第42話 どうかあなたに祝福を
「光の輪により、我が敵を捕らえよ、バインド」
エリーナが詠唱すると、マリアの両腕と両足に拘束の輪が巻き付き、捕らえるが1秒も掛からずに解除される。
「さすがマリアさん。足止めにもなりませんのね」
感激の息が漏れる。
「アルテミス、我が祈りを聞け、我が悲しみの歌に応え、我が敵に千の雨を降らせよ」
アルテミスは両手をマリアの方に向けると、彼女の前にいくつもの空間に亀裂が入る。そこから光が漏れ、50㎝ほどの矢が大量に放たれる。
マリアは自分の周りに円状の結界を張ると、後退する。
「逃がしませんわよ」
エリーナが詠唱を唱えると、マリアの結界にいくつもの光輪が巻き付き、見動きができなくなる。
先程とは違い、簡単に解除できなさそうだ。
「それ、貴方と戦うために用意していた特別製ですのよ」
マリアの結界に光の矢が降り注ぎ、結界に刺さる。亀裂が入ったため、結界を内側に何重も張りなおした。少しずつ矢が結界内に侵入してくる。
「内側に結界を張り続けることはできませんわよ。降参いたしますか?」
マリアはエリーナの拘束の輪を解除すると、後退した。光の矢が刺さった結界は破裂させ、矢の軌道を変える。
アルテミスの手が下がると、光の矢が止まった。
「1分も掛からず解除されるとか、これはへこみますわね」
地面に刺さった矢は消えず、マリアの周りに針山のように佇む。
マリアは詠唱を唱えると、エリーナを光の輪で拘束する。
「同じ手を使うとか、嫌らしいですわね」
前回は解除するのに数十秒かかっている。
マリアはすぐに手を突き出すと、光線をエリーナに向かって放つ。
しかし、エリーナは結界を数秒で解除すると、自分の目の前に光の盾を展開し、マリアの魔法を拡散させた。
「マリアさん、手加減していますわよね?」
マリアとしてそのつもりはないが、人へ攻撃するとき、無意識に魔法の出力は下げてしまう。
「いつだってそうですわよね。貴方は私を対等としては決して扱いませんもの」
エリーナは自嘲気味に笑う。
「私は、貴方の隣に立ちたかったんですのよ」
その声は小さく、誰の耳にも届かない。
エリーナは再び小さな小瓶を取り出す。
「エリーナ、さすがにそれ以上は――」
アルテミスの言葉を遮り、エリーナは小瓶の蓋を開け、今度は赤い液体を飲み干す。
アルテミスが最高ランクの女神と言えど、あくまで契約による実体化。召喚者の魔力により出力は制限される。彼女の力を増すには、単純に召喚者の魔力を上げればいい。ただそれだけの話だ。
「最後まで付き合ってくださいませ、アルテミス。これが最後かもしれないのですから。そしてソフィー様も、邪魔しないでくださいませね」
脳が興奮状態になり、魔力の流れが急激に加速する。
「いい、これはいい感じですわよ、アルテミス」
胸を押さえ、少しだけ歯を食いしばる。
「拘束して頂戴、アルテミス」
マリアの周りに突き刺さった矢が光り輝き、膨れ上がる。大きさが、太さが広がり、樹木のようにうねりながら空に向かって伸び続け、5mほどの高さで止まった。隙間なく矢が敷き詰められているため、逃げ道は上だけだが、飛ばない限り難しそうだ。
「マリア」
姿は見えないが、ソフィーの声が隣から聞こえる。
「大丈夫ですよ」
マリアは光の粒子を集め、自分の身長より長い杖を形にし、先端に魔力を流し込む。エリーナの揺れる魔力を感知すると、杖を彼女の方に向ける。
上からアルテミスが姿を現す。
彼女は再びマリアの方に手を突き出すと、彼女の前に直径10mほどの魔法陣が浮かび上がり、高速で回転する。
「降参するなら、今のうちですよ、マリア」
アルテミスはどこか、懇願するように言った。
「何度も言わせないでください、私は大丈夫です」
マリアはアルテミスの方に目線を向ける。
「エリーナさんは私を殺す気はない。だから、彼女が全力で私に立ち向かってくるのは、私を信頼しているから。私なら大丈夫だって、信頼してくれているから。それなら、私だって信頼していますよ。私が全力を出したって、彼女は死なない。だから、殺す気でいきますね」
アルテミスは困惑した顔をする。
「それは、少しおかしくありませんか?」
「でもそれが、彼女の求めていることですから」
アルテミスは少し、困ったように笑う。
「それでは全力で行きますよ。逃げ場のない貴方に向かって」
「アルテミスも、私を信じて欲しいですねぇ」
「そうですね、私を信じさせてください、マリア」
アルテミスの魔法陣から大量の魔力が溢れだし、それが収束すると、巨大な光の矢が放たれる。
マリアは3重もの結界を張ると、目を閉じ集中する。杖の先端に魔力を注ぎ込む。
1つ目の結界が割れ、2つ目にヒビが入る。
杖の先端に魔力が最大出力まで跳ね上がると、詠唱を唱え、光が渦となり放出される。束になった光の矢を突き破って、光はエリーナの方に向かって突き進む。
エリーナは咄嗟に光弾へ向かって手を伸ばし、結界の大きさを必要な部分だけに収束し強度を上げる。それを何重にも重ねた。
光が結界と触れた瞬間、破裂し、爆発した。威力を殺しきれずに、爆風でエリーナの体は弾かれ、結界の外に投げ飛ばされる。意識を失うと、アルテミスとの繋がりが途絶え、女神の実態と魔法が消えた。
マリアも急激な魔力消費で、少し呼吸困難に陥ったため、少しだけ膝をついた。
呼吸を落ちつけると、マリアは立ち上がり、エリーナの方に向かった。
イレーネ達はまだ、遠巻きでこちらを眺めている。
マリアがエリーナの傍によると、彼女は上体を起こす。しばらく、起き上がれそうにない。
エリーナは頭を押さえる。一瞬とは言え、記憶が飛んでいる。
「初めてではありませんの? 貴方が私に全力で立ち向かってくれたのは」
「そう、かもしれませんね」
「薬を使って、無理してこれとは、さすがに悔しいを通り越して、このままでは死に切れませんわね」
エリーナは言葉と裏腹に、どこか吹っ切れたような顔をしている。
「で、私が勝ったってことでいいですかね?」
「ええ、そうですわね」
「じゃあ、私もついていきますから」
「連れていきませんわよ」
「え?」
「すみませんがマリアさん、私、勝負の結果により連れていくとは一言も言っていませんわよ」
マリアは額を押さえ、記憶を遡る。
「ソフィー様、本当にこのままマリアさんを連れて行ってもよろしいのかしら?」
ソフィーの姿は見えない。それでも、近くにいるのだろうとエリーナは推測している。
「エリーナさん、何を言って――」
「このままマリアさんが私たちについていったら、犯罪者になりますわよ。それでよろしいのかしら? 私としては、気絶させてでもここで止めるべきだと思いますけれど」
マリアは苦笑いになる。
「ソフィー様にそんなことを言ったって、無駄――」
話の途中で、マリアはいきなり首の後ろに衝撃が走る。簡単に気絶し、実体化したソフィーに体を受け止められる。
部屋全体にソフィーの殺気が充満する。
誰一人身動きできないほどの重圧。離れた場所にいるトーレス達ですら、膝をつき、頭が垂れる。それは無意識での行動。器が違う。彼らは思う。あれこそが本物の化け物だと。
エリーナは震えた体を動かし、ソフィーに頭を下げる。
「マリアさんのこと、お願い致しますわ」
彼女は自分のことよりも、マリアの身を案じている。エリーナのその態度に、ソフィーの殺気が収まった。
「貴方、名前はなんですか?」
「エリーナですわ、ソフィー様」
ソフィーは、エリーナを見つめる。彼女は微かに震えながらも、視線を外さない。
「分かりました。エリーナ、私に任せてください」
ソフィーはエリーナにそう言うと、マリアの顔を眺める。
「ありがとうございます、ソフィー様」
エリーナはふらつきながらも、立ち上がると、マリアに視線を向けた。
「――どうか貴方に、祝福を」
エリーナは手を合わせ、マリアの幸せを願った。
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