第10話 贈り物

 マリアとアンナは、湯船に浸かり息を吐いた。


「私、ちょっと嫉妬してたかも」

「嫉妬? 何でです?」

「ここより、お城で暮らすことをマリアは喜んでると思ったからかな」

「何でそう思ったんですか?」

「だって、マリアはソフィー様の大ファンだから」


 マリアは吐きかけた息を飲む。

 湯船に寄りかかった体を起こし、アンナの方に顔を向ける。


「もしかして、気づかれてないとでも思ってたの?」


 アンナは驚きの声を上げる。


 マリアは昨日ようやく、自分がソフィーに対して好意を抱いているのかも、と認識できたばかりだ。

 それなのに、アンナの方が先にその事実を知っていた事に、マリアは軽いショックを受けた。


「他の王族の方がパレードしても、何の興味も示さないのに、ソフィー様の時はあんだけ興奮してたら、普通分かるよ。マリアがあれだけ感情的になるのはソフィー様だけだからね」


 マリアは急激に気恥ずかしさを覚える。


「あらら、もしかして照れちゃった?」

「違いますよぉ。ちょっと逆上せたんですぅ」


 マリアは目を瞑る。頬を指で突っついて来る相手を、暫く好きにさせた。



 ――――――



 普段より、2時間も早く起きる。

 外はまだ、暗い闇の中。

 マリアは寝間着から修道服に着替え、軽く髪を整え、荷物を手に持って部屋を出た。

 夜目が利くため、灯りを持たず部屋を出る。


 聖女はロビーの階段手摺に寄りかかって、煙草を吸っている。彼女の右肩の付近に魔法による光の玉が、フヨフヨと浮いている。


「お早うマリア、良く起きられたわね。偉いわよ」

「お早うございます。セラ様、ここ煙草禁止ですから」


 セラは左手に持った携帯灰皿の上に煙草の火を押し付け、蓋を閉めた。

 灰皿をマリアの方に見せ、これで大丈夫でしょ? という顔をする。


「ここで吸うこと自体が駄目なんですよ」

「灰皿の上で吸ってたし、ゴミが出ていないからセーフよ、セーフ」

「煙と匂いが残るじゃないですかぁ」

「私は好きだから大丈夫よ」

「それ、セラ様だけですよ」

「マリアが知らないだけで、煙草愛好家は星の数ほど存在するわ」

「だとしても、ここで吸うのは禁止ですよ。それがルールなので」

「そう、それじゃあこれからは、私以外は禁止、と言う事で1つ頼むわね」


 セラは笑顔でマリアの肩を叩く。

 これはもう、何を言っても無駄だと諦めた。


「それにしても。荷物、少ないわね」


 始めは荷物を色々詰め込んでいたが、止めた。


「日用品と寝間着だけにしました。服は向こうの仕事着を着る事になりますし、必要ならまた取りに帰ればいいですしね」


 距離はせいぜい歩いて20分ほどだ。


「なるほど、少しは成長しているのね」


 マリアは何かと無駄に物を詰め込む癖がある。それを知っているため、セラは少し関心した。

 

 二人は教会を出て、お城の方に向かう。

 聖女は光の玉を歩く道の先に移動させる。


「お見送りなしなんて、マリアも案外人気がないのね、意外だわ」

「昨日の夜、アンナを中心に皆が送別会を開いてくれたんです。それ以上は求めていませんよ?」

「そう、それは良かったわね」


 セラはマリアの頭を撫でる。


 淡く光る鳥がマリア達の前を横切り、二人の周りを旋回する。足を止めるとマリアの肩の上に乗り、鳴き始めた。

 下級だが精霊であり、それなりに魔力を内包している。

 光の玉はマリアの頭上を照らす。


「これ、エリーナさんの使役している使い魔ですねぇ」

「そのようね」

「どうしましょうか?」

「しばらく待っていればいいんじゃないかしらね」


 セラはそう言って笑った。


「それはどう言う――」


 玄関の扉が開き、黒いネグリジェ姿のエリーナが現れマリアの方に向かって走って来る。


「マリアさん」


 名前を呼んだ後、エリーナは息を整える。

 落ち着くと、手に持ったネックレスをマリアの首に掛ける。

 シンプルなデザインで、胸元に小さい星が付いている。


「ロザリア家は、ライバルの旅立ちにネックレスを送るのが風習となっていますわ。あなたはたかが一ヶ月と思っているかもしれませんが、私はその間にもっと強くなります。だからマリアさんはそのペンダントを見て、私を思い出しなさい」


 エリーナの手が、マリアの首筋から離れる。


「私に追い抜かれない様、励む事を忘れずに」


 エリーナはそう言って、微笑んだ。

 

「エリーナさん、ありがとうございます。大事にしますよ」

「これはあなたの為なんかじゃありませんわ。私自身の為です」


 エリーナは気を引き締めると、聖女に頭を下げる。


「私のために時間を取らせてしまい、申し訳ありません」

「気にしなくて良いわよ」

「痛み入りますわ」


 マリアはエリーナの姿を眺める。


「それにしてもエリーナさんの寝間着、凄くエロいですねぇ」


 黒いスケスケのネグリジェ姿。セラも確かに、と納得した。


 エリーナは顔を真っ赤にし、胸元を隠す。


「い、急いでいまして、それで――」

「マリアはスケベだから、エリーナは少し気を付けたほうが良いわよ」

「違いますけどぉ!?」


 エリーナは涙目でマリアを睨みつけた後、逃げる様に教会の中に戻った。


「あーあ、泣かしちゃったわね」

「私の所為ですかねぇ!?」

 

 マリアの絶叫が木霊した。

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