第44話 笑顔

 オーランドはマリアの話を聞いた後、少し考え込む仕草をした。

 

「今回のクーデターは、オーウェル家の可能性が高いと僕は推測しています。正直、マリアさんが言った彼らとの関連性は分かりませんが」

「どんな家なんです?」

「ロザリア家を支える三大派閥の1つです。因みに、その派閥の1つはクーデターにより中心人物は全員殺されていますので、暫くは二大派閥になると思われています。もう1つが本当に裏切っているのなら、とんでもない話ですね」

「オーウェル家の人たちは、クーデターを行う理由がありそうなんです?」

「分かりません。ですので、一緒にオーウェル家へ行きましょう」


 オーランドはにこやかに言った。


「マリア、今から目の前の水晶玉を叩き割ります」


 ソフィーの殺気に、メアは2mほど後ろに後退した。


「ソフィー様、僕のイケメンスマイルに対して、その態度はあんまりですよ。傷つくじゃないですか」

「黙りなさい。マリアはもう、帰るんです。邪魔をしないでください」

「マリアさんは、どうなんですかね? 帰りたいですか? 全てを投げ出して、帰ります?」


 殺気の密度が上昇する。

 

 自分に向けられたわけではないのに、マリアは身震いした。

 

 ソフィーの前に光の粒子が渦巻き、剣の形になる。


「それ以上喋らないでください。目の前の人間もろとも、壊しますよ」


 メアは身構えると、一歩、後ずさる。恐怖のためか、足元が震えている。

 

「ソフィー様――」

 

 声が少しだけ、裏返る。


「私、行きたいです」


 剣が形を保てず、空気に拡散し、消えた。


 ソフィーはマリアの方に顔を向ける。


「何でですか? 貴方は、傷つきますよ。絶対に、傷ついて泣くんですよ。昔みたいに、貴方は泣くんです」

「それでも、私は行きたいんです」

「理解、できません」

「後悔しないためですよ、ソフィー様」

「そんなことのためにですか?」

「はい、そうですよ。私はわがままなんです。自分のために、私は行きたいんです。例え、それが誰かの重荷になろうとも」


 ソフィーはため息を吐く。


「好きにして下さい」

「ありがとうございます、ソフィー様」

「しかし、危なくなっても駄々を捏ねるようでしたら、手足のどれか1本切り落としてでも黙らせますから」


 自分の手足が切断される姿を想像し、マリアは身震いした。

 

 ――そして、気付く。


「もしかしてソフィー様、ついてきてくれるんですか?」

「仕方がないでしょ? ついていかなければ、マリアが言うように、後悔するんでしょうから」

「おー、それはあれですなぁー、ソフィー様、私のこと好きすぎですよぉ」


 マリアは気恥ずかしさを紛らわすため、おどけて見せた。

 

「そうですよ、悪いですか?」

「え?」


 マリアは顔が真っ赤になる。


「えっと、それはどう言う意味です?」

「馬鹿なんですか? 言葉通りの意味です」


 マリアは何も言えず、ただ、頷いた。


「あー、すみません。そろそろよろしいでしょうかね? 個人的に放置されて喜ぶタイプではないんですよねー、僕は」

 

 いじけたように言うオーランドは最高にウザイが、マリアは彼に感謝した。気恥ずかしい空気が少しだけでも拡散してくれたからだ。

 反対にソフィーは邪魔されて、苛立ちが募った。


「取り敢えず、私達はオーウェル家に向かえばよろしいですかね?」

「そうですね、まずはウェルディナの都市に向かって下さい。そこからだと、普通の馬車でも昼過ぎには着くはずですから」

「分かりました。そこで待機していればいいんですか?」

「今日は普通に観光して、宿屋で泊まってください。明日の朝、僕の使い魔に連絡させますから。因みに、あそこはグルメの街でもあるので、期待して貰って大丈夫ですよ」


 マリアは、大げさに喜ぶ――そんな、ふりをした。


「後、これが大事なんですが、ソフィー様は大変目立ちますので、くれぐれも姿は見せないようにしてくださいね。無用なトラブルは避けたいので」


 ソフィーは嫌そうな顔をする。


「すみません、ソフィー様」


 マリアは申し訳無さそうに手を合わせる。それを見て、ソフィーは渋々と頷いた。


 それを見て、オーランドは満足げに頷くと、細かい説明を行った。


「それでは、良い旅を」


 その言葉を最後に、水晶玉から通信が途絶えると、メアは自分の周囲に円形の線を浮かび上がらせる。


「メアさん、ありがとうございます。また今度ですね」


 そう言って、マリアは軽く手を振った。


 メアは無言でマリアを眺めた後、地面に魔力が渦巻き、彼女は地面の中に消えた。


「それではソフィー様、新たな旅の始まりですよぉ」


 マリアは自分の頬を叩いて、気合を入れた。そして、とびっきりのスマイルも忘れない。

 

 ソフィーはマリアをじっと眺める。


「な、なんです?」


 マリアはソフィーに見つめられるのは少しだけ苦手だ。だって、顔面がきれい過ぎると、マリアは思う。自分の顔が熱くなり、赤くなっていることは自分でも分かる。だから、無言で見つめられるのは本当に困る。


「無理して、笑わなくてもいいんじゃないですか?」


 マリアは、それでも笑う。


「笑い続けたいんですよ、私は。それが本当の笑顔になると、私は信じているんですから」

「そうですか」


 そう言って、ソフィーは何故かマリアの頬に触れると、優しく撫でた。

 

 マリアはむず痒いのを我慢する。


「マリア、オーランドの言うことは話半分に聞いてください」

「何でです?」


 確かに、色々と胡散臭い人ではあるが。


「唯一、私が感情を読めない人物ですから」


 ソフィーはそんなことを、呟いた。

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