第61話 三角関係
これはしばらく無視されるだろうと、マリアは思った。
出来れば、この仕事が終わるまでには何とか許して貰いたい。でも、そのためにどうすればいいのかが、分からない。やはり、謝罪? だけどそれは、最終手段な気がする。
ソフィーには誤魔化しが効かない。そのため、まずは自分の心の整理をするべきだと考えた。
朝食のお皿を厨房に戻す。
「マリアさん、姫様はどうでしたか? 朝食を食べていただけたということは、怒ってはいなかったということですね」
メイド長のつぶらな瞳が不安げに揺れている。マリアはそれに気づかないまま盛大なため息を吐いてしまう。
「朝食は食べていただけたんですが、そのあと怒って口も聞いてくれなくなりました。どうすればいいですかね?」
「……なるほど」
メイド長は静かに言葉を口にすると、ポケットから辞表を取り出す。
マリアの目が点となる。
「それでは、私は今からこれを提出したのち、ソフィー様へ謝罪しに行きます」
「ちょっと待ってくださいよ! 理解が追い付かないんですけど!?」
歩き出したメイド長の服を掴むが意外と力強い。
「止めないでください。私にはもう、辞めるか死んで謝罪するかの2択しかありません」
「いや、他に選択肢なんていくらでもありますよね? っていうか、本来あり得ない2択の方を選んでますから!」
マリアの力では止まらず、逆に引っ張られる。
「ちょっと、みんなも止めてくださいよ!」
マリアの言葉でワラワラと人が集まり、メイド長を取り押さえることに成功した。しかし、彼女を説得するのには無駄に時間がかかった。
疲れた。
中庭のベンチに座りながら、マリアはくたびれた体を休ませる。
昼は2時間遅らせることを料理長に伝えたため、暫くは時間がある。
空を眺める。いい天気だし、いい気温だ。お昼寝にはちょうどよい感じ。
マリアは目を閉じた。
「今、よろしいですかね?」
眠りかけた意識が戻る。
目を開けた。予想通りの人物と、予想外の人物が立っている。
マリアは驚きで、身動きが取れない。
「今日から、研究所の方で働くことになったヴィオラさんです。マリアさんなら、よく知っている方ですよね」
オーランドの隣で、ヴィオラはマリアを愛おしそうに眺めている。
心の整理をする前に彼女が現れたため、マリアとしてはどう反応すればいいのかが分からない。
「ヴィオラさん、僕は先に部屋へ戻っています。大事な挨拶はもう済ませてありますので、ゆっくりして頂いてかまいませんよ」
余計なことを言うなと、マリアは恨み節を吐きたくなる。今はまだ、ゆっくりされても困る。
オーランドは実に爽やかな笑顔を浮かべたあと、この場から離れていこうとする。マリアは慌てて声をかけた。
「オーランドさんのもとで働くんです?」
ヴィオラからの視線を感じながらも、オーランドの方に話しかけた。
「いえ、そう言う訳ではないですよ。彼女の上司が忙しそうでしたので、私が変わりに彼女を案内していただけです」
ヴィオラさんは美人だから、オーランドも狙っているのかもしれない。正直、彼には勿体ない人だと、マリアは思う。
何故かオーランドは、マリアの方をじっと眺める。
「安心してください。僕はマリアさんの大ファンですから」
「訳の分からないことは言わないでくださいね!?」
オーランドは爽やかな笑みを浮かべたまま、この場から離れて行く。
マリアは初めて、彼が去ることを喜べない。
――沈黙が続く。
居心地が悪いのはマリアだけで、ヴィオラは目の前の少女の姿に夢中となっている。
「マリアのメイド姿、初めて見たけど、凄くいいね」
単純なため、そう言われて悪い気はしない。
マリアは立ち上がる。スカートの裾を掴み、カーテンシーで挨拶をした。
「これからはお嬢様のために、必死に仕えますよぉ」
彼女としては、軽い冗談のつもり。普段の自分とは違うギャップに、笑って頂くのが目的である。
ヴィオラは急に顔を両手で覆うと、体を震わせる。
予想外の行動に、マリアは一瞬だけ硬直し、掴んだ裾が指から離れる。
「べ、別に、笑ってもらっていいですよ? 一応、それが目的なので」
笑いをこらえているのかと推測した。が、どうやら違うようだ。
「私、マリアに好きだと伝えたつもりなんだけど」
「えっと……まぁ、はい。そうでねぇ」
「それで、その仕草は何? 私を誘っているの? 私の思いに応えてくれるってことでいいの?」
顔を覆う指の隙間から、ヴィオラの目がマリアの目と重なる。
「その……すみません」
顔を覆った手が離れ、ヴィオラはマリアを見つめる。
「マリアは本当に、悪い子だね。いつもそうやって、私を惑わすんだ」
ヴィオラは笑う。
だけど、その笑いはマリアが求めたものとは違う。
マリアは一歩、後ずさった。
その瞬間、ふたりの間にソフィーの姿が現れ、ヴィオラの前に立ちふさがる。彼女を一睨みした後、マリアに体を向ける。
「ど、どうしてここに?」
頭が混乱する。
「どうしたんですか? マリア。私と会い、私と別れるときにはキスをしてもらわないといけませんよ」
ますます意味が分からない。こんな外でできる訳がないし、そもそも彼女の前でできるはずがない。
「なるほど、マリアを惑わせた女は後ろの人間なのですね」
ソフィーはマリアに近づき、彼女の頬に触れた後、指で顎を上げる。
「マリア、今回だけは特別に許してあげます。次からはマリアからですよ」
顔が近づく。
止めようと吐いた言葉ごと唇を塞がれる。
マリアの口内にソフィーの舌が侵入した。
初めての感触に、マリアの体がしびれて、身動きが取れなくなる。
頭が、心が、全て――ソフィー色に染まっていく。
もう、何かを考える容量の空がない。
力が入らなくなったマリアの体をソフィーは抱きしめる。
唇が離れ、糸が引く。
「やはり、マリアは喜んでいます。貴方の心は、喜んでくれています」
そんなことない――そう言いたいのに、口元に力が入らない。
マリアは頬を染めたまま、恨みがましくソフィーを見つめる。
「マリアは本当に可愛いですね。そんな顔を私に向けるのが悪いんです。この顔は――聖女様の言っていた、メス顔と言うものですかね」
ソフィーはマリアの唇に軽く触れる。舐めてから、顔を離した。
「マリアは私のものです。体だけじゃない、心も」
そう言って、ソフィーは視線を向ける。こちらを見て、怒りで身を焦がす誰かに。
「残念でしたね。あなたが入り込む隙間何てありません」
立ち尽くしたままの誰かは、悔しそうに歯ぎしりし、涙を流しながら走り去っていく。
ソフィーは愉快そうに笑った後、まだ、頭がぼんやりとした愛しい人の唇を舐め、中にもう一度だけ侵入した。
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