第5話 とある酒場でのお話
念話が届く距離まで戻ったタイミングで、マリアは聖女に状況の説明をし、ソフィーが戻ってきたかの確認をお願いした。予想通り、聖女は王宮に滞在していたため、返答はそれほど待たされなかった。
「あんた、本当に凄いわね。念話? そんなの初めて聞いたわよ」
「私、変な魔法は得意です」
誰かに教わった訳ではない。マリアは必要だと思った事を魔法で表現出来ないか思考錯誤し、自分だけの魔法を作り上げる事が出来る。それは、聖女にも出来ない事だ。
自分の目に金色の光が灯る時、不思議な万能感に包まれ、力を閉じた時には不思議な浮遊感とともに吐き気に襲われる。それはマリアにとって不愉快な感情を植え付ける。
魔法は自分の為でなく人のために使いなさい、それは聖女の教えであり、マリアの指標となった。
「それにしても、聖女様にわざわざ確認へ行かせられるのなんて、マリアちゃんぐらいだよ」
「陰の実力者ってやつね」
「止めてください。普段は私、めちゃくちゃこき使われてるんですよ? たまにはいいじゃないですかぁ。っていうか、この話はもともと聖女様が絡んでいますから、私が少し確認のお願いぐらい普通ですよ、普通」
「でもまあ、あの姫様には驚かされたわね」
「何かあったの?」
クラーラは不思議そうな顔をする。
「クラーラは、あの姫様が会話らしい会話をしている所を見たことがあるかしら?」
「え? そんなのある訳ないよ〜」
「でもあのお姫様、マリアとはちゃんと会話が続いたのよ。まあ、内容はヘンテコだったけどもね」
クラーラはイレーネの腕を掴むと、マリアに抗議の目を向ける。
「やっぱり、マリアちゃんは人たらしだ。イレーネさんは必ず私が守るから」
「そんな心配は必要ないですから!」
――――――
馬車を返却し、王都のギルドに着いたときにはもう16時が過ぎ、依頼の確認に更に1時間が掛かった。
失敗だ、と言われる覚悟もしていたが、聖女の口利きもあり、仕事は無事達成したことになった。
王国からの緊急依頼だったためか、普段の倍以上の報酬にイレーネはホクホク顔になっている。
「これはあれね、宴会にするわよ」
「悪いが、俺は遠慮する」
「こんな時ぐらい付き合いなさいよ。何なら、エマとカエデも連れて来ればいい。私が奢ってあげるわよ?」
「いらん。もう既に晩の準備をしているはずだ。エマが急な予定変更を嫌いなことぐらい、お前もよく知っているだろう?」
「まあね。だけど本当、尻に敷かれているわね。昔からその傾向はあったけど」
「別に、そんなことはない」
バルカスは軽く手を上げると、さっさとギルドから出て行った。
「マリアは参加するわよね?」
「別にいいですよ? 因みに、奢ってくれるんですか?」
「当たり前じゃない。今回の任務達成はあんたのおかげなんだから」
「ではでは、遠慮なくー」
「クラーラも来るでしょ?」
「うん、当然だよ」
「当然なんですか?」
「……だって、マリアちゃん美人さんだから。イレーネさんと2人っきりは、ちょっと何か、怖くて」
クラーラは俯き加減に口を尖らせて、ゴニョゴニョと言葉を吐く。
イレーネはクラーラを正面から抱きしめる。
「まだ私はあなたを不安にさせているのね。なら、今夜は寝かせないわよ。たっぷりと、愛してあげる」
イレーネはクラーラの耳元に息を吹きかける。
「お、お願いします」
クラーラは茹でダコの様な顔で、昇天しかけている。
これは助けるべきか? マリアはどーするべきか悩んだが、クラーラの幸せそうな顔を見て止めた。
このまま本当に昇天したとしても、彼女なら一切の後悔もないだろう。それぐらい、素晴らしい笑顔をしていた。
――――――
ギルドの隣にある酒場へ向かうのが、いつもの流れとなっている。
安くて、美味い。がこの店のモットーである。
マリアは朝から何も食べていないため、ひたすら腹に肉を詰め込んだ。
お酒は15歳から大丈夫だが、マリアはソフトドリンクしか飲まない。
クラーラもお酒よりソフトドリンク派だが、イレーネに付き合って、2時間もしない内に机の上で眠りにつくこととなった。
「今夜は寝かさないんじゃなかったんですか?」
クラーラが酒を飲み始めた段階で、こうなるのは簡単に予想できた話だ。
この後はイレーネがクラーラを担いで宿に戻り、朝まで起きないだろう。
「明日の朝、泣きながら謝るクラーラを虐めるのも楽しいじゃない? 明日は予定ないし、夜までたっぷりとね」
「本当、最低ですよ」
マリアはクラーラの寝顔を眺める。
「クラーラさん、凄いですよね。貴族の出身で、勘当されてでも、冒険者の道を選んだんですから」
「そうね、この子は凄いのよ。私なんかよりもね」
イレーネはクラーラの髪を撫で、優しげに微笑む。
「クラーラさんが、冒険者の道に進むきっかけはイレーネさんだって言ってましたよ」
「まあ、そうなんでしょうね」
「何があったんです?」
「8年前ぐらいに、仕事であの子をしばらく護衛したことがあるのよ。命が狙われてたから」
「何か、物騒な話ですねぇ」
「まあ、お貴族様は色々あるんでしょう? とにかく、父親が悪いのよ、父親が」
「父親が悪いことをして、誰かに恨みを抱かれ、家族がその対象になったってことです?」
「ざっくり言うとそんな所。そうやって色々あって、クラーラを助けて、懐かれたって話よ」
「何か色々端折られましたねぇ」
「別にそれでいいのよ。楽しい話でもないしね」
「それからずっと、クラーラさんはイレーネさんを慕っているってことですよね」
「そう言うことになるわね。初めはまあ、全然ガキだったし、全く相手にしてなかったんだけど」
イレーネはグラスをしばらく揺らした後、酒を一口飲んだ。
「私自身、あそこまで好意を向けられ続けたのは初めてだったからね、まあ、情が湧いちゃったのよ」
「クラーラさんは、素敵な人ですから」
「そうね、私には勿体ないぐらいよ」
イレーネは酒を飲み干し、椅子に寄りかかった。
「この子は本当に、幸せなのかしらね」
その声は小さく、マリアの耳には届かなかった。
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