第6話 休日での出会い

 いつもの朝が来た。

 

 マリアは誰よりも朝食を食べ、祈りの時間は誰よりも短く、日々の魔法の修行は昨日の依頼を頑張ったからと理由をつけ、明日に投げた。


 今日は掃除の当番ではないし、仕事もない。

 

 マリアは基本、他人の使用する場所は真面目に掃除をするが、自分の部屋はお世辞にも綺麗にしているとは言えない。だって、誰にも迷惑かけないですよね? と言うのが、マリアの言い分だ。


 マリアは他に何もすることはないなと結論付け、街へ出かけることにした。


 聖女候補とは常に祈り、日々魔法の力を強め、精神を鍛え、なるべく俗世から離れることを良しとされていた。

 しかしマリアは、そもそも聖女になるつもりなんてない。

 自分磨きをするぐらいなら、誰かのために働く方が良くないですか? と言うのが、マリアの考えだ。

 とは言え、冒険者の仕事も時々行うため、迷惑をかけない程度には魔法の修行を行っている。


 繁華街を歩いていると、よく声を掛けられる事がある。

 マリア自身、昔から色んな人間の厄介事に首を突っ込んで来たため、ちょっとした有名人であり、人気者である。


 今日の1つ目の目的地はお菓子屋だ。

 昨日は中々の報酬だった。教会に納めてもまだかなりの金額が残っている。そのため何も考えずに買い込んだら、両手でパンパンに膨らんだ袋を持つ羽目になった。


「マリアちゃん、そんなに買って大丈夫かい? 一人では持って帰れないだろ?」

「大丈夫ですよぉ。私、こう見えてちゃんと鍛えてますから」


 心配してくれる店員さんの前で、マリアは拳を上げ、細腕で自分の力を誇示した。お菓子屋のおばさんは口を手で押さえ、不安しか芽生えない。


 しかし、彼女には自信があった。私なら大丈夫だ、と言う謎の確信が。

 持って直ぐは、何とかいけるだろうと思った。

 店を出たぐらいで、これはヤバいのでは? と不安になる。

 その数分後には指と腕が痛くなり、断念した。

 道の隅っこに袋を置き、壁により掛かる。


 体を鍛えよう。マリアはそう決心したが、3日も続けばいいほうだ。


 見知らぬ男性から、手伝いを申し出てくれたのが何回かあったが、大丈夫ですよ、と笑顔で断った。


 マリアは何となく姫様の言葉を思い出し、城の方に視線を向け顔を上げた。一際高い塔がある。あそこの最上階からなら、この街を見渡すことも出来るだろう。


 もしもこんな所を見られたなら、また無様だと思われそうだなぁと、マリアは思った。


 街中ではあまり魔法を使いたくない。人のためならともかく、自分のためなんかに。

 

 溜息を吐く。どーしたものかと考えていると、また男の人と目が合った。顔に見覚えはない。会釈しようかと思った瞬間、袋が勝手に宙を舞い、マリアが次に目指す目的地へ、フヨフヨと飛んでいく。

 目が合った男性には軽く頭を下げ、一人でに浮かぶ物体を追いかける。意外と速く、駆け足でないと追いてかれそうだ。


 街の人の視線が気になるが、とりあえず笑顔で切り抜けるしかないなぁと、マリアは考えた。


 相変わらず、袋はマリアの目的地に向かっている。

 人の居ない路地裏に入ったタイミングで、彼女は口を開いた。


「もしかして、姫様です?」


 返事がない。飛んで行く袋を見ながら、マリアは気長に待った。

 嫌な時間ではない。懐かしさを感じる、そんな不思議な感覚。


「······違います。別の人間です」


 返事は袋の上から返ってくる。

 姿は何も見えないが、先程から気配は感じていた。

 これは姫様の声だなぁと思ったが、マリアは指摘しないことにした。


「誰かは分かりませんが、ありがとうございます」


 マリアの足音だけが空へと響く。

 

「······あなたは本当に馬鹿ですね。自分で持てない量の買い物をしてどーするのですか?」

「持てると思ってたんですよぉ、店を出るまではですが」

「それは早すぎますね」

「なので、私は決心したんです。今日から鍛えますよー」


 マリアは拳を作り、へなちょこの素振りを何回か繰り返す。


「······このお菓子、児童養護施設までですか?」


 マリアは頷いた後、何故知っているのかと思ったが、深く考えないことにした。


「もしかして、そこまで持って行ってくれるんです?」

「仕方がないでしょう」


 マリアは自分のことを人に任せるのが、あまり好きではない。押し付けた感じがするからだ。

 だけど今は、特に気にならなかった。


「反省してください」


 いきなりそんなことを言われても、何のことを言っているのか見当もつかない。けれど、言葉に圧を感じたため、マリアは「分かりました」と反射的に返事をしてしまった。


「あなたが困っている時、声を掛けてきた男性は皆、下心を持っていました」


 そんなことはないだろうと思ったが、マリアは反論するのを止めた。


「私には人の感情が見えます。そんな気持ちを向けられるのは、あなたに隙が多いからです。だから、ちゃんとしてください」

「心配してくれてるんです?」


 再び、足音だけが響く。


「そんなことはありえません。あなた、馬鹿なんですか?」

「すみません」


 マリアは素直に謝罪した。


「私を不愉快にさせないでください。言いたいのは、それだけです」


 長い路地裏を抜けると、児童養護施設が見える。

 街の端っこにあり、お世辞にも綺麗な建物ではない。

 袋が2つ、静かに地面に置かれた。

 その時、マリアは急な既視感に襲われ、胸が苦しくなる。


 しばらく、マリアは何も言えずに立ち尽くした。


 そこにいないはずの誰かを、マリアは見つめる。


「······本当にありがとうございます。今度は何か、私にお礼をさせてください」


 しばらく、沈黙が続く。

 

「結構です」


 その言葉を最後に、気配が遠ざかるのを感じた。

 


 

 ◇◇◇

 

 


 私は、記憶を遡ります。

 

 困ったとき、気づいたら誰かが助けてくれていました。

 誰かも分からない誰か。

 ここへきて、まだ間もない頃のお話です。


 昔は強がって、一人でこっそり泣いていましたねぇ。

 本当、恥ずかしい限りですよぉ。

 まだ上手に、心を空っぽにできない、そんな駄目な私だったんです。

 過去の私に出会えば、きっと叱ってしまうことでしょう。

 でも、そんなどうしようもない私の傍に――誰かがいてくれた気がしたんです。

 そこに誰もいないはずなのに。


 分かっています。

 それは、私の勘違い。

 でも、誰かいた気がしたんです。

 誰かが、傍にいてくれる。

 友達だと言ってくれる人はいたんです。

 だけど、私は勝手に独りぼっちだと感じていました。

 空元気にもなれない、私の滑稽な姿は、今の私が見たら大笑いすること間違いなしです。

 慣れない敬語に、四苦八苦する私はきっと哀れだったでしょう。

 それでも、誰かいてくれた気がしたんです。

 そんな無様な私の傍に。


 誰かは、気味悪がるかもしれない――そんな話。

 だって、そこに誰もいない――何も見えないその場所に、誰かがいると感じたんですから。


 でも、私は救われました。

 だから、私は無意識に君を求めていたのかもしれません。

 そんな、空想。

 それは、本当に私の勘違い?

 でも、たまにはいいんじゃないですかねぇ?

 

 たまには夢を見たいものです。

 

 なんの不安もなく泥だらけで遊んでた、あの頃みたいに――私は夢を見続けたいのですから。

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