第75話 ふたりの部屋

 食事を終え、少しの時間だけ団らんを楽しんだ。


 夜も遅くなったため、聖女は帰宅すると伝える。王から泊まっていくように言われたが、彼女はそれを断った。


 マリアはソフィーと聖女の三人で玄関までの道を歩いた。自分はどうするべきなのかを考えながら。

 結局、答えが出ないまま、ロビーに着いてしまった。


「ここまでで大丈夫よ」


 そう言って、聖女は笑った。


「それで、マリアはどうするの?」


 聖女の言葉に、マリアは口をつぐんでしまう。


 手を――握られた。


「マリアは今日、私の部屋に泊まりますので安心してください」


 マリアは驚く。直ぐにソフィーへ視線を向けた。


「何でしょうか? 文句でもあるのですか?」


 ソフィーからジト目を向けられる。


「文句がある訳ではないんですけど――」

「明日からしばらく、マリアと会えなくなります。それなのに、貴方は平気なのですか?」


 マリアはつい、笑ってしまう。


「何が可笑しいのですか?」


 ソフィーは頬を膨らます。


「すみません。ただ、嬉しかっただけです」

「嬉しい――なるほど、そうなのですね」

「ソフィー様の部屋で一緒に寝ても、変なことしませんよね?」

「安心してください。私がマリアに対して、変なことなどするわけがないです」


 ソフィーは何故か自身有りげに言葉を吐いた。


「では、ソフィー様を信じますよぉ」

「ええ、全て私に任してください。後、様はいりませんよ、マリア」

「取り敢えず、そこはしばらく聞き流してくださいねぇ」

「それはできません。後でしっかり話し合いましょう」


 聖女が急に笑い出す。


「何で急に笑い出すんです?」

「気にしなくて大丈夫よ。ただ、良かったなって思っただけだから」


 マリアは今ひとつ、意味が理解できない。


「取り敢えず今日は、ソフィー様の部屋で泊まるってことでいいのね?」

「ええ、それで問題ありません。私がいない間は教会の方でマリアを守ってください」

「そんなに心配する必要あります? 血の契約により私、守られているんですよね?」


 気にして貰えるのは嬉しいが、人から心配されるのはあまり好きじゃない。


「凄く心配です。何せまだ、国中の人間にマリアは私のものだと宣言できていませんから」

「心配ってそっちの方なんです? と言うかそんな宣言、しなくても大丈夫ですから」


 ソフィーから再び、ジト目を向けられる。


「し、信頼して頂けるように頑張りますよぉ……」

「その言葉――どこまで本気か、後で調べますので」


 一体なにをさせられるのか――マリアは恐怖でおののいた。


「それじゃー私は、そろそろ行かさせて貰うわよ」


 聖女はにやにやしながらそう言った。


 その表情に苛立ちを覚えながらも、マリアは我慢する。


 マリアとソフィーは手を振って、聖女を見送った。もう片手の方はまだ、お互いの手を握ったまま。


「それでは私たちも、そろそろ戻りましょうか」


 聖女の姿が見えなくなると、ソフィーはそう言って笑う。


「あのー、いつまで手を繋いだままなんです?」


 マリアは今更、周りの視線に気付く。


 夜遅くとはいえ、ロビー内には人がまだらに点在している。


「何を言っているのですか? 部屋に戻るまでです」

「……空を飛んで戻るんですよね?」

「いえ、歩いて戻ります。今まで徒歩の移動など、時間の無駄だと――そう思っていました。でも案外、悪くはありませんね。誰かと歩幅を合わせるというのも」

「……まさか、このまま手を繋いでです?」

「本当にマリアは馬鹿ですね。先程、部屋に戻るまでと言いましたよ。当たり前ではないですか」


 マリアは口をすぼめ、無言の抗議を行う。


「何ですかそれは。キスでもせがんでいるのですか? それ、悪くないです」


 ソフィーの顔が近づいてきたため、マリアは慌てて片方の手で彼女の顔に押し付ける。


「何をするのですか?」

「いや、それはこちらのセリフですからねぇ」


 ソフィーは顔を離すと、何故か妖しげに笑う。


「取り敢えず、今は許してあげます」

「……本当に変なことしないんです?」

「マリアはしつこいですね。変なことなど、するわけがないです」


 失礼な――という顔をする。


「マリア、帰りましょう。ふたりの部屋へ」


 そう言って、ソフィーは嬉しそうに笑った。


 


 ***



 

 知り合いに会いたくなどなかった。


 分かってはいたことだが、部屋までの道は仕事場と直結している。


 そのため、否が応でも目撃された。


 ナナとベルと目が合い、ふたりが親指を立てる姿を見た瞬間、諦めることを受け入れた。


 そのため、マリアは一旦自分の部屋に寄って貰うことにした。


 荷造りしたいから手を離して欲しかったが、嫌だと言われたため、仕方なしに片手で荷物をまとめる。

 

 ソフィーからは「手伝いますよ」と言われたが、丁寧にお断りした。

 剥れられたが、知ったことではないと、自分に言い聞かす。

 流石に、自分の下着を触られるのには抵抗があるし、顔見するのも正直止めて貰いたいと、マリアは思う。

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