第68話 調査

 朝から、城の中が騒然とした。

 客室が血まみれになっているが、遺体が見つからない。

 とてもじゃないが、人間の所業とは思えない。


 犯人は精霊の子ではないかと、頭の中に思い浮かべる人間も出ている。

 この国を守る結界により、魔物は決して入っては来られないのだから。


 聖女セラはお城の中にある結界の装置を確認する。

 分かってはいたことだが、特に問題はない。


 その後、令嬢が殺された部屋を確認する。

 壁も、机も、特に傷ひとつない。

 血にまみれているだけの部屋。

 肉片のひとつない、ある意味、きれいな部屋。


 魔物と言うよりは、悪霊の仕業に近い。

 悪霊とは魔物より上位種と考えられ、実体がなく魔力感知は出来ない。

 どこかに出現し、台風のように過ぎ去っていく存在。

 通り過ぎた後は必ず、人の血液だけを残すと言われている。


 滅多に現れることはない。

 数十年に一度の大災害。

 だけど、それは結界により入ってこれないはずだ。


 微かに闇の残り香――それはほんの一瞬だけ感じた気配。

 聖女はしばらく思案したが、気のせいだと片づけた。


 誰かが中に入ってくる。そして、すぐに足を止め、口元を押さえる。


 セラはやれやれといった感じで肩を竦めた。


「マリア、行くわよ」


 セラはマリアの腕をつかむと、部屋から出た。




 近くの休憩室にある椅子へ座らせる。

 マリアが落ち着くのを確認してから、セラは口を開く。


「一応、部屋の前に兵士を置いといたんだけど、良く入れたわね」

「普通に入れてくれましたよ」


 恐らく、マリアの素性を知っていたのだろう。


「セラ様、被害者は誰か分かっているんです?」

「護衛がずっと部屋の外で待機していたらしいから、誰が被害に会ったかは分かっているわよ」


 護衛はそれなりの手練れであり、ひとりだった訳でもない。

 その中で、気づかれずに室内へ侵入し、彼女らを殺害した。音ひとつ立てずに。

 そして何より不可解なのは、血液しか残っていないこと。


「その中に、ヴィオラさんは含まれていないですよね?」

「ヴィオラ?」

「3年前まで、こっちの教会にいた方です。まさか忘れたわけじゃないですよね?」

「いや、忘れたわけじゃないわよ。この間、挨拶してくれたし、ここで働くって聞いていたしね。ただ、彼女の名前がここで出たことに驚いただけ。確かに、今このお城で働いているわけだから、可能性がないわけじゃないけど」


 ただ、3年ぶりに会った彼女はどこかおかしい。あのとき感じた違和感が、胸にしこりとして残っている。

 

「で、どうなんです?」

「その辺は大丈夫よ。貴族のお嬢様たちだから、恐らくマリアは知らない人たちでしょうね」


 よかったと――マリアは胸を撫でおろす。しかし、すぐに罪悪感に襲われた。喜べない人間もいることを思うと、胸が痛くなる。


「……まだ、亡くなったと決まったわけじゃないんですよね?」

「それはそうね、遺体がないんだもの。だから、捜索はすることになってる。私としてはもう、死んでいると判断しているけどね」

「血液が偽物ってことはないんです?」

「ないわね。血液に残った彼女たちの魔力が本物だと、立証している」

「……護衛の方たちも、彼女たちが見つかるまでは気が気じゃないですよね」

「そりゃーそうでしょうね」


 正直、気が気じゃないどころの話ではないだろう。ご令嬢の父親はそれなりの立場の人間だ。死亡が確定した時点で、彼らはただでは済まされない。しかし、そのことをマリアに言うつもりはない。何せ、そのようなことを伝えれば、彼女たちの生存を信じ、捜索でもしかねない。


「マリア、教会に戻ってきなさい」

「え? でも、ソフィー様のお世話が」

「そんなの、君が気にすることじゃないわよ。もともと向こうの都合だしね」

「でも――」

「嫌な予感がするのよ。だから、戻ってきなさい。メイド長にはこちらから話しておくから」

 

 とてもじゃないが、納得できない。ソフィーのこともあるが、自分ひとり逃げ出す――その事実が、マリアには耐えられない。


 セラはため息を吐くと、彼女の肩に手を置いた。


「マリア、お願いだから戻ってきて。君のことが心配なのよ。私のためにも帰ってきてくれない?」


 悩む。悩んだ顔で、絞るように言葉を吐く。


「……分かりました」


 セラはほっとする。少し、卑怯な言い方だったかもしれない。マリアが断りにくいよう言葉を選んだのだから。


「とりあえず、昼まではこっちにいるつもりだから、それまでに姫様には挨拶しときなさい」


 その言葉で、マリアは慌てて時計を確認する。


 朝食を持っていく時間はとうに過ぎている。事件のことを聞き、少しうろたえていたようだ。


「それでは一旦、失礼しますね」


 その言葉を残し、マリアは慌てて食堂の方に向かった。

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