第40話 エリーナの決意

  マリアはクラーラが遅いため、様子を見に行った。

 不安が募ったためだ。そして、その不安は見事に的中した。


 部屋に入った瞬間、中は甘い空気で充満している。

 マリアは顔を真っ赤にさせると、慌ててクラーラの頭を叩いた。


「マリアちゃん!?」


 クラーラは我に変えり、今の状況を思い出す。


 この部屋は天井から伸びる月の光だけ。満月の光に淡く照らされ、イレーネの姿は艶かしい。はだけた服から覗く色気に、マリアは生唾を飲み込んだ。

 クラーラはマリアの視線に気付き、頬を膨らます。


「マリアちゃん、私のイレーネさんをいやらしい目で見るなぁー!」

「いや、勘違いですから!」


 決して勘違いではないが、本人にその自覚がないだけ。


「出ていけー」


 マリアはクラーラに体を押される。部屋から追い出され、扉が閉められた。


「クラーラさん、直ぐに出てきてくださいよぉ」

「ちゃんと分かってるよ、少しだけ待っててね」


 そう言われてしまえば、マリアとしては黙って待つしかない。


「マリア、後で折檻ですから」


 頭上からソフィーの声。


 何故? マリアは理解できず、恐れおののく。



 

 想定より早く、2人は部屋からでてきた。


 魔法具で眠らされたためか、イレーネはまだ、頭がぼんやりとしている。そのため、クラーラに支えられながら足を動かす。


 白いシンプルなワンピースを着ており、下ろした髪は、肩下まで伸びている。

 いつもと違う姿に、マリアは驚いた。前から知ってはいたが、本当に美人なんだと思い知らされる。普段とは違う女性らしい雰囲気に、いつも以上の色気を醸し出していた。


「マリア」


 耳元に、ソフィーの苛立った声が聞こえ、意識を取り戻す。


「それにしても、イレーネさんの服、いつもと違うから驚きましたよ」

「ああ……これ? あいつらが持ってきた服よ。こんなの着ると、ますます昔に戻った気がするわね」


 イレーネは頭を押さえながら、ため息を吐く。


「ってか、ゴメン。頭が回ってない。正直、今の状況を理解できてないんだけど。何か、髪の色も違うし」

 

 彼女の拙い歩きを見て、エリーナたちがこちらに向かってくる。


「それで、何であんたら、こんなところにいんの?」

「そんなの、決まってるよ」


 クラーラは笑う。とびっきりの笑顔で。


「迎えに来たんだよ。イレーネさん」


 

 ――――――

 


 今更だが、自己紹介が始まる。


「もう知っているだろうが、俺の名前はトーレスだ。一応、リーダーみたいな感じだ」

「みたいってなんだよ、もっと自信を持てよ、お前は」

「今しゃべった赤髪はロランだ。気性が激しく、直ぐに手が出るため、気をつけてくれ」

「そうだぜ、気をつけな」


 ロランは何故かドヤ顔になる。

 

「そして巨漢で、つぶらな瞳をしているのがドラコだ。昔からの障害で、言葉は喋れないが、誰よりも力強く、誰よりも優しい奴だ」

「あー」


 ドラコは喉から音を鳴らす。


「そして一番背が低く、右目を長い茶色の髪で隠しているのが、ドギーだ。大人しいが、俺たちの中で一番知識がある」

「よろしく」


 ドギーは小さく、声を出す。


 次はエリーナが、クラーラ、マリアの紹介をする。

 そして急に不安になる。姿は見えないが、ソフィーのことを放置している、今の状況を考えると体が震えた。


「で、誰か状況の説明をお願い。クラーラじゃ、まともな回答が返ってこないから」

「イレーネさん、ひどいよ!」

「クラーラさんが言ったように、イレーネさんを連れ返しにきただけですよ。ローズウェストに向かう前、アカシアの村を訪れたんですけど、そこでトーレスさんに襲撃されたんです。しかし、クラーラさんがイレーネさんへの愛を叫び、今、私達はここにいます」


 マリアの言葉に、クラーラは得意げな顔をイレーネに向けたため、軽く頭を小突かれた。


「愛の叫びってなによ、嫌な予感しかしないわね。ますます訳が分からなくなったわ」


 マリアとクラーラが、えっ、なんで分からないの? というような顔をしたため、イレーネのこめかみが激しく動いた。


「なんであんた達、ローズウェストに私がいると思ったのよ」

「それは、私がそう推測したからですわ。あなたが、クーデタに参加していると、そう思ったから」

「私を殺すためですか? エリーナ様」

「そこの2人と一緒ですわ。あなたを連れ帰すため、私はここにいますのよ、イレーネ」

「何故、でしょうか」

「私は昔からあなたのことが嫌いですわ。お姉様を独り占めにしたあなたが、私は嫌いでしたの。だから、これはあなたのためなんかじゃない、お姉様のためよ。記憶を取り戻したのなら、分かるはずですわ。お姉様があなたに何を願い、何を望んたのか」

「イレーネ、俺達もそれを望んでいる。お前は、お前の帰るべき場所に戻れ」


 イレーネは困ったように笑う。


「無理よ、今更。もう、戻れない。私は忘れていた。でも、心と体がいつも何かを訴えていた。それが何か分かった。分かったなら、もうほっとける訳が無い。お嬢様と比べることはできないけど、私にとって、トーレスたちのことも大事なのよ」


 トーレスたちは、顔をしかめた。


「だからね、クラーラ。先に戻っていて欲しいのよ。私達の家に。全てが終わったら、私は必ずそこに戻るから」


 イレーネはクラーラの肩を掴み、目を見ながら語りかける。


「それ、嘘だよね」

「え?」

「何年イレーネさんのこと見続けたと思ってるの? 嘘ついてることぐらい、すぐに分かるよ」

「そんなことは――」

「そんなことあるよ。だから、私もここへ残る。ここに残って、ここで戦うよ。イレーネさんと一緒に」

「何をするかも知らないでしょ、あんたは」

「例え世界を敵に回そうとも、私はイレーネさんの傍にいるよ。だって、イレーネさんがいるから、私は今、ここにいるんだよ。イレーネさんがいたから、私は今、生きているんだよ。イレーネさんがいなかったら、私は誰からも必要とされず、誰からも愛されないまま、きっとあのまま死んでたよ」

「それは、別に私じゃなくたって――」

「あの時、私を助けてくれたのはイレーネさんだよ。私に手を差し伸べて、私に生きろと言った。私の心を全部奪っておきながら、今更逃げ出さないでよ!」

「クラーラ、お願いだから、私の言う通りにして。私は、絶対に戻るから」

「イレーネ、無駄ですわよ」

「エリーナ様」


 イレーネはエリーナを睨みつける。


「トーレス、代表としてあなたに問いますわ。あなた達にとって、私の父を殺す以外に道はありませんの?」

「ない。それがこの地を混乱へ巻き込むことになろうとも、俺達にはそれを成し遂げなければならない理由がある」


 エリーナは一度、軽く頷いた。


「では、今から作戦を練りますわよ。あなた達の目的が、お父様――ルーカスの殺害なら、それを成し遂げるための策を」

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