第1話 王国からの依頼

 マリアは冒険者ギルドの扉を開く。

 厳つい男達が彼女に視線を向け、静寂が訪れる。


 彼女の黒いシスター服は、ギルドの中では場違いに見えるのだが、日常の風景になりつつある。


 マリアは知り合いの冒険者に向かって、親指を向け、挨拶をした。

 歓声が起こり、単純なマリアとしては悪い気はしない。

 

 スカートは動きやすくゆったりとしたデザインで、膝丈までの黒いロングブーツはかなり頑丈な作りとなっている。

 

 マリアは、珍しい黒髪と黒目。腰まで伸びた髪は美しく、顔も整っている。

 美人だが、眉毛と目が下がり気味で、人に緊張感を与えにくい顔をしている。

 年齢は18、身長は158cmとそこまで高い訳ではないが、胸が大きく、スタイルもよいため、実際より高く見られがちだ。

 本人に自覚はないが、彼女は人の目を引く。長い時間ではないものの、騒がしかったギルドに静寂が訪れる程度には。


 いつもの受付のお姉さんに挨拶し、手続きを済ませると、後ろから声を掛けられる。


「マリア、すまんな。急な呼び出しとなってしまって」

「いえいえ、お気になさらずー」


 マリアは後ろの2人組みに向かって、サムズアップをする。

 2人は苦笑する。シスター服と相まって、清楚な美人には少々ミスマッチな仕草だ。

 マリアとの付き合いはそこそこ長いが、彼女の見た目と言動に違和感を感じる時がある。

 基本的には大人しいが、変な行動を起こす時があり、驚かされる事が度々ある。


 先ほど謝罪した者はリーダーで、名前はバルカス。年齢は32、身長は186cmで、ガタイもよい。無精髭の強面で、口数は少ないが優しく、面倒見の良い男である。


「話はギルドを出てからにするわよ」


 もう一人は副リーダーのイレーネ。年齢は28の女性で、身長は173cm。浅黒い肉体は良く鍛え上げられており、目立つ赤髪は上で適当に結ばれている。

 鎧はつけず、胸元が大きく開いた白シャツ、黒いズボンと、かなりラフな格好。

 見た目に無断着だが、美人であり、何よりグラマラスな肉体は男だけでなく、女も魅了する。


「エディさんとクラーラさんはどーしたんです?」


 マリアはギルドから出て直ぐに質問をした。

 時間はまだ午前中だが、街は喧騒に包まれている。


「クラーラには馬車の引取をお願いしているけど、エディは単独で別の仕事をしているから今回は不参加よ」


 バルカスのチームは全員で4人、ランクはAの高ランク冒険者パーティである。

 マリアは助っ人による参加であるため、メンバーではない。シスター服を着ているため分かり易いが、所属先は教会となる。


「マリアは何処まで話を聞いているのかしら?」

「北の森でオーガの巣を見つけたとだけ。確かに厄介な相手ですが、近くに村もないみたいですし、正直、緊急招集されるほどかなぁ、と考えてました」

「王女のソフィー様がね、部下も連れず勝手に飛び出したらしいのよ」

「まじですか?」

「ええ、大マジよ」

「国を思う、姫様の心を囃し立ててしまったのですかね?」

「まさか」


 イレーネは鼻で笑う。


「マリアは姫様と魔物討伐をしたことなかったっけ?」

「残念ながら、ないんですよねー」

「普段は無表情で大人しく、見た目は儚い印象なんだけど、噂通りよ」

「噂通り?」

「血塗れのバーサーカー」

「それは、聞いたことありますけど……」


 姫様には似つかわしくない呼び名の1つだと、マリアは考えている。

 

「魔物の血を浴びることになんの躊躇もなく、踊るように魔物を殺して行く。赤子の手を捻るようにね」

「それは、凄いですねぇ」

「私には笑いながら魔物を殺しているように見えて、正直、不気味よ」

「皆さんに、恐怖を与えないために、戦う時は笑顔を心掛けているのかも、ですよぉ」

「戦う時だけ笑顔って、それじゃあ逆に恐怖しか与えないわよ」

「それはまぁ、確かにそうですねぇ」


 マリアは納得して、頷いた。

 

「笑っているように見えるのはあくまで私がそう感じているだけで、実際は常に無表情よ。四肢切断は当たり前で、相手が死んでいようが剣を何度も突きつけ、腸をぶち撒ける姿は、慣れてない人間にはトラウマ級よ。しかもそれを表情変えずにやるものだから、むしろ笑ってくれてたほうが分かり易くて、まだマシね」


 マリアは想像し、少しだけ吐き気を感じた。


「でも、姫様は美しいですから」


 その美しさで、マリアは全てを許せてしまいそうだ。

 

「ええ、美しいわよ。誰よりも。美しすぎると、この世のものに見えなくなる時がある。それはある意味、呪いよ」


 マリアは、パレードや凱旋などでしか姫様を見たことがない。

 愛想がなく、一切笑わない。民に目を向けず、手を振り返すこともない。

 

 一般的な人気は少ないが、イレーネが言ったように、儚い印象で、特別な銀髪、銀眼の美少女。それはこの世に彼女一人だけしか存在しない特別な色だ。

 その神秘的な姿に熱狂的なファンが存在する。実はマリアもその内の一人だが、本人に自覚はない。

 ソフィーは年齢が16、身長は161cm。年相応に幼い顔立ち、身長も決して高くはない。それでも、大の大人に緊張間を与え、恐怖心を植え付けるだけの存在感がある。


 マリアは少し考え事をしていると、イレーネにずっと見られていることに気付いた。


「イレーネさん、どーしたんです?」


 マリアは首を傾げる。


「姫様は確かに美しいけど、私はあんたの顔のほうが好きよ、マリア。今夜、どうかしら?」


 マリアはイレーネに首筋を撫でられ、全力で後退る。


「け、結構です!」

「あら、残念ね」

「イレーネさんは、クラーラさんと付き合っているんですよね? 冗談でも止めてください」

「心外ね、私はいつも真剣よ」

「それは最低ですよ」

「大丈夫、バレなければいいのよ」

「本当に、最低ですねぇ」

「私は信じてる。バルカスとマリアの口の堅さを」

「私は言いますよ、クラーラさんのためにも言ってやりますよぉ」


 マリアは拳を作り、へろへろの素振りを行った後、何故かドヤ顔を決めた。

 

「大丈夫、マリアはヘタレだから。クラーラの顔を見たら何も言えなくなるわ。私はあんたのこと、信頼しているのよ」

「嫌な信頼のされ方ですねぇ」

「バルカス、あんたのことも信頼しているわよ」

「好きにしろ」


 バルカスは額に手を置き、ため息を吐く。彼も昔は小言を言ってきたが、今はもう諦めている。


「あんたはもう少し遊んだら? 32歳で老け込み過ぎよ。何のために冒険者やってんの?」

「自分の価値観を人に押しつけるな、イレーネ」


 バルカスはすでに結婚をしている。すでに3歳になった娘がいて、仕事が終わると直ぐに家に帰ってしまう。イレーネは少々不満に思っているが、バルカスの奥さんは昔、同じパーティの仲間である。時々はバルカスの後に続いて、彼の家で酒を飲むこともある。


 マリアはまた、物思いに耽る。


 姫様を初めて見たのは4年前。それ以来、彼女のことが頭から離れない。

 それは何故なのか、マリア自身よく分かっていない。


「そう言えば、姫様が出てどれぐらいなんです?」

「どれぐらいだろう? 少し前としか言えないわね」

「姫様も馬で向かったんですかね?」

「魔法で飛んでったみたいよ」


 魔法で飛ぶことが出来る人間は、ソフィー以外にはいない。先祖返りと呼ばれ、精霊の子と崇め奉られる、彼女1人だけの特権だ。

 

「なんか、とんでもない話ですね」

「ちょっと規格外なのよ、あの姫様は」

「ちなみに、馬で何時間の場所です?」

「軍用馬を使えば1時間ぐらいかしらね」

 

 マリアは少し、遠い目をした。

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