第57話 ただいま

 基本的に、教会の者同士で怪我をするような争いは禁止されている。そのため、こういう場合はゲームなどで勝敗を決めることとなっている。

 それは、今の聖女が決めたルール。


 アンナがマリアに耳打ちを行う。


「エリーナさん、勝負は鬼戦争です。場所についてはここの広場限定ですよ」

「鬼戦争?」


 鬼戦争とは平民の子供の遊びであり、貴族のお嬢様にはあまり知られていない。


「どちらかのチームで鬼か人間かを決めます。そして鬼になったチームは人間に触れるだけで行動不能にすることが出来ます。制限時間内に鬼が人間全員に触れることが出来れば鬼チームの勝ちで、ひとりでも生き残れば人間チームの勝ちです」

「なるほど、シンプルですわね。制限時間はどれくらいですの?」


 アンナは再び、マリアに耳打ちする。


「30分でどうです? 因みに、魔法の使用は禁止ですよ」


 貴族チームからブーイングが起こる。

 魔法なしとなれば、体力が有り余る平民チームに有利だからだ。


「怖気付きましたか? 逃げて貰っても、こちらとしては一向に構いませんよぉ」

「いいですわ。その挑発、乗って差し上げますわ」


 不満の声が上がるが、エリーナの一括により静かになる。


「それで、どうやってどちらが鬼か決めますの?」


 アンナは再びマリアの耳元に――。


「もうアンナさんが直接言えばよろしくないですか?」


 エリーナの言葉に、アンナは肩を竦める。

 

「エリーナさんは分かってないなぁ、もうちょっと空気を読もうよ。まぁいいや、とりあえずふたりでじゃんけんでもしてよ。それで勝った方が好きに決めるってのでどう?」

「少し癪に障りましたが、まぁいいですわ。マリアさん、じゃんけんしますわよ」


 ふたりは素直にじゃんけんを行う。


「私の勝ちですわね」


 エリーナは何でもないような顔を意識的に作っているが、内心では飛び跳ねる勢いで喜んでいる。


「どっちにする?」


 アンナの問いかけに、エリーナは鼻で笑う。


「そんなの決まっていますわ。私たちが逃げる? そんなの、ありえませんわ」

「つまり?」

「私たちが、鬼ですわ」


 エリーナは、マリアたちに指を突き付ける。



 

 貴族チームは平民チームより人数が多いため、数の調整してもらう。


 広場の周りに街の人達が集まっており、シスターたちの闘いを観戦する気でいる。


 チームで別れ、数分の作戦タイム。


「ふふふ、ようやく私の見せ場ですねぇ」


 マリアは意気込みを見せた。


「あぁ、正直マリアには何の期待もしていないから大丈夫だよ」


 アンナの言葉に、マリアはずっこけそうになる。


「だってマリア、魔法を使わなかったら、ここで一番の最弱じゃん」

「アンナ、それは昔の私です。少し前の私は、自分の貧弱さに呆れ、鍛え直しました」

「つまり?」

「期待してくれていいですよぉ」


 マリアは親指を自分に向けて、ドヤ顔を決めた。


 


 ゲーム開始。


 試合が始まってすぐにマリアはエリーナから狙い撃ちにされ、あっさりと退場となる。マリアは肩を落とし、場外まで歩いていく。


 マリアの寂しげな背中を見ても、アンナとしては特に驚きはない。彼女の根拠のない自信はよくあることだ。


 アンナの目の前に、エリーナと数人のお嬢様たちが立ちふさがる。


「卑怯だとは思わないでくださいませ。魔法を使えないという縛りの中では、貴方は少しだけ脅威ですので」

「別に構わないよ。だって、魔法が使えないエリーナさんは大して脅威じゃないから」

「行ってくれますわねぇ」

 

 エリーナのこめかみが激しく動く。


「みなさん、行きますわよ!」


 一斉に動くが、華麗に交わされる。


「ごめんね、これでも武術の家の生まれだから。ただの魔法使いに、肉体勝負では負けられないんだよね」

「流石ですわね、先程の口ばかりの人間とは大違いですわ!」


 エリーナはわざわざ声を張り上げると、ちらりと視線を移動させる。

 マリアが悔しさそうにしている姿を見ると、エリーナの心が軽くなる。


「相変わらず、エリーナさんはマリアが好きだねぇ」


 エリーナは、むっとした。


「それは、貴方もそうですわよね?」


 素直に認められ、アンナは驚く。


 その隙を狙って、エリーナは再びアンナに突進する。簡単に避けられ、地団駄を踏む。


「今までなら、顔を赤くして怒っていたのに。私の隙を狙うためとはいえ、ちょっと驚いたよ」

「本当、ちょこまかと動きますわね」

「確かに私はマリアのことは好きだけど、エリーナさんとは毛色が違うと思うんだけど」

「何が違うと言うんですの?」


 エリーナは眉を吊り上げる。


「それはね、私がマリアを思う気持ちは深い友情だけど、エリーナさんがマリアに向ける感情は、情欲的な愛だよ」


 その言葉で、エリーナの頭は沸騰する。


 それを見て、アンナは笑うと彼女に背を向けて走り出す。


「皆さん、作戦変更ですわ! まずは全員でアンナさんを捕らえますわよ!」


 リーダーの掛け声で全員がアンナへと向かう。目的は全員の捕縛ではなく、ひとりの人間を捕らえることへと切り替えた。


 そして彼女の作戦は見事に成功し、アンナを引っ捕らえることができた。エリーナは勝利の拳を振り上げようとしたまさにその時、試合の終わるホイッスルが鳴った。

 

 平民チームは10人のうち、たったの3人しか捕まっていない。そのため、マリア達は勝利の声を上げ喜んだ。


 貴族チームは白い目でエリーナを眺めた。お付きのふたりは主人の前に立ち、他のお嬢様たちへ睨みをきかせる。一行は目を逸らした。


 エリーナは歯ぎしりし、全ての怒りは何故かマリアへと向かうことになる。




 ゲームに負けたものは、勝利者に頭を下げ謝罪するのが決まりである。


 マリアは今回、全く関係ないし、それどころか勝利に何の貢献もしていない。

 それでも、彼女らの謝罪を聞き、勝利の余韻に浸ることとなる。


 


 マリアはいつものように自分の部屋に戻ると、色んな人間が押しかけ、騒音になる。エリーナに五月蝿いと怒鳴られるのも、もはや恒例行事だ。

 前のルーチンで同じ時間に晩御飯を食べ、皆でお風呂に浸かった。

 まだ一ヶ月も経っていないのに、懐かしさが込み上げる。

 


 お風呂から上がっても、マリアの部屋に数人が入浸り、賑やかな笑い声で満たされる。


 マリアは時計を確認する。もう、いい時間だ。膝がそわそわと揺れだした。


「そう言えばまだ、聖女様に会ってないんだもんね」


 アンナはマリアの顔を覗き込むと、少しだけいたずらっぽく笑う。


「それがどうかしましたか?」

「本当は、早く会いたいんでしょ」


 マリアは口をもごもごとさせる。


 皆、今日はもうマリアに会うのもこれで最後。そう思うと、名残り推しそうに、代わりばんこでマリアに抱きついてくる。明日から、暫くまた会えなくなるのだから。


「でもまぁ、マリアにとっては、後一ヶ月伸びたって、気にしないんだろうけどさー」


 アンナは拗ねたように呟くと、マリアは苦笑する。


「そんなことないですよ。一ヶ月が思いのほか長いってことは今、実感していますよ」


 そう言って、恥ずかしげに笑うマリアを見ると、少しだけムラっとした人物がちらほらと。誰一人、その気はないはずだが。




 マリアは聖女の部屋の扉を叩く。


「入っていいわよ」


 いつもの声と、いつもと同じ言葉。


 扉を開く。部屋の真ん中にあるソファへ座り、足を組んで煙草を吸っている。


「帰ってたのね。よく来てくれたわ」


 本当、いつも通りだ。

 

 肩下まで伸びたウェーブ状の茶髪も、深いスリットが入ったシスター服も、いつもと変わらない。


「マリア、お帰り」


 そう言って、聖女は向かいにあるソファーを指さす。


 分からない。何故かは分からないが、涙腺が緩みかける。


 マリアは唾を飲み込む。一呼吸置いた。


「――ただいま、セラ様」


 少し――そう、ほんの少しだけ、視界が歪んで見えた。


 そんなマリアを見て、聖女は何も言わない。ただ可笑しそうに、口元を緩めた。

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