第36話 アカシアの村

 村には予定より30分ほど早く着いたが、それでも日は沈んでいる。


「金髪と黒髪は目立ちますので、色を変えますわ」


 そう言って、エリーナはバックから魔法瓶を3本取り出す。


「これを使えば、髪の毛の色を茶色くすることができますの」

「へー、そんなのがあるんですねぇ、初めて知りましたよ。どれぐらいで元に戻るんです?」

「効果は半日ほどですわ。それと、解除用の魔法瓶を使えば直ぐに戻りますわよ」

「なるほど、でも、そこまでする必要ありますかねぇ」

「私は顔を知られている可能性がありますし、用心するに越したことはありませんわ。村に金髪の人はいないはずですので」


 金髪は貴族の証でもある。そのため、平民で金髪はまずありえない。クーデータの件で聞き込みをするのなら、茶髪の方が無難ではある。


「でも、私までする必要ありますかねぇ」

「何を言っておりますの、金髪よりも黒髪の方が目立ちますわよ」


 マリアは納得し、瓶を受け取る。


 ――黒髪の人間は、恐らくこの世界にはもう、自分一人だけなのだろうから。


「でも、それを言ったらソフィー様の銀髪もかなり目立つんじゃないんですか?」


 エリーナは良く言ってくれたと、心の中でマリアを褒め称える。自分からそれを指摘する勇気はない。そもそも、ソフィーに関して言えば、髪の色を変えたところで、彼女から発せられるオーラの重圧で人を寄せ付けなくなってしまうが。


「ソフィー様、どーします? 髪の色を変えるか、姿を消すかの二択を迫られた場合」


 ソフィーは不機嫌そうな顔をマリアに向ける。


「馬鹿なんですか? 髪の色なんて変える訳がないです」

「じゃあ、村にいる間は姿を消してくださいね」


 ソフィーはため息を吐きながらも、了承する。


 エリーナはそれを聞き、表情は変えずに、心の中でマリアに拍手喝采を送った。


「瓶を開けて、液体を髪にかけてもらえれば大丈夫ですわ。気にしなくても、濡れることはありませんから」


 瓶を開け、マリアは自分の髪にかける。液体は髪に触れる瞬間、気体になり充満する。煙が抜けると、マリアの髪型は見事に茶色く染まっていた。


 クラーラは感心したように手を叩く。


「似合ってますかねぇ?」


 ここには鏡がないため、自分では確認しようがない。


「うん、すごく似合っているよ」


 マリアはソフィーの方を見ると、彼女はそっぽ向く。


「まぁ、いいんじゃないですか? 私としては黒髪の方がいいと思いますけど」


 ふむ、とマリアは考え込む。これはある意味、そのままの君の方がいいよ、という最大の誉め言葉として、心に刻みこむとにした。



 ――――――


 

 準備が終わると、ソフィーは姿を消し、三人は馬車から降りた。

 

 村の周りは簡単な柵で囲われている。

 門を守っている人間は痩せ細った若い男性で、松明を持ち、柵によりかかった状態であまりやる気を感じさせない。


「最近、何か変わったことはなかったかしら?」


 エリーナは門にいる村人へ声をかけた。


「いや、特に何も」


 男はぶっきらぼうに言った。


「そうですか、それでは中に入らさせて貰いますわ」

「好きにしてくれ」


 とても門番とは思えない言葉で、村へ送り出された。


 外灯のランタンが明るく村を照らしているが、殆ど誰も歩いていない。店はどこもやっておらず、酒場の窓からだけ光が漏れている。


 宿屋に入ると、エリーナはソフィー用に一人部屋を1つ、後は大部屋を1つ頼もうとした。

 

 しかし、何故かソフィーは拒否反応を示し、それをマリアの耳元に伝えたため、身震いした。すぐにマリアはその伝言をエリーナに伝える。


 エリーナは一瞬、顔をひきつらせた後、4人部屋を選んだ。エリーナは同じ部屋にいるソフィーの姿を想像し、とある覚悟をした。今日は多分、眠れないかもしれないと。不安が募るため、エリーナは頭を振り、すぐに気持ちを切り替えた。


 エリーナが全員分のお金を出そうとしたため、クラーラが先に店の人にお金を渡した。


「クラーラさん? 私が出しますわよ?」

「私が勝手について来たんだし、これぐらいさせてよ。私、みんなよりお姉さんなんだから」


 そう言って、クラーラは腰に手をより、必死にお姉さん感を出そうとしているが、正直、一番幼く見える。

 クラーラは二人からお礼を言われ、鼻高くする。二人から微笑ましい目を向けられているが、それに気づくことはない。


 

「女将さん、最近この村で何かなかったかしら?」


 女将と呼ばれた女性はふくよかな体型で、あまり人相が良くない。彼女はエリーナの言葉に、苛立ったように顔を少しだけ歪めた。

 

「何かだって? この村は何もしていないさ。何もしていないのに、街でやらかす連中のせいで、どうしてかこの村にまで締め付けが入る。堪まったもんじゃない」

「街の方で何かあったのかしら?」

「前の大領主様を支持する団体が立ち上がったみたいだけど、正直何故今更なのか分からないよ。こちらとしては平和に生きたいだけなんだ。昔と違って、確かに生きづらく余裕のない生活になっているが、黙って従っていれば死にはしないんだからね」

「首謀者が誰だとか、知っているんですか?」

「そんなの、こんな村にいて知るわけないだろ? 酒場の連中なら知っているかも知らないけど。どちみち、食事をできる場所はもう、そこしかないし、後で行ってごらん」

 

 エリーナは適当に話を切り上げると、泊まる部屋に向かった。


「エリーナさん、話はあれだけでいいんですか?」

「あれ以上、有益な情報は得られませんわ。それより、一度荷物を置いたら酒場の方に向かいますわよ」


 古い木造住宅、歩くたびに軋む音、穴の開いた場所もあり、あまり掃除が行き届いているようには見えない。


 部屋の中もあまり広くなく、ベットがただ並んでいるだけの部屋。それでも、シーツだけは綺麗にしてあった。


 部屋の隅に荷物を置く。


 マリアは大き目な鏡台を見つけると、机の上にあるランタンを持って、嬉しそうに駆け寄った。

 鏡に映る自分の姿を見て、正直違和感しかなく、顔が微妙になる。

 クラーラも駆け寄り、マリアと同じ顔になった。


「エリーナさんはいいんですか?」

「私は別に、今回が初めてというわけではありませから」

「おー、なんかプロっぽいセリフですねぇ」

「何でそうなりますの?」

「さあ、なんでですかね?」


 マリアは肩を竦める。


「本当に、適当ですわね、マリアさんは」

「そんなことありませんよぉ。それより、そろそろ酒場の方に行きます?」

「マリアさん、まさかそんな恰好で行くつもりではないですわよね?」

「え? そのつもりだったんですけどぉ」


 ひらひらしたメイド服の裾をなびかせる。


「そんな恰好で酒場なんかに行ったら、絶対変な人に声をかけられますわ。今すぐにシスター服に着替えてください」


 そんな大げさな、と言う気持ちがあったが、反論してまでメイド服を着たいわけでもない。マリアはカバンからシスター服を取り出した。


「それでは、着替えますね」

「早くお願いしますわ」


 そう言って、エリーナとクラーラは部屋から出る。


 マリアは服を脱ごうとして、止まる。


「ソフィー様、いませんよね?」


 返事がない。


 少し躊躇しながらも、女同士で意識するのもおかしな話だと、自分に言い聞かせる。


 マリアはランタンの光を消すと、服をさっさと着替えた。

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