第74話 王族の食事

 お城の5階は基本的には王家の人間と、彼らに近しい人間しか入れない。つまりは、彼らのための場所。


 現在、マリアは5階の食卓に座っている。


 10人が座れる大きさの長テーブル。豪華な場所と考えていたが、意外と質素な部屋である。


 部屋の奥、中央の席に国王。右斜め前が空席となっており、左斜め前の席にアレンとカーチスが座っている。

 マリアとソフィーは入口側の中央の席にふたりで並んで座っている。

 彼女たちは儀式用のローブから、綺羅びやかな白いドレスに着替えている。マリアとしては違和感しかない格好だが、ソフィーから賞賛され、悪い気はしない。

 マリアは中央の左側に座っており、その斜め前に聖女が座っている。

 

 全員で6人の食事会。


 5階には専用の厨房とコック、専用の執事とメイドたち。彼らは代々王家を守ってきた由緒正しき血筋の人たち。

 彼らは王族の身の回りの世話を行い、命を賭して彼らを守る。人を殺す技能、人を守る技能も優れている。


 執事は王の隣で姿勢良く立っている。

 

 メイドたちが食事を運んでくる。ひとつひとつの所作が美しく完璧だ。マリアはつい感心してしまう。同じ職場の人たちには申し訳ないが、レベルが違うなぁと思ってしまう。


 食事が並び終え、まずは国王が口を開く。


「知ってはいるとは思うが、王妃は長年病に臥せている。ここに参加できないことはどうか許して欲しい」


 マリアは自分に言ったのだと分かると、慌てて手を振った。


「お、お気になさらず」


 王はマリアの言葉に頷く。


「それでは、新たに増えた王家の人間、マリアに祝福を」


 そう言って、王は軽くグラスを持ち上げる。


「祝福を」


 アレンとカーチスもグラスを掲げる。


 聖女はマリアの方を見て、ニヤニヤしながら手を叩く。


「ちょ、ちょっと待って下さい。私、いつの間に王家の人間になったんです?」

「何を言っているんだお前は。先程、婚礼の儀が終わったばかりだろ」


 アレンの言葉を聞いても、マリアはまだうまく飲み込めていない。


「血の契約は、精霊の子との婚礼の儀となる。式はただのお披露目にすぎん。お前たちはすでに家族となった」


 国王の言葉に、マリアは軽い衝撃を受けた。


 服の裾が軽く引っ張られ、視線を向ける。


 ソフィーの嬉しそうな顔を見ると、これで良かったんだと思える不思議。


「つまり、今日から俺はお前の兄だ。妹らしく、お兄様と呼ぶことを許してやろう」


 と、アレン。


「それは良いですね。マリアさん、僕のことを兄上と呼んでいただいて構いませんよ」


 と、カーチス。


「私のことはお父様と呼ぶことを許そう。我が娘よ」


 何だかんだ、ノリが良い人たちだなぁーと、マリアは思った。


「それはまあ、後々ということで」


 マリアはやんわりと断わる。


 王とアレンは特に気にした感じはないが、カーチスは少し、残念そうだ。


「カーチス様は兄というよりは弟って感じですねぇ。だから、私のこと、お姉ちゃんって呼んでくれていいですよぉ」

「酷いです! 僕の方が数か月もお兄さんなのに……」


 童顔を気にしているカーチスは分かりやすく落ち込む。


 笑いが漏れ、なごんだ雰囲気になる。


「マリア、そなたは今日一日、寝込むことになると私は想像していた。しかし今、こうやって同じ食卓につくことができている。私はそなたを称賛しよう」


 マリアは頷く。誉められて悪い気はしない。そのため、若干のにやけ顔。


「話はここまでにし、食事にしようではないか。新しい家族のため、いつも以上に手が込んでおる。冷めても美味しいが、せっかくなら温かい内に食べるべきだ」


 王の言葉にマリアは激しく頷いた。


 お預け状態だったが、お許しがでたため、さっそく食事に取りかかる。


 あまりの美味しさにマリアは驚愕する。


「そ、その、凄く美味しいです!」


 語彙が少ないため、この美味しさをうまく表現できないことがなんとももどかしい。


 マリアは再び、食事に取りかかる。


 お世辞にも作法が良いとはいえない。しかし、誰も指摘しない。彼女の嬉しそうな顔を見て、今日ぐらいはと思う。


 ソフィーは食事に手を付けず、ずっとマリアの顔を眺めている。当の本人は食事に夢中で気付かない。


 ソフィーは思う。


 早く――許されるのなら今すぐにでも、彼女を食べてしまいたいと。


「あ、ソフィー様、何も食べてないじゃないですかぁー」


 本当に美味しいですねぇ、と味を共有したかったのにと、マリアは悔しがる。


「マリア、大丈夫です。貴方が食べ終えるまで待ちましょう。私は、妻を大事にできる女ですから」


 ソフィーはマリアに食べさせて貰えるものだと勘違いしている。だから、ソワソワと心待ちにしていた。

 

「? 一緒に食べればいいじゃないですかぁ。私を待つ必要はありませんよ?」

「なるほど、その考えはありませんでした。さすがマリアですね」


 マリアは首を傾げる。


 椅子と食事を近づけてくるソフィーの姿を見て、ますます意味が分からない。


「それでは私からしますので、次はマリアですよ」


 ソフィーはスープの皿を持ち上げ、マリアの側まで近づける。スプーンで掬い上げ、息を吹きかけた。そして、口元へ近づける。


「いやいや、一緒に食べさせ合おうとは一言も言っていませんが?」

「マリア、大丈夫です」

「大丈夫じゃないから言っているんですけど!? 皆が見てる前で食べさせ合うなんて、馬鹿のすることですよぉ。それでいいんですかねー、ソフィー様は馬鹿な子になっちゃいますよー」

「他人のことなど気にしないでください。私のことだけを見て、私のことだけを意識してください。不愉快ですから」

「他人じゃなくて、家族ですよね!? たとえそうだとしても無理な話ですけど!」


 ソフィーからの圧が相変わらず強い。


「私の感情、分かるんですよね?」

「大丈夫です。その感情を喜びに変えさせますので」

「それはもう洗脳ですから!」


 マリアは救いの手を求めて、他の人達に視線を向ける。


 聖女はにやにやしており、助けてくれる気配はない。

 カーチスは手で目元を隠しているが、指の隙間から覗いている。目が合うと、直ぐに隠された。

 アレンは鼻で笑ったあと、食事を再開してしまう。


「我が娘よ、今日ぐらいは多目にみようではないか。国王とは時に寛容な心が必要だ。我々のことは気にしなくてよい」


 マリアは頷き、受け入れることを決めた。


 あれほど美味しかったはずなのに、味が分からなくなる。


 それでも、喜んでくれるソフィーを見ると、まぁ――悪い気はしないのだが。


「思った通りです。多少強引だろうと、マリアは喜んでくれるのですね」


 流石に、ソフィーのその言葉は聞き捨てならないと、マリアは憤慨した。


 このままでは取り返しのつかないことになると、マリアは確信した。そのため、彼女は握り拳を作り、ひとつの決心を行った。


 鉄の乙女と呼ばれた理由を――ソフィーは知ることになるだろうと、マリアは笑みを浮かべた。


 ――余談だが、鉄の乙女と呼んだ人間はアンナひとりだけであり、しかも冗談で言っただけ。当の本人はすでに忘れている。


 ソフィーが無言でスプーンを再び差し出してくる。


 もう昔の私ではないと、マリアは鼻で笑う。


「ソフィー様――」


 言いかけた言葉を飲み込んでしまう。


 邪気のない目をしている。何の疑いもなくマリアを見つめてくる。


 マリアは少しだけ悩んだあと、ソフィーが差し出したスプーンに口をつけた。


 ソフィーは嬉しそうな顔をする。


 マリアとしては、舌打ちでも打ちたい気分だ。


 そんな顔されたら、何も言えなくなるだろうと――恨みのひとつでも言いたくなる


 ――取り敢えず、今回だけは見逃そうではないかと、マリアは寛容な心を見せることにした。

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