だと、自分に言い聞かせる。
毎回あんな風に攻められては、とても耐えられるものではない。あれだけしたのだ、もう当分求められることはないだろうと、マリアは高を括った。
――正直、数か月分は吸い取られた気分だ。気絶までさせられたのだ。あれで満足していないと言われた日にはもう、教会へ逃げ出すしかない。
マリアは頭を振り、気持ちを切り替えた。
「ソフィー様は優しい人です。この国のために振るった彼女の剣を忘れないでください。精霊の子が生まれたから魔物が増えたわけではなく、魔物が増えたから精霊の子はこの世に産声をあげてくれたんです。だから、私は彼女に感謝しています。この国の平和は、彼女がもたらしたものだと信じているからです。だからどうか、彼女の功績を称え、彼女のために祈りを捧げてください。私は彼女の横で、彼女のために祈り、彼女を支えたいと――そう思うだけの女です」
そう言って、マリアは頭を下げた。
***
催しが終わり、マリアたちはお城の方に戻った。
「いやー、マリアさん。実に素晴らしかったですよ。素晴らしすぎて、涙がでてしまったかもしれません」
ロビーまで戻ると、オーランドは大げさに、適当な言葉を吐く。
「素晴らしいかはともかく、傑作ではあったな。あんな大勢の衆目の中、ソフィーのことを阿呆呼ばわりする人間など、後にも先にもお前ぐらいのものだろうな」
そう言ってアレンは笑う。
「あれは……つい、本音がでてしまいましたねぇ。だってあれは真実ですから。――とは言え、次からは気をつけます」
マリアは、謝罪する。
「僕も素晴らしいと思いましたよ。いきなり話を振られ、あれだけ堂々と発言できたのですから」
カーチスは素直にマリアを褒める。
邪気を感じないため、マリアは照れながらもにやけてしまう。
「色々と言いたいことはあるが、今はまだ控えよう。マリア、ソフィーが戻るまでは教会の方で暮らすんだったか?」
「はい。聖女様には戻ってこいと言われているので」
「すぐ教会の方に帰るのか?」
「はい。職場の人達に挨拶してからですが」
「そうか、分かった。しかし、気をつけよ。血の契約がそなたを守るとは言え、絶対ではないと思え。そなたはもう王家の一員。その自覚を持たなければならない。公表した以上、本当は教会に戻らず、作法を叩き込みたい所だ。しかし、聖女とは式の後だと約束してしまった。だから、覚悟しておくがいい」
「いや、あの、私は教会を辞めるつもりはありませんよ?」
「分かっておる。将来は聖女になる存在だと聞いておるからな。だから、王家の人間として教会を掌握し、我が王家の傘下にすることを期待しておる」
そう言って、王は笑った。
その言葉が、半分冗談であり、半分本気のように感じた。
「それではしばしの別れだ、我が娘よ」
そう言って、王はロビーの階段を上っていった。
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