第34話 対抗心
何か必要な物はありますかと、ソフィーが気を利かせてくれたため、繁華街で旅の準備をすることとなった。
マリアはポケットに入れてあった、懐中時計で時間を確認する。
ここから西口の門まで走って10分以上の距離だが、ソフィーなら1分もかからない。
マリアは何気なく辺りを見回すと、周りの人は遠巻きにソフィーを見て、固まっている。まるで化け物にでも出会ったかのようだ。マリアは嫌な気分になったが、ソフィー本人は特に気にしていないため、マリアも気にしないと、そう決めた。
買い物もひと段落したため、マリアは屋台で売っているクレープを2人分買うと、1つはソフィーに渡した。
「ああ、マリアがよく食べているものですね」
何故、知っているんですか? という突っ込みは、もうしない。無駄だからだ。
「食べたことあります?」
「ありません」
マリアは不敵な笑みを浮かべる。
「それでは、ソフィー様もこの子の虜になってしまいますねぇ。心して食べてくださいよぉ」
ソフィーは躊躇なく食べ始める。
「た、ためらいなくいきましたねぇ。さすがはソフィー様。恐れを知らない方です」
マリアは、ゴクリと生唾を飲み込む。
「ど、どうですかねぇ」
マリアは恐る恐ると尋ねた。
「普通ですね」
ソフィーの言葉に、マリアは雷に打たれたような衝撃を受ける。
「ソフィー様、もしかして味覚おかしいんですか?」
「そこまで言うことですか? 私はあまり、食欲はない方なので」
「それ、人生の半分は損していますよ」
ソフィーはクレープを飲み込むと、マリアの方に視線を向ける。
「それでは、その半分をあなたが埋めてください」
そう言って、ソフィーは笑った。それは微かな変化。他の人間には区別がつかないかもしれないが、マリアには良く分かる。
マリアは自分でも理解できないぐらい、動揺した。
「そ、それ、まるでプロポーズみたいですよ」
マリアはうろたえてしまった自分を、誤魔化すように笑って言った。
「好きに受け取ってください」
ソフィーのその言葉に、マリアは耐えきれずに顔を背けた。
――良く、笑うようになったなぁと、マリアは思う。嬉しいけど、心臓に悪い。
――――――
西の門に着くと、エリーナの姿があったが、クラーラがまだいない。
エリーナがソフィーを見て、緊張しているのはマリアから見てもよく分かる。
「よ、よくお越し頂きました。感謝、致しますわ」
エリーナは冷や汗を流し、笑顔は引き攣っている。
「馬車の準備は出来ておりますわ。そろそろ伺いましょうか」
「いや、クラーラさんがまだですから」
「遅刻、ですわ」
マリアは時計を確認するが、まだ約束の時間にはなっていない。
「時間はまだ大丈夫ですよ」
「そんなの関係ありませんの。ソフィー様がいらっしゃた時点で、それがタイムリミット、ですわ」
それはご無体な話だ。
マリアが何かを言いかけた時、クラーラが走ってくるのが見えた。
「ご、ごめん、お待たせ」
クラーラはマリア達の前まで来ると、地面に大きめな布袋を置いた。膝をつき、息切れしながらも言葉を吐く。
「でも、何とか間に合ったからよかったよ」
「何を言っておりますのクラーラさん、遅刻ですわよ」
「え? でも――」
「遅刻ですわ」
「あ、はい。すみません」
エリーナの迫力に、クラーラは涙目になり、謝罪に追い込まれた。
――――――
マリアは4人用の馬車だと考えていたが、実際は12人用だった。
馬車の運転手は門から出て来るエリーナの姿を見付けると、笑顔で手を振った。しかし、ソフィーの顔を見ると、笑みが凍りつく。
カクカクとした動きで馬車の扉を開け、引きつった笑顔でマリア達を招いた。
両側にソファーがあり、広々としている。贅沢な内装となっており、マリアは感激の声を出す。
「エリーナさん、奮発しましたねぇ」
マリアの言葉に、エリーナは笑みを引きつらせる。
「そ、そんなことありませんわよ」
「てっきり、4人用の馬車かと思ってましたよ」
「長い旅になりますし、広いほうがいいですわよね?」
「それは、勿論ですよぉ」
――そう、広いほうがいい。エリーナはつくづくとそう思う。狭い密室の中で、ソフィーと自分が長時間一緒にいる姿を想像しただけで身震いがする。
想定していなかった出費にエリーナとしてはため息の1つでも吐きたい気分だが、ふかふかとしたソファーに寝そべり、嬉しそうにするマリアの姿を見てしまえば、これで良かったのかもと思えた。
エリーナは腰に手を置き、やれやれと思いながらも、マリアの笑顔につられてつい笑ってしまう。少しだけ心が穏やかになったのも束の間、ソフィーの視線に気付き、エリーナは足元を震わせる。とんでもないプレッシャーを感じた。
ソフィーはマリアの隣に座ると、彼女の頭を撫でた後、何故か再びエリーナの方に視線を向ける。無表情に見えるが、エリーナは挑発されている気がして、少しだけムッとした。これだけ広い中、わざわざマリアの隣に座ったことも、彼女を苛立たせる要因となった。
しかし、怖いものは怖い。不満を募らせながらも、エリーナは彼女達の反対側の席で、一番端っこの席に座る。
悔しい気持ちはあるが、ここは我慢だと自分にいい聞かせた。
マリアは後で絶対にこっちへ振り向かせる――そう考え、嫉妬している自分に気付くと、顔が熱くなる。自分の体温を冷やすために手の甲を額に押し付けた。
クラーラがエリーナの隣に座る。
「どうしましたの?」
「避難中」
自分と同じ考えに、エリーナはつい笑ってしまった。
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