第66話 わたしはあなたの※※となりたい
マリアはへとへとになりながらも自分の部屋までの道を歩く。疲れてはいるが、不思議と心は軽い。そして、何処かふわふわとした感情で、今なら空でも飛べそうだ。
部屋の前に誰かがいる。
それは予想外の人物で、足が止まる。
ヴィオラは部屋の扉を眺めていたが、マリアの方に顔を向け、笑顔を見せる。でもその表情が、どこか歪に見えた。
「マリア、お疲れ様」
まだ覚悟が決まっていなかったせいか、一拍、間が遅れる。
「ど、どうしてここにいるんです?」
無理やり、笑顔を作る。
「マリアの部屋で、マリアとお喋りしたいなって思ったの」
――ヴィオラを否定する。でも、そんなことはしたくないし、できる気がしない。それに、部屋でお話ぐらいなら別に問題ないと、そう思った。
「そ、それぐらいなら別にいいですよぉ。でも、お茶とお菓子がないですけど大丈夫です? なんなら、何か貰ってきますけど」
それを聞いて、ヴィオラは腹を抱えて、笑いだす。
急に笑い出した彼女を見て、困惑する。
「本当に、マリアって可愛いね」
ヴィオラは笑いすぎて出た涙を人差し指で拭う。
「そ、そうですかねぇ?」
馬鹿にされているのかと、疑ってしまう。
「私のこと、信用してくれているのね」
信用? そんなのは当たり前だ。彼女には今まで良くしてくれた記憶しかない。
「マリアの部屋で、私が何をしたいか分からないの?」
「? だから、部屋でお話がしたいんですよね? それだけだとあれなので、お菓子を用意しようかと思ったんですが」
部屋でおしゃべりなど、昔はふたりでよくしていたことだ。
ヴィオラは盛大なため息を吐くと、両手で額を押さえ、頭を振る。
「本当に、私を惑わせる。昔は何とか我慢できたけど、もう無理だよ、マリア。これ以上、私を苦しめないでよ」
何が悪かったのか、何も分からない。
「私はね、マリア。貴方の前でずっといい顔をして、ずっと笑顔を作っていた。だって、貴方を失いたくなかったから。貴方の笑顔を見続けたかったから」
それは別に、特別なことではないと、そう思う。
「私は貴方の部屋で、貴方に触れて、貴方にキスをして、貴方をベットで押し倒したい。そして貴方の体に触れて、貴方の全ての個所にキスをして、貴方の特別な声が聞きたい」
そんなことを言われても、どうするべきなのかが分からない。
否定する。アンナの言葉が思い浮かぶ。分かってる。でも、そんなこと――できる気がしない。
ヴィオラはしばらく体を震わせる。そして額に置いた両手が離れ、顔を上げる。そこには再び笑顔が張り付いている。
「今日のふたりを見て、私は分かってしまった。マリアの気持ちが今、どこにあるのか。だからね、私は貴方の呪いとなりたい」
意味が、分からない。彼女の言っている意味が、マリアには分からなかった。
「少し前から、その選択肢は与えられていた。でもね、踏ん切りがつかなかった。どこかでまだ、可能性が残っている気がしたから。けれど、それはただの幻想だと分かった」
そう言って、ヴィオラは急に無表情となる。
「だから、私は貴方の呪いとなりたい」
呪詛のように呟き、ヴィオラはマリアに背を向けた。
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