第70話 わたしは、君のもの
ソフィーは3階にある――とある窓の前で止まると、手をかざした。
「えーとぉ、何をする気です?」
マリアは何となく嫌な予感がした。
「鍵がかかっているみたいなので、窓ごと壊します」
そう言って、風の魔法で無理やり入り口を作ると中に入った。
案の定、床は硝子の破片で散らばっている。
驚くことに、これだけ派手に壊した割に音は静かだった。
おそらく、魔法で音を遮断したのだろう。
被害のない場所で、ソフィーはマリアを下ろした。
少し離れた場所に兵士がおり、驚いた顔でこちらを見ている。
マリアは彼の気持ちが良く分かる。犯行直前から見ていた自分ですら、今の状況を上手く理解できないのだから。
「何をしているのですか。さっさと修理の段取りをしてください」
ソフィーは悪びれもせず、戸惑う兵士に向かって、そんなことを言った。
兵士は言葉なく何度も頷くと、走ってどこかに向かった。
「……あのー、なぜ魔法で壊したんです?」
「それが一番の最短だからです」
何を当たり前のことを聞くのですか? とでも言いたげな顔をする。その瞬間、何を言っても無駄だと判断した。
「派手なことをしたわねー」
呑気な声を出しながら、セラは歩いてくる。
「聖女様、私はマリアと結婚します」
いきなり、そんな問題発言をぶっ放したため、マリアの体が固まる。
聖女はソフィーとマリアを見比べた後、何故か爆笑した。
いや、ここは笑うところじゃないですよね!? と、マリアは心の中でツッコミを入れる。
「それ、マリアは承諾しているんですか?」
聖女はひとしきり笑った後、ソフィーにそう尋ねた。
「はい」
ソフィーは何の迷いなく、肯定した。
いや、してませんけども!?
マリアはソフィーの後ろで、両腕でバツ印を必死に作る。聖女はそれを見て、何故か鼻で笑った。
「何故、急にそのような話に?」
「マリアがメイドを辞めたら、もう私に会えないと泣きついたからです」
泣いてませんけど?
「結婚すれば、私に会う理由ができます。そして私はマリアを決して束縛せず、自由を与えます。今まで通り、教会で働いて貰って問題ありません。夜、私の部屋に帰ってきてくれるだけでかまいません」
「なるほど、素晴らしい結婚相手ね」
聖女はそんなふざけた賞賛をし、そんなふざけた言葉で、ソフィーは大変満足した。
「ちなみに、私はこう見えて、ちゃんと尽くす女です。送り迎えは私に任せてください。そうすれば、聖女様も安心していただけるかと」
「それは、殺人鬼に対して?」
「全てにおいてです。敵が何を狙っているかは分かりませんが、私の結婚相手に手を出そうと考える馬鹿はいないと思います。例え相手がそのような輩だとしても、私と結婚すれば血の契約をマリアに与えることができます。それは必ず、彼女を守ってくれます」
「ソフィー様は、マリアのために結婚をすると?」
「それもありますが、一番は私がマリアと結婚をしたいからです」
そんなことを言われて、嬉しくないわけがない。
認めたくはないが、結婚したいと言われとき、最初に浮かんだ感情は――喜び。
どんなに自分を誤魔化そうとしたって、ソフィーには筒抜けだ――それが嬉しくもあり、戸惑いもある。
「なるほど、私からは何も言うことはないかと。今ここで、マリアが承諾するのなら」
ソフィーは振り向く。
「マリア」
名前を呼ばれる。
――結婚したいと言われ、嬉しかった。嬉しかったが、そんなのは現実的じゃない。
「ソフィー様、私はただの平民ですよ?」
「マリアはマリアです。そんなこと、どうでもいい話です」
「それは、ソフィー様の中だけの話ですよね? 絶対に反対されますから」
「大丈夫です。私がだまらせますので」
「女同士の結婚なんて、聞いたことがありませんし、できないはずですよねぇ」
「歴代の精霊の子は皆、女性同士で結婚しています。私達には関係のない話です」
「いや、それは――」
「マリアが不安ならば、法律を変更させますが」
「……別に、そこまでしていただかなくても、いいんですがぁー」
では、一体どうしたいのか? 自分に問いかけても、答えがでてこない。
ソフィーはマリアの顔を眺める。
「不安ですか?」
「……正直、自分のことなのに、よく分かんないんですよねぇ」
どうしたいかすら分からない。そんな自分に苦笑する。
「マリア」
その声は、どこか緊張した響きがする。
「私は貴方と、結婚がしたい」
「……何故です?」
自分を選ぶ理由が分からない。
「マリアが好きだからです。貴方は私のものだと、国民全員に分からせたいのです。そうしなければ、私は不安ですから」
「ソフィー様でも、不安になるんです?」
「なりますよ。いつ誰かに、貴方を奪われるのではないかと、私は不安なのです」
「……」
「だからマリア、私と結婚してください。私は、貴方が欲しい。そしてどうか私に、貴方を守らせてください」
そんなことを言われて、断れるわけがない。
――いや、違う。断れないんじゃない、断りたくないんだと、マリアは思う。
ソフィーはマリアの目元を指で拭うと、彼女にキスをした。
「マリア――貴方は私のものだと、早く認めてください」
「……言わなくても、分かるんじゃないんですか?」
「貴方の声で、言葉にしてください」
ソフィーはもう一度、マリアの唇に軽く触れた。
「貴方は、誰のものですか? マリア」
静寂。
「私は――」
言葉につまる。それでも、マリアは口にした。
「――私は、君のものです。ソフィー」
マリアの言葉を聞き、子供のように笑った。
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