第76話 初夜

 自分の部屋に戻ると、ソフィーはようやく手を離した。


「それではマリア、先にシャワーへ入ってきますね」


 その言葉に何故かドキッとしてしまった。

 何故かは自分でもよく分からない。


「それとも、一緒に入りますか?」

「ひとりで入ってくださいよぉ」


 即答されたため、ソフィーとしてはあまり面白くない。

 不機嫌な顔のまま、浴室の方に向かった。


 

 

 

 ソフィーが入っている間、マリアは悶々としながら椅子に座って待機していたが、彼女は予想よりかなり早く出てきた。

 しかも濡れている様子もない。


「本当にちゃんと洗いました?」


 マリアは疑いの目を向ける。


「ちゃんと洗いました。これはマリアのためですよ」


 意味が分からず、マリアは首を傾げる。

 ちゃんと洗うことが何故自分のためになるのかが分からない。


「疑うようなら、一緒に入りますか?」

「大丈夫ですよぉ。ソフィー様を信じていますので」


 マリアは荷造りしたバックから必要な物を取り出し、急いで脱衣所に入った。


 裸になり、シャワー室にある魔法石へ魔力を込める。

 お湯を頭から降り注ぐ。

 ふたつの扉の先にソフィーがいる。それを考えるだけで、鼓動が大きくなる。


 気にしすぎだと――自分に言い聞かせる。

 教会ではみんなでお風呂に入るのが普通だ。裸の付き合いなど、慣れたもの。

 ――なのに、鼓動がおさまらない。




 黒いネグリジェに着替え、頭にタオルを乗せ脱衣所から出てくる。


 ソフィーは白いネグリジェ姿。

 広いベットの真ん中に寝転んでいる。

 上体を起こすと、手招きしてくる。


 マリアはソフィーの仕草に訝しがる。


「本当に変なこと、しないんですよね?」

「マリアは本当に疑り深いですね。なぜそのような思考になるのかが理解できません」


 しつこく手招きされ、マリアは諦めてベットの縁に座る。


「遠いです。それでは手が届きません」


 マリアはため息を吐くと、ソフィーのところまで膝で歩いて近づいた。

 警戒しているため若干距離は離し、座らないままで待機した。


「で、何をする気です?」

「後ろを向いて、座ってください」


 曇りない瞳に促されるまま、彼女に背中を見せた。足は横に折り曲げて座ると、ソフィーはすぐに距離を詰めて来る。

 頭に巻かれたタオルを解かれると、髪に軽く触れてくる。魔法の風がおき、髪を揺らした。

 それは程よく暖かい。

 あまりの気持ちよさに、つい、目がうっとりとしてしまう。


「気持ちいいですか? マリア」

「そうですねぇ、凄くいい感じですよぉ」


 ソフィーは櫛を生成すると、それでマリアの髪を梳いてくる。


「こんなに至れり尽くせりでいいんですかねぇ。私、ソフィー様のメイドなんですけどぉ」


 とは言え、この心地良さには抗えないなぁーとマリアは思った。

 急に風が止み、あれ? と思った瞬間、後ろから抱き着かれる。両腕が胸の少し下あたりに食い込む。咄嗟のことで、体が固まった。


「貴方は私の家族であり、妻です。メイドだなんて言わないでください」


 ソフィーは肩に顎を乗せ、頭と頭を擦り付けてくる。彼女の匂いが鼻をくすぐり、マリアを惑わせる。


「ソフィーと呼んで――そしてもっと、私に寄りかかってください」


 そんなこと言われたって、正直――困る。



「マリア、こっちを向いてください」


 誘われるように、マリアはソフィーの方に顔を向ける。


 ソフィーが身を乗り出したとき、彼女の腕が胸に触れ、鼓動が早まる。姫様は顔を横に向け、唇を舐めてくる。


「後ろからでは、キスがしづらいのですね」


 そう言って、今度は背中に顔を埋めた。


「マリアに触れていると、私は安心します。貴方はどうですか?」


 安心する? マリアは少しだけ苛立ちを覚えた。だって、自分はこんなにも胸が苦しいのに。


「マリア、貴方の鼓動が聴こえますよ」


 その言葉に、マリアは距離を離そうとしたが、お腹に回された腕で逃げ出せない。

 これは無理だと判断し、大人しくなる。


「この鼓動の速さは私を求めてくれている証拠なのですね」

「それ、違いますからねぇ」


 無駄と知りながら、マリアは精一杯の反論を行う。顔を真っ赤にさせながら。


「マリアは、嘘が下手くそですね」

「そんなことありませんよぉー」

「いえ、下手くそですよ。マリア、力を抜いてください」


 ソフィーの手がお腹から離れ、片手を首に回してくる。彼女の腕に寄りかかった体が、いともたやすくベッドの上へ倒された。そんな自分に、マリアは驚いた。そのまま、ソフィーは手を握ってくる。


「凄く可愛いですよ、マリア」

「……何だか、手慣れてる感じがするんですけどぉ」


 疑いの目をソフィーに向けた。

 

「そう思えて貰えたなら良かったです。どうすればマリアをスマートに押し倒せるか、ずっと考えていましたから」


 嬉しいような、嬉しくないような微妙な気持ちになる。


 ソフィーはマリアの首筋にキスをした。


「へ、変なことは、しないんじゃなかったんです?」

「何度も言わせないでください。私はマリアに変なことなどしません」


 ソフィーはマリアの唇に軽いキスをする。


「……押し倒して、キスをして――これ、変なことではないんです?」

「マリアは本当に馬鹿ですね。これの何処が変なことなのですか?」

「私にとっては変なことなんですけど?」

「大丈夫です。私にとっては問題ありません」

「私にとっては問題ありなんですが!?」

「本当に、マリアは素直じゃないですね」


 ソフィーは少しめくれ上がったスカートの中に手を入れてくる。マリアは驚きのあまり声がでない。腰が抜けているのか、力が入らない。


 指が下からゆっくりと這い――マリアの体が”ぴくん”と跳ねると、太ももの上あたりで止まった。


「本当に、マリアはへたれですね。だけどそんな貴方が――愛おしくて仕方ありません」


 ソフィーは又、キスをしてくる。


「例え、一日たりとも貴方と離れたくありません。だからどうか、それに耐えられるよう、貴方の全てを私にください」


 そんなことを言われて、嫌だなんて――言えるわけがない。


 ソフィーはもう一度キスをしてくる。それは今までの軽い口づけ等ではなかった。舌が口内に侵入し、マリアの脳にまで刺激が伝わる。今回はしつこく、なかなか開放されない。ソフィーは夢中になってマリアを求めている。それが嬉しくて、どこか――怖いと思ってしまう。


 溺れてしまいそうだと、マリアは思う。それが、怖いのだ――


 唇が離れ、糸が垂れる。


「マリア、私は貴方の全てが欲しい。貴方の抱える苦しみも、貴方が抱える罪すら、私は全てが欲しいのです。だから、貴方の全てを私に預けてください」


 ソフィーの止まった手が再び動き出す。


 無理だ――もう、無理だと、マリアは思う。


 ソフィーが欲しい。ソフィーの全てが欲しい。


 誰かを求めることが罪だとしても、もう無理だ。


 ――私は、ソフィーが欲しい。君の全てが、私は欲しい。

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