第63話 噂話再び

 休憩室で、マリアはナナとベルと三人で昼ご飯を食べている。


「でもさすがマリアちゃん。君がいると相変わらず噂話にはこと足りないよ。なんせ先程から1時間も経たずしてトークのネタが出て来るんだから」

「何の話です?」

「もー、とぼけちゃってさー、アレン様の件だよ」


 マリアは苦い顔になる。怒鳴られたことを思い出してしまった。


「それにしても情報が早いですねぇ。あの場にいたんです?」

「ううん、あの場に私はいなかったけど、そこにいた人から話を聞いたんだよ」

「何て言ってたんです?」

「身分違いのふたりが見つめ合う中、それを邪魔する誰か、それをアレン様は手で制して言うの。彼女は私のお気に入りだ。それを邪魔するというのなら、お前の首が飛ぶぞ、と」


 ナナは身振り手振りで臨場感たっぷりに語る。


「驚きましたねぇ」


 マリアとしては、開いた口が塞がらない。


「だよねー、私もその話を聞いた時にはさすがに驚いたよ」

「違います。ほとんど嘘であることに驚いてるんですけど」


 そう、ほとんどが嘘。なのに、微妙に本当が入り混じっているのがなんとも言えず魔訶不識だと、マリアは思った。

 

「あ、そっちのこと。って、違うの?」

「違います。ベルさん、その人は本当にそう言ってたんです?」

「ちょっと、何でベルに聞くの? 私に聞いてよー」


 ナナは不満そうに頬を膨らます。

 

「残念ながら、その人から話を聞いたのはナナだけ。多分、今回もナナのところで勝手に脳内変換されてると思う」

「まさにその通りかと思いますねぇ」

「ちょとそれは流石に酷いよー、まぁ、否定はできないけど」

「取り敢えず、ナナさんはその話、ここだけで終わらしてくださいよぉ」


 ナナは微妙そうな顔をする。


「マリア、これはもう諦めた方がいい」

「みたいですねぇ」


 マリアはため息を吐く。


「でもまぁ、人のうわさなんて長続きするものでもないですし」

「それは甘い考えだよ、マリアちゃん。アレン様ファンクラブの人たちのこと、舐めちゃ駄目だよ。もしも彼女たちにその話が伝わったら、タダじゃ済まされないんだからね」


 ナナはマリアをたしなめるように言った。

 

「ナナさん、それなのに他の人に喋っちゃったんです?」


 あ、と言う顔をした。


「ごめんね、つい」


 ナナは頭に手を置き、誤魔化すように笑った。


「マリア、許してやって。ナナは頭の弱い子だから」

「ちょっと、それはひどいよー。だけど、否定はできません!」

「別にいいですよ。ただし、次からはちゃんと気を付けてくださいね」

「マリアちゃん、君は本当にいい子だねー」


 ナナはマリアを抱きしめ、頬ずりをする。


 それを見て、ベルは明らかに不機嫌そうな顔になる。


 実際、マリアはそれほど気にしていない。自分ひとり悪く思われるだけだなら、ほんの少しの我慢で済む話なのだから。


 


 三人は食堂にお皿を返却し、部屋を出たところで声を掛けられる。


「あんたがマリアね。本当に、気に食わない顔をしてるわね」


 膝下までの白衣を着た女性が、マリアたちの前に立ちふさがる。


 マリアはベルに視線を向ける。


「研究所の人だね。因みに私と同じ21歳。見た目通り貴族じゃなくてただの平民。だから気にしなくていい」

「ちょっとベル、何よその説明は」

「ちゃんと自己紹介した。それ以上求められても困る」

「不必要な情報しか言っていないわよ!」

 

 叫んだ後、咳払いをする。


「まぁいい、私はサリー。残念ながらあんたの後ろにいる連中とは同じ村出身の幼馴染ね」

「残念なんて悲しいこと言わないでよー。おねしょして泣きついてきたのを助けてあげた仲じゃない」

「それはいつの話よ!」

「私の中では、昨日のことのように思い出すよー」

「あんたの時間軸でものごと話さないでもらえる!? 私にとってはそんなはるか昔の話、もうすでに前世の記憶になってんのよ!」

「因みに、サリーはアレン様ファンクラブに入っているんだよ」

「なるほど」


 マリアは頷く。


「とにかく、最近調子に乗っているみたいだから、一応、忠告しにきたのよ」

「調子に乗ってましたかね?」


 マリアとしては、今ひとつ実感がない。


「前々から、アレン様と楽し気に話しているのをファンクラブの人たちが見ているのよ。それであんたのことはよく噂になってた。今回の件で少々、火が付いたみたいだから。大丈夫だとは思うけど、自分の身の回りには注意しときなさい。何しでかすか分からない連中もいるから」


 マリアはサリーを眺める。


「な、なによ」

「優しいんですねぇ、サリーさんは。心配してくれているんですよね?」

「は、はぁ!? 違うわよ。これからは怯えて生きてけって、そう伝えたかっただけ」


 サリーはそんな捨てセリフを残し、マリアの前から離れていこうとしたため、呼び止めた。


「何よ、私はこう見えて忙しいんだけど」


 忙しいのに、こうやって話を聞こうとしてくれる彼女は、やっぱりいい人だとマリアは思う。


「ヴィオラさんはどんな感じです?」

「何よあんた、あの女の知り合い? なんか特別待遇って感じで、正直鼻について嫌になるわ」

「仲良くやれそうですかね?」

「あんた、人の話聞いてた? 鼻について嫌になるわって言ったのよ私は。そんな相手に対して、仲良くしたい訳がないでしょ。あんたと同じぐらいありえないわよ」

「では、大丈夫そうですねぇ」

「は?」

「だって私、サリーさんと仲良くなれそうですから」

「! 本当に、お花畑女ね、あんたは! とにかく、暫くはひとりで行動しないように気をつけなさいよ!」

 

 その言葉を最後に、彼女は何処かへ行ってしまった。


「マリア、彼女はツンデレだから」


 なるほど、とマリアは頷いた。


 アンナはエリーナのことを、ツンデレデレと言っていたので、サリーのほうがランクは下になるのだろうか、それとも上になるのだろうか? マリアは疑問に思った。

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