第11話 メイドとしてのお仕事

 セラとの昨日の会話を思い返す。

 晩御飯前だった為、あまり詳しくは聞けていない。


「本当に私、お城の方に招かれてます?」

「大丈夫よ。この私が信じられない?」

「それはそうですよ。だって、セラ様を信じて痛い目を見たのは、1回や2回じゃないですから」

「今本当に困っているのよ。今までソフィー様のお世話をしていた人が辞めちゃって、他に姫様のお世話をしたがる人がいないのよ。お世話するぐらいなら辞表を出すって言われて、今は仕方なくメイド長が対応してるらしいけど、体力的にもキツイって嘆いているのよ。まあ、中々の高齢だしね」

「お世話って言ったって、何をすればいいんですか?」

「部屋を掃除して、食事を部屋まで運ぶぐらいかしらね?」

「それだけですか?」

「それだけよ、恐らくね」


 マリアには、何故お世話を嫌がるのかが良く分からない。


「でも、何で私なんですか?」

「そんなの決まっているじゃない。ソフィー様のお世話をしたがる人間なんて、マリアぐらいでしょ?」

「別にしたいなんて言ってませんけどぉ?」

「嫌なの?」

「嫌ではないですけど」

「なら、いいじゃないの」


 マリアは釈然としないものを感じたが、言葉を飲み込んだ。


「ああ、そうだ」


 何かを思い出したような声を出す。


「後、夜のお供があるかもしれないわね」

「お供?」

「姫様の夜伽相手になるってことよ」


 マリアを見て、セラはいたずらっぽく笑った。



 ――――――


 

 光の玉がマリア達を照らす。

 セラの片手1つで、兵士が城門を開く。

 快く招き入れられ、すんなりと中に入って行く。


 初めての門を抜けた先は、星の光で微かに灯るガーデニングの風景。塀を這う植物、高い木々と花が自然に並び、小道を歩いていると、小さな森の中にいるような気がした。

 噴水の水の音も、落ち着いた気分にさせてくれる。


 しばらく歩くと庭を抜けた。

 城の大きな扉の前に兵士が二人、滞在しており、セラの顔を見ると頭を下げる。

 二人で扉を開け、招き入れられたロビーは広々としているが、正直まだ暗い。

 壁や天井には魔法道具の照明があるが、今はまだ、機能を停止してある。

 セラは光の出力を少し上げ、頭上に浮かし、辺りを照す。

 マリアは緊張感もなく辺りをキョロキョロと見回した。

 朝早いためか、人の気配はしない。


 セラの背を追いかけ、奥の部屋まで行くと、戸の隙間から光と慌ただしい音が漏れている。

 聖女は魔法の光を消し、中に入った。


 中は広い厨房で、30人程が働いている。


「聖女様、良く来てくれました」

「メイド長、今は大丈夫かしら?」


 メイド長と呼ばれた女性は頷くと、ランタンを持って部屋を出て来た。

 名前はハンナ、年齢は68、身長は152cm。白髪頭を後ろで綺麗に纏めている。

 シンプルな黒いロングドレスに、フリルの無い白いエプロンとキャップ姿。


「取り敢えず、近くの客間までよろしいでしょうか?」

「頼むわ」


 聖女の言葉を聞き、メイド長は二人を客間まで案内し中に入れた。

 テーブルの上にランタンを置き、椅子を2つ引いた。

 セラとマリアは椅子に座った。


「セラ様、こちらがマリア様でしょうか?」

「そうよ。他のメイドの子達と同じように扱ってくれてかまないわ」


 メイド長はマリアの方に視線を向ける。


「よろしいでしょうか? マリア様」

「気にしなくていいですよ、私はただの平民ですし」

「ありがとうございます」


 メイド長は一度頭を下げ、顔を上げる。マリアを見る目つきが少しだけ変わった。


「マリアは今回の仕事、どの様に理解していますか?」

「ソフィー様のお世話をしていた人が辞めたため、代わりに私がその仕事を一ヶ月程引き受ける、という風に理解していますね」

「ええ、問題ありません。一月程で人員は補充される筈ですから。それでは、仕事内容については?」

「部屋の掃除、食事を運ぶ······だけですよね?」


 セラが言った、夜伽という単語が頭にちらつく。


「概ねその様に認識していただければ大丈夫です。後で実際に案内して注意点等を説明しますが、その後からは1人でお願いします」

「分かりました」


 マリアは少し悩んだが、疑問を口にした。


「何故、皆はソフィー様のお世話をすることを嫌がるんですか?」


 メイド長は困った顔で聖女に視線を向ける。


「マリア、それはメイド長の口からは言えないことよ」

「それは、何ですか?」

「畏怖よ」

「畏怖······ですか」

「それをあなたが感じないからと言って、他の人間もそうだとは限らない。私ですら感じるもの。それはもう、人の本能よ。それを感じないあなたが、少し特殊なのだと理解しなさい。そうしなければ、あなたは化け物になる。誰かにとってのね」

 

 セラは椅子から立ち上がる。


「それじゃあ、私はそろそろ帰らせてもらうわよ。今のところお城に寄る用事もないから、マリアとは暫く会うことはないでしょうね」

「聖女様、今日は本当にありがとうございます。大したおもてなしも出来ず、申し訳ありません」

「ああ、気にしなくても大丈夫よ」


 セラはメイド

長の肩を叩く。


「マリア、あんたは少々やり過ぎなくらいが丁度いいと思うわよ。それが誰かにとっての、化け物なのだとしてもね」


 セラはその言葉を最後に部屋を出ていった。

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