第62話 謝罪

 マリアは頭を抱え、ベンチに座っている。

 彼女は落ち込んでいる。先程までの自分の不様な姿を想像し、立ち直れそうにない。

 元凶である本人は特に気にした風もなく、マリアの方を眺めている。


「ソフィー様、私に何か言うことありますよね?」

「そうですね。メス顔のマリアは凄くそそられました。だから、気にしなくても大丈夫ですよ」

「気になりますから! それ、全然大丈夫じゃないですからね!」

「気になるのなら、先程の女、殺しときますか?」

「殺さなくていいですから! 本当、マジで止めてくださいよ?」

 

 マリアは盛大なため息を吐く。

 ヴィオラには申し訳ないことをしたと、マリアは反省する。自分がどんな顔をしていたか分からないが、見ていて気持ちの良いものではなかっただろう。会ったら謝罪しよう――切実に、そう思った。


「……でも本当、何がしたかったんです?」

「これも全て、マリアのためです」

「どういうことです?」

「あの女はマリアを狙っていました。ですので、マリアは誰のものかはっきりさせただけです」

「何故それが私のためになるんです? っていうか、私は別にソフィー様のものじゃないって、これ、前にも言いましたよね?」

「マリアはヘタレです。迫られても拒否できませんから」

「……そんなこと、ないと思いますけどぉ。っていうか後半の私の叫び、無視されてます?」


 姫様から怪しんだ目を向けられる。


「ソフィー様は勘違いしています。私は何事も、嫌なことは嫌とはっきり言える女ですよぉ。鉄の心を持っており、別名は鉄の女です。巷ではそう呼ばれている――かもしれません」

「マリアは押しに弱いですから。相手から強く求められれば、貴方は自分を犠牲にする」

「なんですかぁその聖人君子は。私ほど我儘な人間はいませんよぉ」

「だから私は、貴方の首に鎖をし、私の部屋から出したくはありません」

「いやそれ、本当に怖いですから。本当に止めてくださいよ?」

「だから、全ては貴方のためです」


 マリアは一瞬、思考が停止した。


「……えっと、つまり、そのような未来にならないため、ソフィー様はあのような行為をおこなった――と言うことなんですね」

「ええ、その通りです。全ては、マリアのためです」


 ――確かに、そのような未来を回避できるのなら、ありがたい話ではある。


「でもそれって、全てソフィー様の中だけで完結した話ですよね? ソフィー様が我慢すればいいだけでは?」


 そもそも、我慢と呼べるほどのものでもない。


 ソフィーは不機嫌そうな顔をマリアに向ける。


「つまり私はまた、貴方が誰のものなのか、はっきりさせないといけないみたいですね」


 マリアは全力で距離を取る。


「結構です。私はこう見えて、仕事で忙しいんで。なので、これで失礼します。ちなみに、昼はいつもより2時間遅れますので。だから、大人しく待っていてくださいよぉ」


 そう言って、マリアはそそくさと、その場を後にした。




 お城のロビーに入ると、真ん中の通路を挟むように大勢の人間が並び、頭を下げている。マリアの存在に気づくと、顔は上げないまま白い目を向けられた。

 

 階段から第一王子アレンとお付きの人が下りてくる。

 金色の刺繍が入った白いジャケットと白いズボン。金髪碧眼の美男子だが、相変わらず無表情で、目つきが悪く、愛想がない。

 人に緊張感を与えるが、王族らしいオーラを纏い、人を引き付ける何かは備わっている。

 

 マリアは慌てて人垣の中に潜り込み、周りと同じように頭を下げた。


 アレンはマリアの前で立ち止まり、彼女を睨みつける――と周りが思い込んでいるだけで、彼としてはきつい眼差しを向けているつもりはない。ただ普通に眺めているだけであり、周囲の人間が勝手に勘違いしているだけだ。マリアは無意識に目つきが悪いだけだと理解しているため、アレンに対して恐怖心は抱かない。

 

 ゴブリン女王の討伐以来、アレンはマリアを見かけると話しかけてくるようになった。そのため、何回か話したことがあり、意外と打ち解けている。


「マリア、久々だな。オーランドから話は聞いている。お前のおかげで、ロザリアの土地は我々王国のものとなったと」


 その言い方は、マリアとしてはあまり面白くない。ここにエリーナがいなくて、本当に良かった。


「私は特に何もしていないですよぉ。活躍したのはソフィー様や他の人たちですから」

「ソフィーの手綱を握れるだけでも、大したものだよ」

「そんなことないですよ。実際、手綱を握られているのはこっちの方なんですからぁ」


 たまったもんじゃない――といった口ぶりで、マリアは言葉を吐く。


 その言い方に、周りはひやっとしたものを感じたが、アレンは笑い出す。


「そうか、それは傑作だな。お前という犬がいる限り、あいつは大人しくなるやもしらん」

「ちょ、流石に犬は失礼じゃないですかぁ?」


 マリアとアレンの間に従者が急に割り込んできた。

 金髪碧眼で美しい女騎士。綺麗な髪は腰近くまで伸びている。年齢は20、身長は170cm。名前はオリヴィア。

 

「失礼なのはお前の方だろう! この方を誰と心得ている!」


 いきなり怒鳴られ、マリアは固まる。


「構わん」


 アレンは従者を手で制す。


「し、しかし――」

「こいつは、ソフィーのお気に入りだぞ。下手したら、お前の首が飛ぶかもな」


 そう言って、アレンは笑う。オリヴィアの顔はすぐに青くなった。


「あのー、そんなことは絶対にありえないので、大丈夫ですよぉ」


 マリアは主人の名誉のためにしっかりと明言しておく。


 従者の顔は引き攣ったまま、何度か頷いた。


「アレン様、失礼なことを言いました。どうかご無礼をお許しください」


 マリアは背筋を正し、頭を下げて謝罪した。

 正直な話、何が失礼にあたったかは理解していない。それでも、主人への無礼に対して、従者が怒る気持ちは良く分かる。マリアとて、誰かがソフィーに対して失礼な態度を取れば、やっぱり許せないものだから。


「別に構わん」

「従者が主人への無礼に対して怒ることは当然です。だから、謝罪させてください」


 マリアは頭を下げたまま、アレンにそう言った。


 アレンはふむ、といった感じで、軽く頷いた。


「分かった。マリア、俺への無礼に対して、俺は許そう。だから、顔を上げろ」

「アレン様、御心遣い感謝致します」


 そう言って、マリアは顔を上げる。


 アレンは鼻で笑ったあと、顔を青くさせた従者に声をかける。


「オリヴィア、お前の心遣いには感謝する。どうやら俺は、いい部下を持ったようだ」


 アレンのその言葉に、オリヴィアは顔をほころばせる。


「それではもう行くぞ」


 その言葉を最後に、アレンはロビーから出ていった。

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