イレーネ③

 今日は私の14歳を祝う日であり、チビ達の12歳を迎える誕生日でもある。

 

 前回は不覚にも泣いてしまい、チビたちには笑われてしまった。あの子たちだって、目を潤ませていたのに、何故か私だけが辱めを受けることとなった。1年経っても、私はあの屈辱を忘れてはいないのだ。

 

 私は気合を入れる。油断していなければ、泣くことはありえない。わたしはもう、大人であり、お嬢様を守る立場なのだから。


 今回は、バルカスさんとエマさんまで参加してくれた。

 バルカスさんとエマさんはまだ18歳なのに、冒険者として生計を立て、大領主様にも信頼されている。

 特にエマさんは私の憧れである。男くさく、さばさばとしており、すごく頼りがいがある。私もあんな風になりたいと、いつも思っている。エマさんのようになれば、きっとお嬢様も私をもっと頼りにしてくれるはずだ。


 チビたちは、バルカスさんとエマさんに懐いており、良く稽古をつけて貰っている。もしかしたら、いずれ冒険者になりたいと言い出すのかもしれないと、私はもう既に冷や冷やとしている。

 チビたちには危険なことをさせたくない、というのは私の我が儘なのだろうか?

 たとえそうだとしても、彼らには冒険者を目指してほしくはない。


 そして、今回は何故か、エリーナ様まで参加している。

 彼女はお嬢様がいないと、いつも私にちょっかいをかけては、悪戯を繰り返している。私だけならともかく、チビたちにも難癖をつけるため、私はほとほと困っている。

 チビたちには彼女に手を出したらいけないと口酸っぱく言っているため、今のところ我慢してくれているが、不安は募るばかりだ。

 

 そして何より腹が立つのは、エリーナ様がお嬢様の前だととんでもなく良い子を演じるということだ。

 お嬢様が彼女を可愛いと言うたび、私は悔しさで歯ぎしりする。エリーナ様は、そんな私を見て、意地悪く笑うのだ。


 今回の誕生日も、私は感動した。何より、チビたちが喜んでいる姿を見られただけで、私の涙腺が緩みかける。そのため、時々自分の体をつまんで気を紛らわせた。私はもう人前では泣かないと、そう決めたのだから。


 誕生日会が終わるころ、私は油断していた。


 ちび達が私にこっそりとプレゼントを用意していた。この日のために、お手伝いをしてお金を貯めてきたらしい。


 箱から黒いリボンが出てきた。


 視界が歪む。


 ちび達は私を見て笑う。


 私は慌てて目元を拭った。


「申し訳ないけど、櫛と手鏡を持ってきてくれないかしら」


 お嬢様は近くのメイドにそうお願いをした後、私の後ろに立ち、髪に触れた。


「どんな髪型がいいかしら?」

「そ、そんな、いいですよ。お嬢様にしていただくなんて滅相もないです」

「イレーネ、私がそうしたいのよ。それでも、駄目?」


 お嬢様は私の耳元で、そうささやく。それで、拒否できる人間などいるはずがない。


 私はどんな髪型がいいかなど分からないため、お嬢様へお任せした。


 メイドから渡された櫛を使い、お嬢様は私の髪を整える。


 女中が椅子に座り、主人を立たせたままなど、普通はあり得ない。それでも、お嬢様が私の髪に触れているという事実は――心を高揚させる。


 ああ、どんな幸せな時間も、いずれは終わりがきてしまう。


「イレーネ、出来たわよ」


 お嬢様の手が、私の髪から離れる。


 目の前に手鏡が現れ、私の姿を映す。髪を後頭部で一纏めにしてあり、尻尾のように垂れている。


「それ、ポニーテールと言うのよ。貴方にすごく似合っているわ」


 ふと、エリーナ様が視界に映った。彼女は私を食い殺すような目を向けている。彼女には申し訳ないが、少しだけ勝ち誇った気分になった。


 お嬢様に感謝した後、チビ達にお礼を言う。彼らは嬉しそうに笑ってくれた。そのあと、何故か神妙な顔になる。


「イレーネ、俺たち、騎士団に入団する」


 その言葉が信じられず、私の頭がパニックになる。


「それで強くなって、お嬢様と、イレーネを守るんだ」

「何を言ってるのよ、あんた達では無理よ」

「無理じゃない」

「無理よ!」


 私とチビ達で一触即発の睨み合いが続く。


「バルカスさんも、何か言ってやってくださいよ!」

「イレーネ、俺は先に知っていた。彼らは本気だよ。それは言葉ひとつで変わるものではない。そんな中途半端な気持ちではないんだ。そんなこと、俺に言われなくても分かるはずだ。お前なら」


 言葉を失う。


 私はチビ達を眺める。みんな、真剣な目で自分を見ている。


「すごく大変なのよ」

「分かってる」

「ケガをするかもしれないのよ」

「そんなの当り前だろ」

「――死ぬかも、しれないのよ」

「それでも、俺たちはこの場所を守りたいんだ」

「何のために?」

「そんなの決まってる。ここに、イレーネがいるからだよ。この街に、イレーネがいるからだ」

「馬鹿よ、あんた達は」

「そんなの、イレーネほどじゃないよ」


 そう言って、彼らは笑う。


 チビ達が、自分の手から離れていく――そんな気がした。だから、私は彼らを抱きしめた。私の手から離れてしまわぬように。

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