第3話 精霊の子

 目的の場所に着くと、クラーラは馬車で待機することになった。


「クラーラ、初めてのお留守番、大丈夫かしら?」

「なんかその言い方嫌だよ~。イレーネさん、知ってるよね? 私はちゃんと役に立つよ。そこそこ強いんだから」

「ちゃんと知ってるわよ。信じてなかったら、愛する女を一人になんてさせないわよ」


 イレーネは笑って、クラーラの頭を撫でる。

 クラーラは感激のあまり、目をうるうるとさせる。


「それでも、誰にだってどーしようもないことが起きるものよ。そしたら、さっさと逃げなさい。馬車なんかより、あんたの方が大事なんだから。それは、私だけじゃない。バルカスも、マリアもそうよ」


 クラーラは何度も頷く。イレーネは微笑むと、クラーラに口づけをする。


「行ってくるわね、クラーラ」

「はい······」


 放心したクラーラを置いて、マリア達3人は森の中に入った。

 先頭にバルカス、次にマリア、イレーネの順で。


「因みに姫様、まだ居ますかね? むしろまだ来ていない可能性もありますかねぇ」


 しばらく歩いた後、マリアはイレーネに質問をした。

 

「来ていると思うし、まだ居ると思うわよ? まあ、ただの勘だけど。姫様、敵はゆっくりと痛めつけてから殺すし、全部倒した後も、しばらく離れようとしないしね」

「なるほど、因みにこの森の広さはどれぐらいです?」

「大体、1万ヘクタールぐらいかしら」

「なるほど、ちょっと止まって貰っていいですか?」


 3人は足を止める。


「マリア、何をするつもりだ?」

「バルカスさん、今から魔法でこの森全体を索敵します。周りに魔物の気配がしませんし」

「あんた、そんなことも出来るの?」

「人か魔物かの判別しか出来ませんけどね」

「いや、それで充分でしょ。ってか、あんたも本当に規格外ね。でもさ、別に森に入る前でも良かったんじゃない? 一応ここ、魔物のテリトリーの中よ」


 マリアの顔はほんのりと赤くなる。


「私だって本当は、森に入る前と考えてましたけど、誰かさんのせいであの場に居づらくなったんですよ。反省してください、マジで」

「何恥ずかしがってるの? あんた、本当に可愛いわね!」

「イレーネ、今は流石に場を弁えろ」


 興奮した仲間を、バルカスは叱責する。


「悪かったわよ」


 イレーネは素直に謝り、バルカスは頷く。


「すまんな、マリア。始めてくれ。どれぐらいの時間がかかるか分からないが、その間は俺達2人で周囲の警戒に当たる」

「ありがとうございます、バルカスさん。数分もかからないとは思いますが」

「ああ、頼む」


 女神の信心用具のブレスレットをポケットから取り出す。両手で握り、目を閉じた。


「女神よ、我に全てを見通す力を授け給え」


 マリアの両手が光、風が起きる。髪と、服が揺れ、彼女はゆっくりと目を開く。瞳孔が金色に輝くと共に、光が高速で広がる。数十秒で森全体がドーム状の結界に包まれた。


「こ、これは、凄いな」


 バルカスは珍しく、感激の息を吐く。


「感知、しました」


 マリアの目は金色に輝き、いつもの笑みはなく、声に抑揚がなくなる。2人はまるで女神を前にしたような、そんな緊張感に襲われる。

 彼女が魔法を使うたび、2人は別人格のマリアと会っている気がする。1年の付き合いがあり、何度も共闘した経験があるが、緊張が和らぐことはない。それでも悪い気はしない。心が高揚する。マリアと共に戦いたい。そう思わせる何かが今の彼女にはある。


「大体、5キロぐらい先になってます。魔物の気配はなく、動く気配がないため、大丈夫かと思いますが、飛んでいかれると面倒です。急ぎましょう」


 マリアは走り出す。2人は遅れて彼女の背中を追う。普段と違い、足が速い。速度に自身がある2人ですら付いて行くのがやっとである。

 


 ――――――



 相変わらず、王女ソフィーは動く気配がない。

 数百メートル先で、マリアは魔法を解くと、急に速度が落ち、2人にあっさりと追い越される。

 

「何で魔法を解いたの?」

「変に警戒されるのも、嫌ですからねぇ」


 確かにそれもあるが、マリアは魔法を使っている時の自分が嫌いだ。その姿をあまり姫様には見られたくない、そう思ったからだ。


「どっちだ?」


 少し走った先が分かれ道になっている。


「右です。曲がって直ぐに姫様、いますよー」


 マリアは既にバテバテである。

 魔法を解いて、まだ2百メートルしか走っていない。


「本当、普段のあんたは鈍臭いわね」

「ほっといてくらひゃいー」

「先に行かして貰うわよ」


 イレーネはマリアにウィンクをすると、速度を上げ、バルカスを追った。


 マリアの言う通り、右に曲がって直ぐにソフィーが立っている。開けた場所の真ん中で、空を見上げている。肩まで伸びた綺麗な銀色の髪も、驚くぐらい白い肌も、綺羅びやかな水色のドレスも、いつもと変わらず血に染まっている。


 辺り一面に広がる赤、バラバラになった部位が転がり、黒い霧が発生し消えかかっている。

 魔物は死んでしばらく放置されると、粒子状になり空へ還る。その先は誰にも分らない。そもそも魔物とは何か? 人間のように繁殖し、親から子へ引き継がれるものもなく、成長もしない。世界に溢れるマナの力で寝食することもなく、意思もなく、感情もなく動き続ける。先程まで何も生息していなかった場所で、最初からこの世界に既存していたかの様、そこに存在している。人の視点から見れば急に現れ、夢遊病の様にさ迷い、人を襲う。どこから現れ、どこへ消えていくのか、それは誰にも分からない。

 

 バルカスは魔物の部位を眺める。こんな華奢な体で、どうやってあのように剣を振り回すことができるのか、バルカスには理解が出来ない。

 精霊の子。――人間ではないと、そう言われれば納得がいく。


「姫様、お迎えに上がりました。お怪我はありませんか?」

 

 ソフィーは虚ろな目を声のする方へ向ける。

 バルカスは膝をつき、頭を下げる。

 イレーネは少し遅れて後に続くが、マリアの姿はまだ見えない。


「心配ありません。ところであなた、誰ですか?」

「幾度となく、姫様とは魔物討伐の折、ご一緒させていただいている冒険者の者で、バルカスと言います。後ろにいるのが――」

「別に構いません。こちらから尋ねておいてあれですが、正直、覚える気はありませんので」

「それは、失礼を」


 バルカスは特に気にしないが、イレーネはこめかみをピクピクとさせる。


「迎えなら結構です。正直、今日は気分が悪いので」

「姫様、そう言う訳には――」

「黙りなさい」


 バルカスは立ち上がりかけた足が止まる。

 虚ろな目。睨まれた訳でも、凄まれた訳でもない。ただ、抑揚のない、静かな口調で言われただけ。

 小刻みに震える膝を、彼は手で押さえ込む。

 

 剣を引きずり血の跡をつける様を見ながら、2人は何も言えなかった。

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