8 抹殺すべく


 高峰家ⅬDKフロア――柊木拓光と高峰優理華と高峰花楓の話が続いている……。クロナノテントウが2匹集っている照明カバーから少し視線を下した壁の掛け時計が、11時30分。

「……何か体に異変が……」と、柊木拓光が話題を戻す。

「どうして? うち? まずはお医者に……」と、優理華。

「奈菜未ママの創作脳の方が、核心に迫るヒントをもらえるかなぁーって。アニメ激オタクの奈菜未でもと」と、拓光。

「でもぉ、あくまでも創造の域だし。ママも、奈菜未も専門家では……」と、優理華。

「ん。でも……」と、拓光が……包に入ってチョコバーを一つ持って、座ったまま放り投げ、右手を外から内へと振る。

 と! 宙に浮いていたチョコバーが、包ごと、刃物で切ったようにスパッと切れる。

『へッ!』と、同時に驚く優理華と花楓。

「ゆうべ、勉強をしていたら、何か楕円に光る小さな黄緑の物体が目の前に出現して、丁寧なお辞儀をしたかと思うと、胸に向かって飛んで……スーッと入り込んで。痛みも何もなく。そして何事もなく勉強をして。疲れて布団に入ったら、夢が、はっきり、今でも造形を頭の中でとどめているんですよ」と、拓光。

 ランランな眼(まなこ)を注いでいる花楓。対して優理華は疑いの眼差しを注ぎ続けている。

「そんな馬鹿な。このテクロノジー超ハイテク時代に。怪奇的現象なんて」と、優理華。

「でもぉ。この事実は……どう?」と、立って、もう一本真っ二つに切って見せる拓光。

「それって、マジック? 何か仕込んで、披露しに来たのね、タックン」と、優理華。

「やっぱ、信じられないよね、ゆりっち姉さん。だから、医者なんて行っても」

「まあ、すべての物事を解明したわけではないわよ、人類が。宇宙の果ては? と聞かれたらなんと解く? 地核まで行ってマントルや核をライブ撮りする術はある? 人の中身のことだって、まだまだでしょ。DNAすら、どうしてその一部しか生物は使っていないのかとかも、まだまだ沢山あるわよ、摩訶不思議ごとって」と、花楓。

「……」と、たまの花楓熱弁ぶりにフリーズ状態に陥(おちい)るしかない優理華。

「流石は、有数名うてのアニメディレクター。創造性が広大で話しやすい」と、座ってカットしてしまったチョコバーを食べる柊木拓光。それぞれの眼差しを注ぐ……高峰親子。


 60番街タワービル――メインエントランスは多くのお客で今もごった返している……中に、『快傑キャノンガール・アニメフェス』の看板に、『整理券配布完了』の貼り札。


 同・上階イベント会場――『快傑キャノンガール・フェス会場』の看板掲示フロアの出入口を出入りするアニメオタクたち……うち3分の1の女子が、快傑キャノンガール主キャラコスプレを個人差は有れどしている。ブースで整理券を出してチケットを買う高峰奈菜未。夏未が「いいの?」。孝美が「3人OKかぁ」と。入る夏未と孝美と奈菜未。


 同・換気ダクト内――網目から覗き込む景山数希。下は、オジサン系オバサン系も中にはいるアニメ推しオタクらがごった返す……『快傑キャノンガール・フェス会場』。

(お! 最近のアニメは絵の質感がよりリアルだぜ。それも俺様推しの……)と、出そうになった涎を拭う景山。(お!)と、下に零華を見つけて、安堵して這って行く。


 同・会場フロアの中――ところどころにポールがたっている順路仕切りテープの通路をオタクの人込みに塗れて歩く奈菜未と、夏未、孝美……少し拓けたスペースに設けているステージで、『快傑キャノンガール』ショートショーがはじまる。おかれている椅子は50席。前列の端3つが空いている。そこへ奈菜未が座って、夏美も孝美も奈菜未を挟んだお決まりポジショニングに納まりよく座る。

「キャノぉーン、フラぁーッシュ!」のお決まり台詞が轟いて……ステージサイドの仕掛けからバンという音とともに煙と紙吹雪が舞って、ドライアイスの煙が止むと、キャノンガール扮する女子が颯爽と登壇する……「さぁ。今日もアタシを造ってしまった組織をブッツブすため、戦うわよ!」と、これまたお決まり台詞を言って、ウィンクするキャスト。

 ステージ照明が落ちて暗がりになって、瞬く間に明かりを点(とも)すステージに、本日やられ役悪党キャラが手下と共に登場し……「あんた、うちの組織で改造されないか?」と、観客の一人一人に武器の先端を向ける。手を振って苦笑いする女子客らに、「そうか。あんまりアドリブ弱しだな。ま、一般の客人なら仕方ない。で、うちの組織で今のまま不老不死を得たい奴はいるか? 挙手!」と、自ら手を挙げて成り手を探す悪党やられキャラ。

「はぁい!」と勢いよく挙手した、臍だしクビレ加減までもがオリジナル完コピの女子。

「まぁー完コピコスしているなぁ、おまえ! しかもこのクビレ感に、コスプレ衣装の質感は……(少し触って)おお、シルクッぽいテロン生地使用か! ここまで寄せていると、もう改造後と言うか……サイボーグ化アフターにも思えるが。まあいい。ストーリーを進行せねばならんのでな。では、コイ!」と、首根っこをアイアンロックして、照明が落ちて、ステージ袖へと行く段取りが、「う!」と悪党キャラの呻きがして、次のステージのための舞台になってはいるが、蹲っている悪党キャラ役の女子……。

 客席で見ていた奈菜未ら3人女子も含め、ステージを見る者らが、はじめは演出を疑わなかったが、袖のスタッフが「あのぉ、ダンナンさん……引っ込んでぇ」と声を潜めて手を口元に添えて呼ぶ。が、よく見れば腹を抑えていて脂汗を搔いている……。

「あれって」と、奈菜未が指差し言う。「演技」と、夏未。「じゃないよね」と、孝美。

 男子スタッフが二人来て……上と下を抱えて移動させるも、悪役のキャラ役につきなかなかの巨漢で、尻が床を擦りそう……。

『ああっはははははははは……』と、その滑稽具合に客の笑い声が上がる中。奈菜未一人が真剣な眼差しを注いている。夏未も、孝美も、笑ってはいるが口を開いてはいない。

 スタッフに塗れていた望月零華が、客に隠れてステージ陰に潜んで輝く。

 完コピ快傑キャノンガールコスプレ女子が、「こんなしょうもないことに、私らの巣が奪われたのか!」と、翼テキ輝きを伴った両腕を大きく広げて前後に振りだす……と、そよ風からの、突風……やがて、小台風の強風となって……会場中が滅茶苦茶になる。


 高峰家ⅬDKフロア――リビングで優理華と花楓と、柊木拓光が話している。スパッと半分に切れているチョコバーの包をテーブルに置く拓光。

 刃物で切ったかのような包を、まずは花楓が手に取って見る。続いて優理華も見る。

「これって、タックン。手、見せて」と優理華が拓光の右手を取って……まじまじと見る。

 少し照れたような仕草も覗かせてはいる拓光。花楓が左手を掴んで見る。

「普通に人間の手よね」と、優理華。

「ううん……? さっきタックンが言っていた、その楕円の光が、何か……」と、花楓。

「でも、それって、勉強疲れ状態で、転寝でもして、夢でも見たんじゃ?」と、優理華。

 両手を取られて……擦られたりもしている拓光が、二人の見解を待っている。

「仕込まれてもいなそうよ。手品の仕掛けとかは」と、花楓。

「ううん……そうねぇ」と、不思議がる優理華。

「で、タックン」「はい?」「そのはっきりしている夢? 話せるかな」と、花楓。

 コクリと頷いた柊木拓光が上を向いて思い出す。「ううん……」


 60番街タワービル上階イベント会場――『快傑キャノンガール・フェス会場』の滅茶苦茶になってしまっているフロアで、鳥の翼の如く光り輝いた両腕を振るコスプレ女子を、睨んでいる高峰奈菜未。

「ねえ、奈菜未」と、夏未が奈菜未のアウターを引く。

「あんたねぇ」と、夏未を無視したかのように、真剣な眼差しを注いでいる奈菜未。

「絶対あり得ないって」と、孝美も夏未の援護をする。

「何者? 完コピ女子さんって」と、奈菜未。

「どうした? 奈菜未」と、孝美。

「何か、完全キャラ反転してない? 奈菜未」と、夏未。

「……」と、ようやく夏未らの声が届いたかのように目だけ向ける奈菜未。「分かんない?」

 と、言ったそばから……「おい! あんた、正体を言いな! もしかして、この嬢ちゃんと同様のことになっていたりして……」と、何時にない口調の奈菜未も顔を覗かせる。

「どうした、ほんと、奈菜未ぃ」と、夏未。傍らで孝美も心配顔が露になっている……。

「わかんないよぉ!」と、頭を抱えて縮こまる奈菜未自身の意に反し……別の何かが対象の相手に向かおうとこの言動を凄ませ、夏未と孝美の手から離脱して立ち上がる!

「なんなの? もぉ! アタシが聞きたいって。アタシ自身にね」と、パニック状態の奈菜未。そんな奈菜未を見ている夏未と孝美が、くっつきあって、でも、心配で手を伸ばしたりとしてもいる……。

「ごめんね、嬢ちゃん。少しこの場を預けてねッ」と内なる声がして、立ったまま奈菜未の意識を刈って、体を則るそれは、ベターハーフのフェアリー、キューミンの意!

「おい、あんた、その感じはバード系だね」と、奈菜未の口を突いて出る。

「もぉ、何言ってるのよォ」と、素知らぬ一面に緊張した孝美が夏未と抱き合って申す。

 会場中は滅茶苦茶だが……囲われた壁自体は無傷状態のコーナーフロア内だ。

「あなたも、何かの……。まあいいわよ。どうして? 滅亡がパラレル界の目的でしょ」

「だからってぇ。無差別もどうかと。インセクト系は……」と言いつつも構える奈菜未。


 高峰家ⅬDKフロア――リビングで優理華と花楓と、柊木拓光が話している。スパッと半分に切れているチョコバーの包がテーブルに。上を向いて唸(うな)っている柊木拓光が話す。

「ううん……ええーと! そう。順不同ですが……この手がいきなり意思に反して……手をつぼむでなく全指を揃えつけた状態でやや内に曲げ、草刈り鎌の形状にした夢が。そして背景がどこかの木々の中にシチュエーションが変わったかと思うと、その恰好(かっこう)をした手を振ると、周囲の推定半径5メートル範囲の木々が切れるのです。かなり太い……そうー直径50センチぐらいの幹すら切り倒せたのです。加えてジャンプすると、跳躍力約20メートルで。背に光るカマキリの羽が出現し、宙も飛べたのです」

「夢の中では飛べたりもするし。私もこの前見た夢で、蜂になって飛んだし」と、優理華。

「そう、それで」と、花楓。

「ああ。掌に出現した楕円の輝きが納まると、二足歩行のカマキリ、マンティスが出現し、『僕はマンティン。君のベターハーフのフェアリーです。これから君と融合し、ヒト科を抹殺するに至るかを見極めていきます。では、失礼します』と、丁寧にお辞儀して、勉強をしていた時のように、僕の中に、この胸あたりから浸透するように入って行ったのです。これからカットバックしたようなビジョン状態で、さっき言ったように、僕の大きさのままマンティスのコスプレしたようになり、技を紹介する夢を見たのです」と、柊木拓光。

「ポーン! お昼のニュースです。(とキャスターがお辞儀して)先ごろオープンいたしました60番街タワービルの集客ブリは……」と、話すキャスターの背後のスタジオ内スクリーンに60番街タワービルのメインエントランスや、建物の外観が紹介され――『快傑キャノンガール・フェス会場』の滅茶苦茶になってしまっているフロアで、鳥の翼の如く光り輝いた両腕を振るコスプレ女子を、睨んでいる高峰奈菜未の自撮り映像を、客が……SNSで披露する。を、キャッチした、別途取材中だった女子リポーターが頂いて報道している――映像からまたスタジオに戻って、「と、只今入手しました……」と、スタジオキャスターが講じている途中で、プチっとテレビが消える。

「ごめん、タックン。ゆっくりね」と、リモコンを置いた花楓が立って廊下へと出て行く。

「シャワー浴びて、お仕事かな? ママは」と、優理華。

「じゃ、僕も」と、立つ拓光。

「お昼付き合ってよ、タックン。何か他に用事でも?」と立ってキッチンへと行く優理華。

 その所為を見て、ソファに再び腰を下ろす柊木拓光。

 照明のクロナノテントウ2匹のうちの1匹が羽音もなく廊下へと飛び立っていく……。

 消されたテレビでは――SNS投降映像を基に……『快傑キャノンガール・フェス会場』の滅茶苦茶になってしまっているフロアで、女子リポーターが現地取材報道をライブでしている……。


 60番街タワービル上階イベント会場――『快傑キャノンガール・フェス会場』の滅茶苦茶になってしまっているフロアで、鳥のコスプレ女子を睨んでいる高峰奈菜未。垣根を造ったオタクらのスマホカメラ。女子リポーターが実況を開始する……「はい。只今……」


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