第41話 マリアとエリーナ

 エリーナの言葉に、場が静まり返る。


「私も参加しますわ、それで問題ないかしら?」


 トーレスは他のメンバーに目線を向ける。


「お前がリーダーだ。だから、お前が決めろ」


 ロランの言葉に、他の2人も頷いた。


「分かった。エリーナ、お前の参加を認める」

 

 トーレスの言葉に、エリーナは頷く。


「私は、私もいいんだよね?」


 クラーラの言葉に、イレーネは顔をしかめた。


「イレーネに聞くんだな」

「イレーネさん、いいよね?」


 イレーネは頭を押さえ、盛大なため息を吐く。


「好きにしなさい。でも、無茶は絶対にしないでよ」

「それは、イレーネさん次第だよ」


 クラーラはイレーネから軽く小突かれる。


「ところで、あなた達に策はありますの?」

「いや、正直、考えあぐねているところだ」

「そう、なんですのね」


 エリーナは考え込む。


「殺す以外に、ないんですかね」


 マリアは、ぽつりと口にした。


「彼らがそれを必要とした。だから、私はそれを尊重しますわ」

「自分の父親なのに?」

「親子らしいエピソードの1つもないくらいには、あの人とは他人ですわ」

「だとしても、家族です。他人じゃないですよ」

「そんなことは言われなくても分かっていますわ。それでも、私は昔から、彼を憎んでいますの。死んだほうがいいと、そう思えるくらいには」

「それでも、殺さないで済む方法を考えませんか? 私も一緒に考えますから」

「何を言ってんだ? こいつ」


 ロランは苛立った声を出す。


「殺さないといけない理由があるんだよ、俺達には」

「それは、何ですかね?」

「教える義理がどこにあるんだよ」

「教えて貰えなきゃ、いつまでも分からないままじゃないですか」

「それでいいんだよ」

「それじゃー、何も変わらないままですよ」

「俺達にとって、変わらないことに、意義があるんだよ」

 

 言い争いが始まりそうな2人の前に、エリーナが割って入る。

 

「マリアさん、私はあなたを連れて行くつもりはありませんわよ」

「え? だって、クラーラさんのときは――」

「あなたは、何も関係がないですわよね?」

「行きますよ、私も。ここまで来て、知らんぷりできる訳がないじゃないですか」

「ええ、そうですわね。あなたなら、そう言いますものね。だから、力づくでもあなたを連れていきませんわよ」

「どうしてそこまでして、私を止めるんです?」

「だってあなたは私を止めますわよね? 私がルーカスを殺すときに」


 マリアは押し黙る。


「あなたは私と戦ってまで、私達についてきますの?」

「私は、他に道がないか、一緒に探したいだけですよ」

「それはただのお節介ですわ。そんなの、誰も望んでないんですもの」


 エリーナはポケットから信心用具を取り出す。


「ソフィー様、手は出さないでくださいね」


 マリアは小声でそう呟くと、信心用具を手で握る。


「マリアさん、すみませんが、結界を張ってくださいません? 周りに被害を出したくありませんので」

「嫌だって言ったら、中止になったりしませんかね?」

「なりませんわね。代わりに私が結界を張るだけですわ。あなたの攻撃に耐えられる気がしませんが、まあ、仕方ありませんわね」

「分かりました。私が張りますよ」


 イレーネ達が離れていくのを確認する。

 

 マリアはため息を吐くと、瞳の色が変わり、詠唱を唱えた。

 直径20mほどの半円の結界が張られる。


「一応、出入りが自由なので、この結界を出た方が負け、ということでいいですかね?」

「ええ、よろしいですわ。マリアさん、あなたと最後に戦ったのは半年も前の話ですわ。あれは模擬戦でしたけれど、今回は殺す気できてくださいませ。でないと、大怪我しますわよ」


 エリーナは服から小さな小瓶を取り出す。蓋を開け、緑の液体を体内に流し込む。


「卑怯だとは思わないでくださいませね」

 

 エリーナは空になった瓶を投げ捨てる。彼女の魔力の流れが変わり、力が跳ね上がる。


「しかも今日は月の光に満たされていますわ。しかも満月。私のためのステージですわね」


 エリーナは天井を見上げ、大きく手を広げた後、胸に信心用具を押し付ける。


「我が契約の元に現れよ、月の女神、アルテミス」


 エリーナの頭上に魔法陣が浮かび上がり、光が形になる。それはこの世と思えぬ美しい女神の姿と為す。大きく光る眼、腰まで伸びた長い髪は月の色。ひだがたくさんついた白い一枚布の衣装を身にまとい、長さはくるぶしの高さまで。


 アルテミスは高ランクの女神。基本的に女神は一人の人間としか契約をしない。そのため、エリーナとの契約が切れるまで、他の誰の召喚にも応じない。

 女神は基本、霊体である。召喚者の魔力によってこの世と縁を結び、実体化することが出来る。召喚者の魔力により姿を為しているため、倒され実体が消えたとしても死ぬことはない。


「久しいですね、エリーナ。そして、マリア」


 アルテミスは手を広げ、二人を慈しみの目で見つめる。

 

「ええ、あなたと会えてうれしいですわ。早速で悪いですが、マリアさんを叩きのめすのを手伝ってくださいましね」

「気は乗りませんが、エリーナの頼みとあらば」


 アルテミスはマリアの方に視線を向ける。


「すみませんね、マリア」

「気にしないでください」


 アルテミスはほほ笑む。


「さぁ、始めますわよ、マリアさん」


 そう言って、エリーナは信心用具を握った手を、マリアの方に向けた。

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