第45話 気遣い
馬車の運転手に行先の変更を伝え、ウェルディナに向かう。
その道の途中、いきなり馬車が止まった。
「魔物ですね」
ソフィーはポツリと口にした。
マリアは魔力の気配を感じない。運転席に通じる窓を開けて、運転手に尋ねる。
「どうしたんです?」
運転手はマリアの方を見る。
「ま、魔物が……」
馬の手綱を握りながら、運転手は口をパクパクと動かした後、道の奥に指を向けた。
緑色のスライムが大量に発生しており、道を塞いでいる。魔物を視認し、魔力探知に集中しないと気づかないぐらい、微量にしか魔力が漏れていない。よほど集中しないと気付かないレベルなのに、良く気づいたなぁと、マリアは感心する。
林を削ってできた狭い道のため、馬車を引き返すのは少し難しそうだ。マリアは馬車から降りると、信心用具を取り出し、大きな声で気合を入れた。燻ぶった思いを、頭から吐き捨てるために。
スライムは人間の存在に気付くと、ゆっくりと近づいてくる。運転手はそれを見て、悲鳴を上げる。
「大丈夫ですよ。私にお任せあり!」
そう言って、マリアはスライムに信心用具を向ける。
「マリアは下がっていてください」
ソフィーはマリアの頭上を飛び越えて前に出ると、風の魔法で数十体のスライムをまとめて空高く飛ばした。
「ちょ、ちょっと――」
静止する声を無視して、ソフィーはスライムに炎の魔法弾を数十発放つと、塵となって消える。
気合を入れて突き出した信心用具を、静かにポケットの中に戻した。
運転手は怯えた目を向け、可愛そうなぐらい体を震している。
「あのー、私の気合の入った声、聞きましたよねぇ?」
「そうですね、なにかを必死に叫ぶマリアは、すごく可愛かったですよ」
予想外の言葉に、マリアは心がむずむずとしてくる。緩む頬を叩いて、気合を入れ直した。
「ソフィー様。どう考えても、あれは私が戦う流れだったと思うんですけどー」
マリアは、精一杯の抗議を行う。
「マリアは、戦わなくてもいいんです」
「どういうことです?」
「本当は、戦いたくないのでしょう?」
「それは――」
――誰だって、そう思うはずだ。戦わなくてすむのなら、誰だってそれに越したことはないはずだから。
「それでも、私は戦いますよ」
――昔の過ちはいつまでも私を追い続ける。だから、聖女様が言ったように、人のために魔法を使い、人を救う。それは、前に向かうということ。そうやって私が走り続ける限り、私の罪が、私に追いつき、私の心を食い殺すことは、きっとないはずだから。
――――――
ウェルディナ。湖の魔法都市。広い湖を中心にして都市が形成されている。都市の周りは城壁ではなく木に覆われ、樹木には結界の刻印が刻まれている。
湖の中には島があり、長い橋が渡っている。そこにウェルディナの領主、オーウェル家の屋敷がある。
馬車は夕方前に到着し、マリアは都市を観光する。ソフィーは魔法で姿を消し、空を飛びながら彼女の後についていく。
確かに、オーランドが言ったようにここはグルメの街なのかもしれない。所々に屋台があり、匂いを充満させ、人の胃袋に何かを訴えかけてくる。
今日は朝から何も口にしていない。本当なら、あの匂いに抗えないはずなのに、今はあまり気分が乗らない。それは多分、どんよりと漂う後ろめたさのせいだ。
「何か、食べないのですか?」
「ああ、すみません。ソフィー様、お腹減っていますもんね」
その考えに思い当たらなかった自分は、本当に何も見えていないのだと、そう実感した。
「私は基本、1日ぐらい食べなくても問題ありませんが、マリアは何か食べてください」
「それなら、私も大丈夫ですよ。必需品は購入しましたし、そろそろ宿屋の方に向かいますかねぇ」
「急にお腹が減りました。ですので、何か買いましょう。私だけ食べるのも心苦しいので、マリアも何か食べてください。これは、命令です」
マリアは苦笑する。
「分かりました。何か食べたい物はあります?」
「何でも構いません。マリアが選んでください」
難しいことを言う。
マリアは腕を組み、悩む彼女の鼻にお肉の香ばしい香りが突っついてくる。マリアは悩むことなく、串焼きを数本頼んだ。
通り道で見かけた公園の中に入った。噴水があり、大きな水路が流れ、湾曲した橋がいくつか見受けられる。公園と言うよりは小さな森の中に囲まれている感じだ。
しばらく歩くと、人の姿が見えなくなる。
マリアはベンチを見つけたため、そこに座った。
「ここで食べます?」
ソフィーは姿を見せると、マリアの隣に座った。
「またお肉なのですね」
マリアは手提げカバンからひざ掛けを取り出し、ソフィーの膝の上に乗せた。
「その言い方だと、私がいつもお肉しか食べないイメージになるので、止めてください。ちゃんと野菜だって食べているんですから」
そう、出されれば基本、マリアに好き嫌いはなく残さずに綺麗に食べる。しかし、バイキング形式の場合、彼女は必ず肉しか選ばない。そのため、彼女の隣にエリーナかアンナがいない場合、野菜を胃の中に収めることはまずありえない。無意識による選別のため、彼女に罪はないし、肉しか選ばないという認識を彼女は持ち合わせていない。
「聖女様が言っていましたよ、マリアは肉しか選ばないと」
「そんなこと言っていたんですか? それはただの濡れ衣ですねぇ。ソフィー様は絶対信じたらだめですよぉ」
「そして、聖女様はこうもおっしゃっていました。肉しか食べない人間は肉食だと」
マリアは頭の上にはてなマークを浮かべる。
「マリア、今日の夜が楽しみです」
笑うソフィーを見て、何故か寒気がした。
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