第54話 ずっと好きだった
ルーカスの体は黒い霧を発しながら消えていく。
イレーネの目に映る。憎い男の死と、ふたりの背中が。
エリーナは体を震わせている。その肩に、マリアは手を置いた。きっと、慰めているのだろう。
彼女には悪いと思う。だけど、イレーネは湧き上がる喜びを抑えきれない。
――ルーカスは死んだ。これで終わり。終わったのだ。これで上手くいく。何もかもが。
イレーネは笑みを浮かべ、トレース達の方に視線を向ける。
「これで全てが終わったのね、これであんた達も元に戻れるわ!」
――顔から、笑みが消えた。
トレース達の体から、黒い霧が漏れだしている。
――言葉が、でてこない。
「そんな顔をするなよ、俺は湿っぽいのが大っ嫌いないんだからよ」
ロランはそう言って、笑った。
「何で……」
それ以上、言葉にならない。
「俺たちは一度も元に戻れるとは言ってないぜ。解放されると言っただけだ」
その言葉で、理解する。
「死ぬために、ルーカスを討とうとしたの? あんた達は――」
「それは違う、俺たちは何もしなかったら、人としての意識を失い、化け物になるだけだった。俺たちは、人のまま消えたかったんだ。みんなと一緒に」
ロランは言葉にしないが、ルーカスの殺害は、昔のイレーネが望んだこと。記憶を失う前、彼女が願ったことだ。
「全てが解決したわけじゃない。だけどイレーネ、お前の戦いはこれで終わりだ。後は英雄様の時間であり、お前の時間じゃない。俺は昔、それになりたかったけど、そんなものになるべきではないし、なれるものでもなかった。昔みたいに、普通の毎日が一番だったよ。だからイレーネ、お前は普通に生きて、普通に死んでくれよ」
そう言って、ロランは笑った。体は黒い霧にとなって消える。
体が――動かない。理解が、できない。今の状況を。
「どうやら次は僕の番みたいだ。どうやら消える時間は魔力量の差なんだろうね」
ドギーは何でもないことのように言った。
「イレーネ、今までありがとう。これ以上の言葉、僕らの前では不要だろう?」
そう言って、ドギーも最後に笑うと、黒い霧とともに消えていく。
――膝が、地面につく。クラーラは彼女を後ろから必死に抱きしめた。
「クラーラ、短い時間だったが俺はお前を信じるよ。だから、後はお前に任せる」
トーレスの言葉に、クラーラは盛大に鼻水をすする。
「任せて――私に任せて! 私は最後までイレーネさんを守るから!」
「ああ、頼んだよ」
トーレスはエリーナとマリアの顔を見ると、頭を下げた。
「お前たちには助けられた、感謝する」
最後に、イレーネの姿を眺める。
「イレーネ、ずっと好きだったよ。家族としてだけじゃなくて――ずっと、好きだったんだよ」
トーレスは笑う。昔の、無邪気な笑顔で、彼は笑った。
それを最後に、トーレスの体は消え、黒い霧が空へと還っていく。
涙が溢れる。止まらない。止まってくれない。もう二度と止まらない――そんな気がした。
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