第71話 報告

 マリア、ソフィー、セラの3人で会議室に向かう。


「別に今日でなくてもいいと思うんですけど?」


 歩けば歩くほど、胃が痛くなってくる。


「何故ですか?」

「だって、不謹慎じゃないです? 行方不明者が出たばかりですよ?」

「何故私たちに関係のないことで、気を使わないといけないのですか。不幸な目に合っている人間は必ず何処かにいます。身近に起きた事件の時だけ気にするのは、おかしな話かと思いますが」


 それは確かにそうかもしれないが、少し極端な気がした。


 セラは、マリアの方をじっと見ている。

 

「聖女様、何です? さっきからずっと見てますけど」

「昨日も感じたけど、少し見ない間に変わったなーって思ってたのよ」

「そうですかね?」

「自分の気持ちを誤魔化せなくなってる」


 そう言って、セラは笑う。


「……それっていいことなんです?」

「いいことだと思うわよ」


 そう言われても、正直な話、良く分からない。


「君はもっと素直になったほうがいい。そしていい加減、過去の自分を許してあげなさい」

「……それを決められるのは私じゃないですよ」

「それを決められる人間は、もうこの世界にはいないのよ」

「……」

「君はもっと、自分の幸せを願っていい」


 マリアは何も言わない。そんな彼女を見て、セラは苦笑すると、頭を撫でた。


「そのへんはもっと、ソフィー様を見習ったら?」

「姫様では参考になりませんよぉ」


 マリアの言葉で、ソフィーは足を止め、不機嫌そうな顔を向ける。


「あ、いや、別にソフィー様を馬鹿にしたわけでは決してないですからねー」


 マリアも足を止め、必死に言い訳を口にする。


「先程はソフィーと呼び捨てでしたのに、急に姫様呼びです。それは凄く、距離を感じます」


 不貞腐れたように、言った。


「ちょっと待ってください、呼び捨てになんてしてないですよ?」


 無意識だったため、マリアはソフィーを呼び捨てにした認識がない。


「していました」

「してませんって」

「してたわよ」

「……え?」


 聖女の言葉で、マリアは驚いた表情をセラに向けた後、直ぐに視線をソフィーに戻した。


「以後、気をつけます」


 マリアはソフィーに謝罪する。


「これからは、ソフィーと呼んでください」

「いやいや、できませんよ、それは」

「何故ですか?」

「立場というものがありますので」

「結婚しているのにですか?」

「まだしてませんよね?」

「では、結婚したら呼んでくれるのですね」


 マリアは悩む。


「善処します」

「なんでしょうか、そのふざけた言葉は」

「えー、これはー、ソフィー様が言ったのとー、同じ台詞なんですけどねー」


 マリアは滅茶苦茶うざい感じて言葉を吐く。


「つまり、私の真似をした――と言うことなのですね」

「え? まぁ、はい。その通りですよぉ、何か文句ありますかねぇ」


 傍から見れば、ソフィーを煽っているように見える。


 しかし、姫様は何故か満足気に頷いた。


「そうなのですね。悪い気はしません」


 そんな風に、満ち足りた顔をされると、何も言えなくなる。

 



 ――



 

 会議室の前にいる兵士が扉を開ける。


 マリアは唾を飲み込む。


 聖女はそんな彼女の背中を軽く叩いた。


 中には、国王、第一王子、第二王子、オーランドの4人だけ。

 奥の方で固まり、立って何かを話していたが、マリアたちの方に顔を向ける。


 前の時と比べて人数が少なく、マリアは少しだけ気持ちが軽くなる。


 ソフィーは一言もなく、彼らの方に向かって歩いていく。


 後ろの扉が再び閉まった。


 マリアと聖女は軽く頭を下げ、ソフィーの後に続く。


「ソフィー様とマリアさんだけでなく、聖女様まで。わざわざお越しいただけるなど、嬉しくて涙がでそうですよ」


 オーランドは嘘くさい笑顔を振りまく。


「セラ、わざわざすまなかったな。結界の方は問題なかったのか?」


 国王は、聖女に向かってそう尋ねた。


「そうね、特に問題なかったわ」


 気安い話し方に、マリアは驚く。


 国王はしばし思案する。


「では今回の件、そなたはどう考える?」

「魔物――悪霊の仕業だとは思えない。あの結界が何の異常も感知できなかったとは思えない。ただ――」

「ただ?」

「いえ、何でもないわ」

 

 ――あの時、ほんの一瞬だったが、闇の気配を感じた。それはあまりにも微かで、確信を得ることはできない。そのため不用意な発言は控えることにした。


「部屋の前にいた護衛たちの可能性は考えられないの?」

「当然、それは考慮し、調査した。彼らの記憶を魔法で可視化したが、完全な白だ。魔法で操られたり、記憶をいじられた形跡もない」

「では間違いなく、彼らの目を盗みあの部屋に侵入し、犯行に及んだということね。遺体ひとつ残さず、争った形跡すら残さずに」

「そういうことだ。しかもあそこは4階の一室。警戒レベルが高い。人の目も、魔法による監視も3階までとは比べものにならん」


 部屋の扉からの侵入はあまり現実的だと思えない。窓から侵入し、犯行に及んだと考える人間がいてもおかしくはない。空を飛べる人間はソフィーしかいない。そのため犯人は彼女だと、騒ぐ輩が現れる。

 今回の犯行は恐らく深夜。人の目はないが、魔法による監視は扉側とは比べ物にならない。しかし、外側からの侵入に対しては強いが、内から招き寄せる場合はまた別となる。そうなれば、被害者は敵を引き入れ殺された? 致死量の血液が全員分検出されているため、犯行現場にいた人物が犯人で、惨殺後、逃げ出したとは考えられない。――そこまで考え、聖女は苦笑する。それだと、やはり空を飛べるソフィーが一番の容疑者になりやすい。


「ソフィー、そなたは何しにここへ?」


 国王は娘に顔を向けることなく、そう尋ねた。


「私はマリアと結婚します」


 ソフィーの言葉に、王族の方々は目を大きく見開いた。


「ですので、式の準備を急いでください。無理は言いません。明日の朝までは待ちましょう」


 今度は閉じた口が、大きく開くこととなった。

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