第64話 傲慢

 昼にソフィーの部屋を訪れ、嫌がらせのように責められ、マリアはへとへとになりながらも無事に帰還した。


 仕事場に戻ると、メイド長が買い物に出かけようとしていた。特に急ぎではないみたいなので、気分転換にそれを引き受け、街へと赴いた。


 買い物を済ませ、街をぶらついても気が晴れない。


 ヴィオラのことを考える。


 会うのが怖い。それでも、会いたいとは思う。だって、彼女は自分に良くしてくれたから。


 だから、彼女のために何かをしてあげたいと思うのは、普通のことである。


 しかし、何をするべきなのか、さっぱり分からない。


 ヴィオラの言葉を思い出す。


 彼女は言った。――アンナは知っていると。


 時間を確認する。少し悩んだが、教会へ向かうことにした。

 


 

 アンナはすぐに見つかった。


 教会前で掃除をしている。すぐにマリアの存在に気づいて軽く手を上げた。


「どうしたの? 私が恋しくなったとか?」

「アンナ、今少し時間大丈夫です?」


 アンナは真顔になると、マリアを無言でしばらく眺める。


「いいよ、ちょっと待ってて」


 アンナは他のメンバーに近づく。何かを話した後、箒を渡した。すぐにマリアの方に駆け寄ってくる。


「待たせたね、行こうか」


 そう言って、行き先も言わず歩き出す。


 彼女の向かう先が、マリアには予想がついた。




 教会の裏手に、小さな林がある。そこに少し開けた場所があり、人もいないため、大事な話をするときはいつもここだ。


「で、何かあったの?」


 相談をするために来たのに、いざとなると尻込みする。

 

「ベンチ、座ろっか」


 アンナが指さしたベンチに座る。

 

「先に言っとくけど、仕事は変わって貰っているから、別に時間は気にしなくていいよ」


 そう言って、アンナはベンチに寄りかかると、空を眺める。


 何でもないことのように言う。マリアはつい笑ってしまう。


「――ヴィオラさんに、会ったんです」

「え!? ヴィオラ姉、こっちに帰ってきてるの? いつ?」

「いつかは分かんないですけど、今日の朝、会いましたよ」

「じゃあ、教会にはこれから来る可能性もある訳か」

「かもしれないですねぇ」


 アンナは、マリアの方に身を乗り出し、彼女をじっと眺める。


「マリアの悩みは、ヴィオラ姉か」

「それは――」

「もしかして、告白でもされた?」


 マリアは言葉を失う。


「なるほど、そこまでだったとはね」


 そう言って、アンナはひとり勝手に納得した。再びベンチに寄りかかる。


「やっぱりアンナは、ヴィオラさんの気持ち知ってたんですね」

「そりゃーそうだよ。逆に、マリアは何で気づかなかったのか聞きたいくらいだよ」

「だって――私なんかを好きになるなんて普通、思いませんよ」

「それ、ヴィオラ姉の前で言ったら駄目だよ。失礼だからね」


 そんなことを言われても、分からないものは分からない。自分を好きになる理由が、マリアには到底――思いつかない。


「それでマリアは、ヴィオラ姉に告白されて、どうしたらいいか悩んでるとか?」

「……大体、そんなところです」


 ほとんど言い当てられ、マリアとしてはあまり面白くない。


「でもマリアは、受け入れるつもりはないんでしょ?」

「何で、そう思うんです?」

「だって、マリアはソフィー様のことを愛しているから」

「何で、断言するんですか」

「違うの?」


 マリアは否定も、肯定も、しない。


「特別に何てならなくても、みんな仲良く、それでいいと思うんですけどねぇ」


 マリアは苦笑する。


「今、マリアはソフィー様のメイドをしてるんだよね?」

「いきなりなんです? そうですねぇ、今はソフィー様のメイドをしてますよ」

「例えば、ソフィー様に特別な人が出来て、その人がメイドになったらどう思う? ソフィー様はその人と特別なことをする。でも、マリアはそれが出来ない。だって、特別ではないから」


 そんなの――決まっている。嫌だ。絶対に。


 スカートの裾を掴んだ手が震える。


 アンナはマリアを見て笑う。


「もう、さすがに気づいたよね? 気づかない振りなんて、いつまでもできないよ」


 マリアは少しうつむき、額に手を当てる。


「私がソフィー様に向ける感情を、ヴィオラさんが私に向けているとして、私はどうしたらいいんです?」

「どうもできないんじゃない? だって、マリアは受け入れることが出来ないんだから」

「それでも、ヴィオラさんには世話になったんです。特別ではないかもしれないですけど、私は彼女が好きです。だから、普通の好きになってもらえるよう、私は何かをしたいんです。そうしたら、ヴィオラさんも別の特別を見つけることが出来るはずですから」

「マリア、それはただの我がままだよ。マリアはヴィオラさんを否定し続けるしかないんだよ。彼女からマリアへの特別な感情がなくなるまで」

「……つまり、私は何もできないんです?」

「違うよ。何もできないんじゃない。否定し続けるんだよ。それは、何もできないことより、辛いことだよ」

「つまり、私が全て――悪いんですね」


 アンナはマリアの頭にチョップをかます。


「い、いきなりなんです?」


 マリアは自分の頭をさする。


「マリアのくせに、一丁前に偉そうにしているからだよ」

「そ、そうですかねぇ? よく分かりませんが」

「今回の件は、ヴィオラさん自身の問題だよ。それは彼女自身で解決しないといけない。なのに、マリアは自分の力で解決したがってる。それは傲慢だよ。人にはできることとできないことがある。マリアはすぐに首を突っ込んで、自分で解決したがる。それは悪い癖だよ。それでうまくいかないと、勝手に落ち込むんだから」


 そう言って、アンナはマリアの手を握る。


「人のために魔法を使い、人のために生き、人を救え――それは、聖女様がマリアを救うために与えた言葉。それを呪いになんかにしたら駄目だよ。マリアはもっと自分のために生きた方がいい。もっと自分のためにわがままになればいいんだよ。それでも自分のため――それが辛いなら、私のためにわがままになってよ。私は、マリア自身の幸せを願っているんだからさ。友達としてね」


 そう言って、アンナは笑うと、マリアの手を離した。


「でもさー、マリアって成長したように見えて全然変わらないよねー。やっぱり私がいないと駄目駄目だなーマリアは」


 アンナは急に気恥ずかしさを覚え、照れ隠しにそう言った。


 マリアは単純に馬鹿にされたと思い、むっとした。他の人なら気にならないが、アンナなら話は別だ。


「確かに、アンナは変わりましたよねぇ」

「え? そうかな? いつの間にか私、大人になっちゃってるのかなー、マリアと違って」

「初めて会った時、一匹狼でしたもんねぇ。やさぐれてて、喧嘩ばっかして、嫌がらせもされましたしねぇ、私。あの時、良く言ってましたよね? 私は尖るナイフだ、私に近づくなって」


 アンナは急に頭を押さえ、身悶える。


「止めて、その話は本当に止めてくれ〜。でもそれはマリアも悪い〜。色々ちょっかいかけてきたマリアが悪い〜」

 


 ――マリアが大きな声で笑う。


 

 頭に押さえた手を離した。笑う友達の姿を見て、何だか嬉しくなって、一緒に笑ってしまった。

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