第50話 侵入
マリアたちがロザリア家に侵入する少し前の記憶であり、エリーナたちの記録。
* * *
エリーナの父親、ルーカスがいる場所は――前大領主の屋敷の中と推測している。そして、昔のままなら、必ず謁見の間に鍵を締め、ひとりで引きこもっているはずだ。だって、彼は誰も信用しないから。
前大領主の娘、アローラ。その彼女から、エリーナは謁見の間へ通ずる隠し通路の場所を聞いている。だから今は、地下にあるその通路を渡り、自分の父親の元へ向かっていた。
メンバーは、
エリーナ、
イレーネ、
クラーラ、
トーレス、
ロラン、
ドラコ、
ドギー、
となっている。
全員で7名。
エリーナは、日常と同じシスター服に、ツインドリルの髪型。
クラーラは、いつもの白いローブ服に、愛する人が好きなおさげ姿。左右に分けて、2本に束ねている。
イレーネは、普段とは違う白いワンピース姿。その服は魔法糸で編まれており、魔法耐性にすぐれている。太ももにはダガーを隠し持っている。
髪型も普段と違う。後ろに束ねず、下ろしたままになっている。
――今回の作戦は、トーレスの魔法がひとつの要となっている。彼の魔法は、ドアに自分の魔力を流すことにより、自分が生成した異空間と扉を繋ぐことができる。つまり、何処にいても出入りが自由となる。
エリーナとしては、そんな魔法は聞いたことがない。しかし、実際に経験している以上、疑う要素はない。
今回、謁見の間の扉と異空間を繋ぐことが最低ラインの仕事。
エリーナとしては、イレーネとクラーラがいる以上、無理をするつもりはない。それは、トーレスたちも同じ考えだ。
しかし、今回は殆どの兵士が出兵している。そのチャンスを逃したくはないのだが。
それにしても、街の雰囲気は少しおかしい。ほとんどの人間は家に閉じこもっており、誰もがルーカスの名前を聞いただけで恐れおののく。
城門を守る兵士すら、人形のように生気を感じない。
みんな生きているのに、どこか死人の気配がする街。
そのため、中々情報が入らなかった。情報屋から今回の出兵の情報が聞けたのは大きかった。
エリーナが、自分の父親と最後に会ったのは7年前。そのときから、彼は神経質な異常者。
もっと昔、彼女がまだ、ほんの子どもの頃はまだ、少しはましな人間だったように思う。――そう、信じたいだけなのかもしれないが。
トーレスの話を信じるならば、ルーカスは既に人間ではない。心臓にコアが刺さっており、それを壊さない限りは不死身の存在。
トーレスたちの心臓に刺さっているのは不完全だが、ルーカスに刺さっているのは完全体。ルーカスのために、トーレスたちは実験台として利用された。
完全体のコアは人の死体から魔力を吸い出すことができる。彼は生贄を求め続け、アルデンヌ家はその贄となる。
しかし、エリーナとしては、父親がそんな大それたことをしでかす器とは思えない。それは、彼が謀反をおこしたときにも感じたこと。
本来の彼は、臆病で弱い人間だからだ。
謁見の間に通じる、隠し扉の前。
エリーナはポケットから、ペンダントを取り出す。昔、アローラから手渡された、ロザリア家の秘宝。
「準備は、いいかしら?」
そう言って、エリーナは全員の顔を確認する。
みんな、緊張した面持ち。
エリーナはマリアのことを思い浮かべ、つい笑ってしまう。
彼女がいたらきっと、緊張感のないことをいうのだろう。だけど、彼女自身は大真面目だったりするからたちが悪い。
「急に笑ってどうしたの?」
クラーラが不思議そうに首を傾げ、エリーナを見る。
「何だ、緊張で気でも触れたか?」
ロランは小馬鹿にしたように笑う。
「気にしないで大丈夫ですわ。少し、馬鹿な人のことを思い出していただけですから」
「馬鹿なやつ? 誰のことだよ」
「ロランのことじゃない?」
ドギーはロランの顔を見て、そんなことを言った。
「何だとドギー、俺に喧嘩を売ってんのか? そういうことなんだな」
ロランはドギーに詰め寄るため、トーレスに諌められる。
「トーレス、少し、余裕ないんじゃない? いつもならさ、今のじゃれ付き程度でそんな反応したことないでしょ」
ドラコも声を出して、ドギーに賛同する。ドラコは昔から障害により、声を言葉に変換することができない。
「今のはどう見たって、緊張感を和らげるためのもんだろうが」
そう言って、ロランはトーレスの肩を叩く。
「緊張することはいいが、緊張しすぎるのは良くないって、これ、お前がいつも言ってることだぞ?」
トーレスは苦笑する。
「確かにその通りだ。すまん」
ロランたちは、気にすんなよって顔をする。
「俺が悪かった。だから、そのうざい顔は止めてくれ」
トーレスがそう言うと、ロランたちは笑い出す。
和やかな空気が流れ出した。
「良いチームですわね」
「当然だぜ。苦楽を共にしてきたからな」
エリーナの言葉に、ロランは嬉しそうに言う。
まだひとりだけ、暗い顔をした人間がいる。
「イレーネ、肩の力を抜け」
トーレスはイレーネの傍に寄る。
「は? あんたに言われたくないんだけど」
強がるが、イレーネの手は震えている。
「手、震えているぞ」
「いや、これ、武者震いだから」
マリアが言いそうなことを口走った自分に気付く。まったく、ため息を吐きたい気分だ。
トーレスは一言もなく、震えるイレーネの手を握る。
「俺達がお前を守るって、昔、言っただろ」
クラーラがものすごい顔でトーレスを顔見する。
「いくらあんたが私より背が高くなろうが、私にとっては変わらず昔のチビのままなのよ。だから、本当は私がもっとしっかりしないといけないのに、なんの役にも立てる気がしない。エリーナ様には悪いけど、ルーカスさえ殺せば、あんた達が元に戻れるというのなら、私は――」
「刺し違えてでもって言ったら、俺達、切れるからな」
ロランはふたりの会話に割り込む。彼の言葉に、イレーネは唇を噛んだ。
トーレス達の目的は、ルーカスを殺すこと。彼を殺すことにより、彼らは今の体から開放されると言った。トーレスたちが人間に戻れるのなら、自分の生命など差し出してもいいと、イレーネは考えていた。
だけど、それを彼らは望んでいない。それが――辛い。
「たとえ、俺達全員が殺されようと、イレーネには生き残ることだけを考えて欲しい。それが、俺達全員が望んでいることだ」
トーレスは同じ目線で語った。
昔、自分がそうされたように。
「なんでそこまで、私はあんた達のためになんにもできていないのに」
「それは、お前が俺達を救ってくれたからだ」
「いつの話よ」
「ほんの子供のころからの話だよ」
「私はあんた達の代わりに痛みを負う覚悟もなかった、駄目なお姉ちゃんだった」
「そんなこと、どうでもいいよ、イレーネ。お前がいたから、俺達はまだ、ここにいれるんだ。お前がいたから、俺達はまだ、人のままなんだよ」
イレーネは何も言えない。
でも、ほんの少し、手の震えがおさまった。
トーレスは彼女の手を握り続ける。
「いい加減にしろー!」
クラーラの堪忍の尾が切れる。彼女は2人の間に割って入ると、お互いの体を必死に外側へと引き離そうとした。しかし、非力な彼女ではびくとも動かない。
トーレスはため息を吐くと、イレーネの手を離し後ろに下がった。急な行動だったため、クラーラはバランスを崩し倒れそうになる。イレーネは慌てて彼女を抱き止めた。クラーラは愛する人の感触を味わい、恍惚とした表情になる。
「こいつ、何とかならないのか?」
トーレスはクラーラを指差す。
「私じゃ、もう無理よ」
そう言って、イレーネは笑う。いつの間にか、手の震えが止まっていた。
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