12 新たに


 高峰家ⅬDKリビング――テレビで、「今推し(ポーズして)特集コーナー。60番街タワービルのイベントが……」と報じている例の女子リポーターのコーナーをやっている。

 天井に今は消灯している照明器のカバーに集っているクロナノテントウが一匹。同じ目線で見える部屋の時計は、11時55分! から視線を可成り下げたソファで寛ぐ、深紅のガウン姿で無防備状態の高峰花楓。

「……今回のメインエントランスディスプレイは、端午の節句のこちら!」と、カメラ目線でドアップの女子リポーターが左手をテークバックすると、アングルがパーンして……吹き抜け天上から垂れ下がる七色のフキナガシと黒いマゴイや赤いヒゴイなどなどの巨大鯉幟が子供たち5匹も色とりどりに垂れ下がっている。カメラアングル引きで……その下には、戦国武将レプリカ甲冑が尾ヒレと市松模様的に7つ飾ってある。

「あの、真ん中の甲冑は、なんと本物ということで……北条家の家紋がそれを示しております」と、女子リポーターが。「まだまだお伝えしたいのですが、初回で勝手がわからず、そろそろお時間ということでして。御覧の皆さま、本日ゴールデンウィーク中でも是非、ここ60番街タワービルへお越しくださってみてね」と、かわいさアピールフリフリで、「間もなくお昼から映画鑑賞のお時間となります。この後も……(ピンポン! 玄関呼び鈴に打ち消されて)……チャンネルを御贔屓にねっ」とウィンクしてCⅯとなるテレビ。

「はあい?」と、アポの記憶もないことに首を傾げつつ……はだけたガウンの前を帯で綴じて廊下へと出て行く。「はいはい。どなた様。セールスや詐欺は御呼びではないですよ」

「あ! おはよう。奈菜未ママ」と柊木拓光の声がして、「これ、御裾分けです」

「あ! 明日よね、端午の節句。今、テレビでやっていたから今日かと。タックンママさんのお手製柏餅の餡子の捏ね具合が無二で絶品だわぁ」

「あ、有難う御座います。母に伝えておきます」

「上がってく? 娘ら、いないけど」

「ああ、いいえ。失礼します」「ん、そうぉ。あ、ママさんにご馳走様って」

 リビングに戻って来た花楓が、柏の葉っぱにくるまった柏餅3つが納まったタッパーをテーブルに置いて、ソファでまた寛ぐ。はじまった映画は、ドカーンと外国摩天楼街が爆弾で吹っ飛ぶパンチスタートのオープニングの『ダイなハードデカ3』。


 コンビニ店内――3つコンビニレジのうちの1カで、憧れ先輩の深山剣斗17歳が客対応している。天然カールの頭部左右に2本の角でも生えているかのように跳ね上がったブラウン系ヘアのイケメン男子の深山がバーコードスキャナーでピ、ピとやっている。

 大きいボトルのスポーツドリンクとジュースをすでに入れた買い物籠を持った夏未が、コーナーワゴン上の3個入り柏餅を、3パック、籠に入れる。

 500ミリペットボトルのブラックコーヒーが2つ入っている買い物籠を腕に通した奈菜未が、夏未の後ろから来て「3個入りかぁ。アタシも一つ買って行こ」と、柏餅パックを籠に入れる。クロナノテントウがその頭部の青蝶バレッタに密かに集っている。

「夏未んち恒例の端午の節句イブの3時のおやつは家族パーティ用かな?」と、奈菜未。

「ん。でも、今日はもう一つイベントあるしね、奈菜未には」と、夏未。

「え? ゴールデンウィークで今日は4日……だしぃ?」と、傾げる奈菜未。

「ほおらぁ。逆ナン普通時代だよ」と、レジを指差す夏未。

「あ! キャッ。え? まさかの……」と、奈菜未。

「誘っちゃいなよ、シフト終りにお茶しませんかってね、奈菜未」と、夏未。

「あ! 姉さんが行ってるんだ、今。一回も行ってないって。大学の友達と」

「この前行った、60番街タワービルのあのお洒落カフェ行ったら、ちょっとしたデートだよ、奈菜未」と、夏未。

「あ! これ」と、財布からレシート下の『6本買ったら1本サービス券』を出して、「書くものある?」と、奈菜未がウエストポーチからさっと出したボールペンを借りて、ドリンクコーナーの縦ガラスを下敷きに「お話したいな。バイト終わりに」と、書いて、ペンとそのレシートを奈菜未に渡す夏未。

「なんか、ハズいしぃ」と、言いつつもレシートも受け取る奈菜未。

「交換する際に後ろを見せて、奈菜未」

「……でもぉ、失敗したら、場違いシチュエーションだし。ナンパ的に」

「うんなこと言ってるからいつまでたっても、気持ちもやもやなのよ、奈菜未は」

 なんだかんだ言いつつも……買い物の必然的にレジ待ち床案内の列に並んでいた奈菜未と夏未……目標レジは出入口からは一番奥の向かって左! 次かな? と思ったら、済んだはずのオッサン客が、「あ、タバコ。ええ……202番のやつ」と、戻る。その際に真ん中のレジが空き、「私先でいい? 重くって」と、大きめボトルの入った籠を持ち上げてアピールして、真ん中のレジに行く夏未。

 オッサン客がどいたのと同時に、向かって右のレジもほぼ同時に空いたのだが。気持ちは目標レジに行っていた心理上のことからも自然と奈菜未の足が目標レジ前と歩む……。

「あ、いらっしゃい、高峰奈菜未さん」と、先の声掛けしてきた深山。

「あ、ん、ああ、いらっしゃいました、だし、です。ああ、その…先輩ぃ……」と、しどろもどろの奈菜未……。と、やらかしている間にも買い物籠のスキャンが済んで、精算状態になっている。コンビニ専用のキャッシュレス決済専用カードのスマホアプリをスキャンさせようとする奈菜未。に、女子テキ手が伸びてきて、「サービス券」と、見れば夏未。

「あ、ああ、そうそう」と、夏未にもらったサービス券を出して、「あ、ううん。少しお待ちください」と、後ろのおいてある引き換え用のドリンクを一本手にする深山。

「あと」と、まだ奈菜未が手にしているレシートサービス券の裏面を、向ける夏未。

「お話したいな。バイト終わりに」のメモ書きを目にした先輩が、「落書きはね」と胸のボールペンの突端の摩擦熱で文字を消す深山。

「本気ですよ、奈菜未は。深山先輩」と、弁護する夏未。

「ん。そうじゃなくて。これ、交換するから取っておくんだ。店長とかに見られたくないだろ、メモ」と、奈菜未が持参していたマイバッグを受けて、商品を入れる深山……。

 面食らって舞い上がっている奈菜未と、余計なことを言ってしまった感の夏未が、手を振って出入口に向きを変えると。「12時5分ごろ、そこの公園」と、小声で伝える深山。

 驚き、振り返り深山を見て、ようやく笑顔を浮かべた奈菜未に。「やったじゃない」と、体をバシバシと叩きまくりつつ……コンビニを出て行く夏未と、奈菜未。


 60番街タワービルのメインエントランス――フキナガシに、7つの鯉幟。その下に並んだ7つの甲冑を、蜂飾りのヘアゴムで結った決めポニーテールの高峰優理華が女友達と眺めている。よくみりゃぁ、蜂飾りに擬態中のクロナノテントウ。

「あら? 確か秀実って、甲冑推しオタクっていってたよね」の言葉に、斜めに頷く秀実。

「お! これ、本物だってよ」と、二人の前にしゃしゃり出てきた男子は、恰幅のいい全体的にもデカい遠山幹夫21歳だ。「お! あんた。高峰だよな」と、何か白々しい遠山。

「え? どうして? なんかきもぉい!」と、身震いする優理華。

「私、知ってる。確か、3年の剣道部特待生って、噂の」と、秀実。

 誇らしげにデカい胸板をさらに張る遠山。

「へえ……」と、優理華。

「入学資料のサークル案内に、剣道部アピールの集合写真の中にいたよ」と、秀実。

「……まあ、このデカさでは目につくよね」と、横を向く視界に知った顔を捕えて、ハッとする優理華。「栄君」

 人だかりの中に後輩男子の土屋栄太19歳がいて、「お早う御座います、先輩」と、にこやかに手を振る。今日も胸にアリンコ缶バッジ。

 手を振り返しつつ……「栄君も来てたの? 一人?」と、優理華。

「はい。連れと合わせるのも色々面倒なもんで」と、土屋。

「そう。じゃあ、無理には……」と、秀実を気にかけ振り向きかっげになった優理華。

「なあ、どこかでお茶しないか?」と、遠慮しらずに言い寄る遠山。

 土屋の出会いの間に、優理華の後ろで様子を見ていた秀実が、小首を傾げるも、頷く。

「どうして、あんたといくの?」と、振り返り見る目が睨んだかのようになってしまっている優理華。

「薄いが、この4人は知り合いだよな。親睦を深めてみようぜ。ここ3人は同門大学生なんだしな」と、遠山。

「どうして。まあいいか。どうせ、妹から聞いた展望カフェ行く気だったしね。それに」

「うん」と、どうにも取れそうな返事を口にする土屋。

「それにね! 4人だよ。同門」と、仏頂面から笑顔を取り戻した優理華が、土屋の腕をとって笑って先に行く。

 様子見中だった秀実も……優理華らの後を行く……。

 遠山の後ろ姿に前3人がすっぽりと隠れ歩むその先には……『60番街タワービル・展望エレベーター』乗降フロアの隠し待合所とその案内札が……。


 住宅街の公園の中――入口付近に立っている奈菜未と夏未。孝美もいて女子トーク中。

「奈菜未がついに、告るっていうから来た」と、話す孝美の後ろ。かるめジャケットにVネックシャツ、チノパン姿の深山剣斗が入ってくる……。公園の時計は、12時12分。

「あ! 先輩。深山、先輩」と、奈菜未が意識していた入口に深山の姿を見る。

「ごめん。遅れた」と、頭を掻く深山。

「この子が、お話あるって」と、奈菜未を深山に押し付ける孝美と、背を押す夏未。

 ……はにかみ……もじもじして、俯き加減だった顔を上げて、唾をそーっと飲み込んだ奈菜未がようやく口を開く。「ああ、あ……のぉ……先輩……」

「お昼休憩で、また2時からバイトなんだよ、奈菜未ちゃん」と、深山。

「え? 何時までですか? 先輩、バイト」と、孝美が問う。

「5時までで。明日も9時、5時で。お昼休憩2時間ぬけさ」と、深山。

「すごいっ」と、奈菜未。「働き者ぉ」と、続く奈菜未の心の声を披露する夏未。

「じゃあ」と、奈菜未。「でも、アフターファイブって、お暇ですか?」と、孝美。

「え? ああ、暇と言えば暇、かな?」と、深山。

「なら……」と、奈菜未。「今日の5時過ぎとかで」と、夏未。「デートしてください」と、孝美。チョコンと首を垂れる奈菜未を、追いお辞儀を両側から援護した手で、さらにその頭を下げさせる夏未と孝美。

「あはっ! 仲いいんだ。今も3人は」と、深山。

 下から覗き見る奈菜未の瞳……。

「うん。いいよ。デートしよ」と、即答OKの深山。

『有難う御座います!』と、夏未と孝美の揃って、またまた奈菜未の頭を追いお辞儀する。

 ようやく解放された頭を上げた奈菜未が……緊張を交えた笑みを何とか浮かべ……「では、せん、ぱい……」と、しどろもどろで……。

「あ、時間。そう?」と、流石に悩む深山に。

「駅に5時半。行きたいところは! 60番街タワービルの展望カフェです!」と、緊張マックス状態から異様な強気仕草になってしまっている奈菜未。

「うん。OKぇ! そのプランで行こッ! ただし」と、深山。

「ただし……?」と、復唱する奈菜未。

「今日は、夏未さんと孝美さんも来て」と、深山。

「え? どうしてです」と、夏未。

「先輩。奈菜未とデート」と、孝美。

 2人が一抹の疑問を代弁して投げかけてくれた問いの答えを待つ奈菜未。

「それはね、それは……内緒」と、奈菜未らを見たまま公園入口へと歩き出す深山……。

 薄ら笑顔で見送る奈菜未ら3人女子。

「駅の6時。行くよ。楽しみ。自炊だから、時間なくて。ごめん」と、手を振って、ターンして、公園を出て行く深山剣斗……。

「へえ……は―――――ぁ!」と、力尽きて地面に腰を抜かすように膝折状態で女座りに崩れる奈菜未。青蝶バレッタから飛ぶクロナノテントウが、頭上でホバリングする。


 高峰家・地下隠れアジト――景山と零華が、相も変わらずの三方分割中のモニター監視中……。12時30分。高峰家リビングソファで転寝中の花楓の映像をアップにする零華。

「我が君ぃ……巷に籍無しって、罪よね」と今度は公園で腰砕けの奈菜未のアップ映像。

「今のところ、追跡異常なしだ」別途PC画面に、『NO‐PROGRAM』のデカ文字。

「高峰家の口座に……建前元旦那死亡保険金分割払い金、500万移動したよ」

「おお。サンキュー。零華。田舎の橋の下に捨てた、どこぞやの生みの親が一番悪いんだ。が、本音だぜ」今度は、展望エレベーターにその他3人と乗る優理華の、監視映像となる。

 微笑みあう望月零華と、景山数希。


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