第51話 復讐

 地下通路の終端は階段となっており、上った先は天井で塞がっている。その中心にくぼみがあり、エリーナはペンダントをはめ込む。青い光が走り、ロザリア家の紋章が浮かび上がる。何かが開く音がした。


 エリーナはもう一度、みんなの顔を見た後、静かに扉を上に開く。少しだけ顔を出し上の様子を確認した。


 地下通路と謁見の間をつなぐ場所は、入口側の左端にある。


 部屋の中は薄暗い。10m以上の高さがあるドーム状の建物。真ん中に赤いシートで道が出来ており、その道の間に太い柱が何本も立っている。


 予想通り、誰もいる気配がない。ここからでは何も見えないが、ルーカスは恐らく奥にある大領主の座る椅子の上にいるのだろう。たった一人で。昔、そうだった。戦が始まると彼は必ず、扉の鍵を閉め、ここで一人、閉じこもるのだ。


 ルーカスは魔力量が少ない。平民と比べても遜色がないレベルだ。特殊な石で彼の力が強くなったとしても、たかが知れていると、エリーナは考えている。


 まずはエリーナが静かに謁見の間に入った。気配遮断の魔法薬はすでに全員飲んでいるが、そんなものはただの気休め程度だ。


 トーレスは扉に自分の魔力を流しこみ、自分の空間とパスを繋げた。


 エリーナが柱の隙間から奥を確認する。椅子の上に父親が座っていた。


 地下から顔をのぞかせるトレースが頷くのを、エリーナは確認した。予定通り、エリーナはひとつしかない扉に結界を張った。他の人間の侵入を防ぐためだ。


 他のメンバーもエリーナの方に向かって走ってくる。


 エリーナは部屋の真ん中にあるカーペットの上に乗る。父親に向かって信心用具を向けた。


「久しぶりですわね、お父様。私が誰だか分かりますかしら」


 想像していた以上に、ルーカスの魔力は大したことがない。なんの脅威も感じない。むしろ、昔よりも弱く――。


 ――異常に気付く。魔力がない。全くないのだ。これだけ魔力探知に集中し、視界に捉えながら、まったく魔力を感じない。そんなこと、普通はあり得ない。


 他のメンバーがエリーナの後ろに集まる。


 ルーカスは椅子から立ち上がると、心底嬉しそうにエリーナの顔を見る。


「何を笑っているのかしら。気づけませんの? 私たちは貴方を殺しにきましたのよ、ルーカス」


 怯えると想像していた――そんな、彼の顔とはあまりに違う。


「気づけないのはお前の方だよ、エリーナ。私とお前の格の違いって奴をな。そして、いいことを教えてやろう。扉に結界を張ったようだが、心配しなくてもここには誰も入ってこないよ。入ったものは皆、ここで私に殺されることを知っているからな」


 エリーナは眉根を寄せる。


「何を馬鹿なことを言って――」


 ルーカスの体に黒い渦が巻き起こり、魔力の波が部屋全体に行き渡る。


 エリーナ達は、反射的に膝をつき、頭が垂れる。見えない力で、体全体が地面へと引っ張られる感覚。

 

 手が、膝が、震える。

 

 これは、ソフィーのときにも感じた、本能的な恐れだ。


「愉快だなぁ、エリーナ。お前が、そうやって跪く姿は実に滑稽で面白い」


 ルーカスは手を広げ、エリーナを見下ろす。


「お前が生まれたとき、皆が喜んでいたよ。魔力適性が高かったからな。流石はロザリアの血だと皆が騷いだ。私個人の血は関係がないみたいになぁ」

「貴方も、そのロザリア家の一員ですのに……」


 エリーナの呟きは、ルーカスには届かない。

 

 この地を離れながらも、エリーナはロザリア家の一員としてのプライドがある。長年受け継がれてきたこの血を、誇りとしている。しかし、彼にはそれがないのだ。そう、彼の頭の中には自分しかいない。


「お前はいつだって私を見下していたよな? 魔力が低い私を。我慢できなくて、殴り飛ばしたこともあった。それなのに、お前は笑っていたよな? 本当に、不愉快でしかたなかったよ」


 ルーカスは壇上の階段を、ゆっくりと下りていく。

 

「……それは、いつの話をしておりますの?」

「さあ、いつの話だったか。お前が物心つくころにはもう、そうだったんじゃないのか?」


 ルーカスの言葉に、エリーナは呆然とする。


 ――いつも親の顔色を伺い、親の機嫌を損なわないようにしていた。笑って欲しかった。喜んで欲しかった。殴られたって、泣かないよう必死に笑って、それで――ただ、愛して欲しかっただけだ。


 自分が生まれた時点で、既に結果は決まっていた。馬鹿らしくて、エリーナは笑ってしまう。


 ルーカスの顔から笑みが消えた。


 5m以上の距離を一瞬で詰めると、ルーカスはエリーナを見下ろす。


「何を笑っている?」


 エリーナは顔を上げ、ルーカスではなく、天井を眺めた。

 

「自分の馬鹿さ加減に呆れて、ただ笑ってしまっただけですわ」


 ルーカスはエリーナの言葉を聞くと、再び笑い出す。


「そうか、それは最高だなぁ、エリーナ」

「……貴方は、何を求めていますの?」

「復讐だよ」

「復讐?」

「そう、復讐だよ。今まで私を見下した連中全てにな」


 エリーナは、ルーカスに視線を向ける。


「私がこの力を得て初めて行ったことは、私を不愉快にした連中を殺すことだった。命乞いをしても、私は許さない。痛めつけてやったよ、何度も。でも残念ながら、人は凄く脆い。すぐに動かなくなって、私の養分になって消えるだけ。だからいかに壊さず、人を痛めつけられるか、私は日々研究している」


 彼は自分に酔ったまま、話し続ける。


「脆弱な人間を殺すことに飽きた私は、強い人間を求めた。強い人間と戦い、強い人間が私に恐怖する姿ほど、私を刺激するものはないよ。なあ、エリーナ、お前はどれだけ私の心を満たしてくれる? だけど安心しろ、お前は一番最後だ」


 エリーナは信心用具を握りしめる。少しはこの空気にも慣れてきた。体は動かせるが、攻撃を仕掛けるタイミングを見極められない。


「このロザリア小国一の戦士も、魔法使いも、私の足元にも及ばなかった。今ではもう、精霊の子すら私には敵わないだろう。アルデンヌ家を私の養分にした後は、王国に攻め入るというのもいいかもしれないなぁ」


 ルーカスは狂ったように笑う。そして、エリーナの後ろに控える人間を眺め回した。


「これは驚いた。私のための実験動物ではないか。ここにまだ残っていたとはな。全員処分したと考えていたんだがね。まあいい、後で私の養分になることを許そう」


 ルーカスはトーレスたちの方に向かって歩き出す。


 トーレスたちはルーカスと同じ原理で動いている。そのため、エリーナよりも体を動かすための負荷は少ない。しかし彼らも、動くタイミングを上手く掴めない。

 

 それと引き換え、クラーラとイレーネはまだ、体が殆ど動かせていない。


「そして何より、珍しい人間がいるなあ」


 ルーカスはイレーネの前に立つ。


「お前のこと、覚えているぞ。雰囲気はかなり変わったが、分かるぞ平民。汚らわしき血を流しながらも、私が目をかけ、1日ぐらい相手をしてやろうとしたのに、拒否しやがったからなあ!」


 ルーカスは笑顔から急に激昂し、手を振り上げた。


 まず、ロランが動いた。剣をルーカスに突き刺す。しかし、触れた刃が溶ける。ドギーもすぐに黒いナイフを錬成し、ルーカスに投げつけるが届く前に蒸発した。


「ドラコ、イレーネを連れて逃げろ!」


 トーレスはそう叫ぶと、槍を生成し、ルーカスに立ち向かう。彼へ届く前に、黒い渦がルーカスの周りに蠢き、トーレスとロラン、ドギーの体を壁に叩き付ける。


 ドラコはイレーネを抱え込み、走り出す。


「私より、クラーラを!」

「それでいいんだよ、イレーネさん」


 クラーラは震える足で立ち上がる。彼女はトーレス達に伝えてある。イレーネが何と言おうと、彼女の安全を優先して欲しいと。


「愛の力、舐めんなよー!」


 クラーラは杖をルーカスに向ける。先端に炎が巻き起こるが、放たれる前に黒い渦が彼女に向かう。それが触れる前に、エリーナの光の盾が展開されるが、破壊されクラーラは柱に体が叩きつけられ意識を失った。

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