第49話 あなたが願うのなら

 作戦が決行された。


 トゥール家と交渉し、アルデンヌ家には危機感を煽り、オーランドの計画通りに進んだ。


 兵は二手に分けた。ロザリア軍と共に行動し、アルデンヌ軍と挟み撃ちにする部隊。そして、その間にローズウェストへ攻め込む部隊の二編成となっている。



 


 決戦当日。


 ローズウェスト近くで気配を消す結界を作り、部隊を滞在させた。

 

 マリアとソフィーは馬車の中で待機。

 ロザリアの部隊が出発した報せを聞いたのはもう2時間も前の話。


 いつまでここに滞在し続けるかは、オーランドの采配次第。


 結局、何もできないまま、今日を迎えた。


 エリーナに見捨てられたのも、今ならよく分かると、マリアは思う。


「まだ、自分を責めているのですか?」

「そんなことないですよ」

「すぐにばれるのに、マリアは嘘ばかりですね」

「それを、本当だと思いたいだけですよ」


 マリアは窓の外を眺める。


「人は言葉をしゃべることが出来るのに、簡単に争うんですね。他の道を模索することなく」

「人に期待するだけ無駄ですよ」


 ソフィーの言葉は、自分のことを言われた気がして、マリアの心は暗くなる。


「……言い直します。他人に期待しないことです」

「何で、言い直したんです?」

「マリアはもう、私にとって他人じゃないからです」

「ソフィー様にとって、私は何なんです?」

「貴方はもう――私の一部です」



 座席に黒猫が現れ、鳴き声を上げる。



 ソフィーは眉根を寄せる。


「何て言ったんです?」


 マリアは嫌な予感がした。


 少し躊躇した後、ソフィーは口にする。


「今、謁見の間でエリーナたちとルーカスの戦闘が始まったようです」


 マリアは両手を握り、体を震わせる。


「オーランド、戦闘が始まった場所は屋敷のどの辺ですか」


 猫はもう一度鳴いた。


「分かりました。オーランド、私たちは先に向かいます」


 その言葉に猫は反応するが、ソフィーに睨まれる。


「さっさと消えてください」


 使い魔は姿を消す。


 マリアは驚いた顔で、ソフィーの顔を見ている。


「後悔、したくないのですよね?」


 マリアは頷く。


「でも、ソフィー様……本当にいいんですか?」


 ソフィーはマリアを抱きしめると、唇を塞ぐ。


「これが、私への報酬です。だから、マリアは何も気にしないでください。貴方の唇には、それだけの価値があるのですから」


 マリアは、そんなソフィーが理解できない。


 ソフィーは、それを分からないマリアが理解できない。

 

「あなたが願うのなら、この世界すら――私は壊してみせます」


 そう言って、もう一度だけソフィーはマリアの唇に触れた。


 


 馬車の扉を開くと、ソフィーはマリアを抱き上げ、空を飛んで目的の場所まで向かう。


 マリアはソフィーの首元に抱き着いた。強く――強く、抱きしめた。溢れる感情が、おさまらない。

 

「――きっとソフィー様も、私と同じぐらい馬鹿なんですよ、きっと」


 ソフィーの首筋に額を押し付ける。顔なんて、しばらく見られそうにない。

 

「そうですか。しかし、貴方と同じなら、それは悪くない気分です」


 マリアは笑ってしまう。


「訂正します。ソフィー様は、私なんかより大分……馬鹿ですよ」


 人の子に、馬鹿にされることなどありえない。それでも、マリアになら構わないと――ソフィーは思う。



 

 ローズウェストの領空内に侵入したが、拍子抜けなほど、街の中には人らしい人はいない。戦争を行う街の雰囲気ではない。城門近くも、特に慌ただしくもなく落ち着いている。ほとんどの兵が出兵しているとしても、あまりにも人が居なすぎる。


 ロザリア家の屋敷はすぐに見つかる。


 ロの字の大きな屋敷。その中心の中庭には大きなドーム状の建物。そこから、異様な魔力が立ち込めている。


 しばらく、空の上から屋敷を眺める。


「マリア、行きますよ。大丈夫ですか?」

 

 一拍、間を置く。


「大丈夫です」


 緊張した面持ちの愛する人を見て、ソフィーは笑みを浮かべる。


「それでは、行きますよ。しっかりつかまっていてください」


 降りていく。下へと、ゆっくりと。


「でも、どうやって侵入するんです?」

「そんなの決まってます。屋根を魔法で壊して侵入します」

「え?」

「その方が早いですから」


 ソフィーは目の前で急速に風を集める。


「エリーナさん達に当たるかもしれないですよ!」

「大丈夫です。魔力の流れで、人の場所は把握しています」


 高濃度の風の塊が激しく揺らめく。ソフィーはそれを解き放つ。轟音とともに、煙が立ち上った。


 空いた穴から、中に侵入する。


 銀色の髪の少女と黒髪の少女が、静かに降りていく。


 銀色の目が敵の姿を映す。


 ソフィーは、マリアを地面に下すと、生成した剣を敵に向けた。

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