第4話 接触

 マリアはヘロヘロになった姿で現れ、ソフィーと目が合った。


 咄嗟のことで、思考が停止する。

 無自覚にだが、憧れている存在が目の前にいるのだから。

 

 しかし、すぐに推しの血塗れ姿に気付き、軽く動揺した。

 イレーネから話を聞いていたとはいえ、驚くことは驚く。こう見えて回復のスペシャリスト、姫様が怪我していないことは既に理解している。

 

「怪我はしていないみたいですが、大丈夫です?」


 ソフィーは珍獣を見る様な目を向ける。


「あ、あんまり見られると困るんですけど」


 マリアの顔が赤くなる。だって、姫様の顔面の美しさは異次元だ。だから、仕方ないとマリアは思う。


「あなた、マリアですね」

「え? 私のこと、知ってるんです?」

「黒髪黒目の修道女なんて、あなたぐらいでしょう? お城で、あなたの悪口はよく聞きますから」

「あぁー、やっぱり嫌われてましたかぁ。分かってはいたんですよねぇ。分かってはいたんですけど、やっぱり悲しいですねぇ」


 マリアは顎をさすりながら、言葉とは裏腹に悲しんだ風はない。

 ソフィーの顔が少し引きつった。


「聖女様も、あなたのことはよく仰っていましたよ。能天気なあなたの話は、私を不愉快にしてくれましたけれど」

「そ、それは多分、色々と脚色されているかと思いますので、あまり参考にはならないかと。もしよろしければ、弁解のチャンスを頂ければ嬉しいのですが」

「あなたに弁解のチャンスなんかありませんよ。私の目は魔法で何処までも遠く見えます。だから、屋上であなたの滑稽な姿をよく見ていましたから」


 それって、ただの覗きでは? 後ろの2人はそう思ったが、口には出来なかった。


「人に尻尾を振り、ご機嫌取りをするあなた、困った人を見つけてはお節介を焼くあなたの姿も、私には無様にしか見えません」

「そんな人、他にも一杯いると思いますけど?」

「他の人なんか知りませんよ、私はあなたしか知りませんから」

「何でです?」

「え?」

「何で私だけを知ろうとしてくれたんです?」

「何故?」


 ソフィーは額に手を当てる。


「何故って······聖女様があなたのことを話しますから」

「聖女様は私のことしか話さないんですかね?」

「そんなことは······ありませんけれど」

「じゃあ、何でです?」


 ソフィーは言葉につまる。そんなの、考えたこともない。

 確かに、聖女はマリアのことをよく話してはいたが、他の聖女候補や、身の回りの人間の話も語ってきた。だけど、ソフィーが思い出すのはマリアの事だけだ。


 マリアは姫様のことを理解しようとしばらく唸った後、1つの見解に導かれる。


「もしかして姫様、私のこと、好きなんですか?」

「は?」


 ソフィーは目をまんまるくする。


「あぁ、そうか、なるほどぉ」


 マリアはいつも彼女のことが気になっていた。一目見たくて、よくお城の方を眺めたり、パレードや凱旋時には必ず姫様の後を追いかけた。


「もしかしたら私も、姫様のことが好きなのかも知れませんねぇ」


 正直、まだ実感はない。好きにも色々あるが、流石に恋ではないのだろう、とマリアは考えた。

 女性と女性が付き合うことは、普通ではない事ぐらい分かっている。イレーネとクラーラで、その認識が少し薄らいだが。


 ソフィーの表情が崩れる。

 

「不愉快です」

 

 その声に人間味が混じった。


 ソフィーは歩き出し、マリアを追い越す。


「姫様、どちらへ行かれるんです?」

「付いてこないで下さい、一人で帰ります」

「外に馬車を用意させてますよ」

「あなたとは絶対、一緒に帰りません」

「それじゃあ最後のお願いです。その血を魔法で浄化させてください」

「必要ありません」


 マリアは走って、姫様の前に立ち塞がる。

 ソフィーは押し退けようとはせず、足を止めた。


「私がしつこいって知ってます? 一生付き纏っちゃいますよぉ」


 この姿をあまり人の目に触れさせたくないと、マリアは思った。

 

 ソフィーはため息を吐く。


「早くしてください」

「え?」

「さっさとして下さい」

「では、目を閉じて貰ってもいいですかね?」

「ふざけないでください。絶対に嫌です」

「分かりました。私が魔法使う時、目が変になりますが、気にしないでくださいね」


 マリアは信心用具を握り、詠唱する。


「彼の者の体につきし呪いを、浄化せよ」


 ソフィーの体についた血が綺麗に消えていく。

 彼女はマリアの目に灯る黄金の光を、美しいと思った。


「姫様、終わりましたよ」

「そう·····」

「やっぱり、姫様は美しいですねぇ」


 水色のドレスも、黒いタイツも、彼女の美しさを際立たせていると、マリアは思う。


 ソフィーの眉が吊り上がって行く。彼女は無言で空に浮かび、マリアを見下ろした。


「勘違いしないでください。私はあなたの事が大嫌いです」


 そう言い残し、ソフィーは一人で城に帰った。


 マリアはしばらく空を眺めていると、イレーネに声を掛けられる。

 

「本当、最後までひやひやしたわよ。笑いをこらえるので精一杯だったわね」

「え? 何か笑える場面なんかありましたっけ?」


 マリアは首を傾げる。

 

「たくさんよ、たくさん」


 イレーネはマリアの頭を撫でる。


「まさか魔法で血を消せるとはな」

「魔物の体は霧状に消えますが、血はこの世に残り続けます。それはある意味呪いですよね? だから、魔法で浄化できますよ」

「そんな話は聞いたことなかったが、なるほどな」

「でも、送り迎えはできなかったですけど、大丈夫ですかね?」

「まあ、しょうがないだろ。姫様の無事は確認できた。最低限の仕事は出来たさ」

「まぁ、もともと姫様を送り迎えるできるとは思っていないわよ。私たちも、そしてもちろん、向こうもね」

「何でです?」

「あのお姫様が、人の言うことを素直に聞くわけないじゃないの。前も言ったけど、この仕事はただの建前よ」


 イレーネ言葉は、マリアを少しだけ不愉快にさせた。

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