7 この人って


 高峰家から俯瞰で――少し離れたこの住宅街一角に広い敷地をなまこ壁に囲まれて、屋根付き門のある表札に、『竜崎家』と流暢な書体文字で記されているお屋敷がある。

「なあんですってぇー。奈菜未さんが。あの60番街タワービルのアニメイベントに夏未さんらとお出かけしたと」と、荒げた声の主は、竜崎朱音女史。


 竜崎家・朱音の部屋――豪ジャスな赤の目立つ装飾の部屋で、スピーカー機能使用中のスマホに向かって声を荒げた直後の激怒形相をしている竜崎朱音。

 部屋着深紅のガウンを剥ぎ捨てて……赤系ブラとパンティ姿で、隠しウォークインクローゼットを開けて入っていき……出てきて、黒系フレアスカートに、赤系トップスを、赤い寝具のゴージャスベッドに置いて。またインして……アウターに赤黒デザインでところどころに白をあしらいだ春用コートを持って出てきてベッドに置き……装着していく……。「あ!」と出ようとする足をとどめて――「赤とんぼってアカネ属なんだぁ。朱音ちゃんだね」と小3の奈菜未の記憶が蘇り――「うふん」と笑いつつ……ゴージャスデスクの引き出しに入った赤とんぼが着いたチョーカーを首にして……ようやく部屋を出る朱音。

「出かけます。60番街タワービルへ!」と、廊下に出た瞬間に声を張る竜崎朱音。

 完全閉じる部屋のドア!


 高峰家・ⅬDKフロア――テレビは消しているリビングに招かれた黄緑系パーカー姿の男子と、高峰花楓がソファに座っている。

「お久しぶり、元気そうね、タックン」と、花楓。

「奈菜未ママこそ、お変わりないですね。お若い」と、その男子(タックン)。

 キッチンからコーヒー3つとお茶菓子を運んできた高峰優理華が配膳し、空きソファに座る。「どうぞ。って、タックンはうちの長男みたいな馴染みだし。っで、何か約束してた? 奈菜未と」と、優理華。

「ううん……」と、首を振ったタックンが、さっそくコーヒーを一口啜る。

「アニフェスを60番街タワービルでやっているようで。行ったのよ、友達と」と花楓。

「そうなんですね」と、タックン。

「相変わらずのドタバタ劇でいったわ、あの子ったら」と、花楓。

「でも、ギリギリはいつものことなんだけどね、なんか、ここ二、三日。お洒落というか、目覚めたというか、時間ないのにシャワーして行ったしぃ、あの子ったら」と、優理華。

「そうですか。ま、ここの家系は美形ですよね」と、タックン。

「もう今更。分かっているわよ……」と、どこか照れ隠しにも思える仕草を覗かせる花楓。

「そういうところが若いですよ。中身がお若いと外にも出るんですかね?」と、タックン。

「ゆっくりしていくんでしょ」と、優理華。

「ええまあ」と、コーヒーを飲むタックン。

「今日は大学にも用事ないから、私はお相手できるし」と、優理華。

「私は、午後から仕事。でも、それまでは」と、花楓。

「ところで。この前あった地震とか、野鳥の襲来とかの怪奇現象絡みか? なにか、俺にも。体内で何かが……」と、タックン。

「ええ? なにかって?」と、花楓。

「なら、お医者さんに行って聞いたら」と、優理華。

「科学や医学の類でも。何がどうとは自分でもはっきりできなくて。なにか。突然、以前あの便利屋さんからもらったこれとかを使いたくなったりと……」と、スマホを裏ポケットから出して、ケース側を見せる。マンティスのカッコいいイラストお洒落カバーを!

「あ! 私もぉー。このヘアゴム……」と、非番用に一応ポニーテールに結っているヘアゴムについたモチーフの蜂を、後ろを向いて見せる優理華。「でも、ママからだし」

「私は、ないわね。なにも。もらったものがあり過ぎて。あ!」と、つい口が滑ったようで口を手で押さえる花楓。お茶うけ菓子の塩煎餅を袋内で程よく割って……食べる花楓。

「え? もらった? あり過ぎって? ママ。便利屋さんに」と、口調を強める優理華。

「いいえ、年の甲よ。あなたが生まれる少し前からの、あ!」と、言葉を中断する花楓。

 タックンがいる手前一瞬花楓を睨むも、笑顔に隠す優理華がコーヒーを啜って、チョコを食う。花楓はリモコンでテレビを点けて、見る。高峰親子の何か得体のしれない臨海体制的空気を感じたタックンが、様子を窺っている。

 照明に、クロナノテントウが二つ集っている。


 同・地下アジト――景山数希と望月零華が留守につき……壁掛けモニターも消えている。が、完備コンピュータシステムの細かい色とりどりに無数のⅬEDランプが点灯していたり、点滅したりしている。コードレッドを意味する赤ⅬEDは今のところ点いていないが。


 60番街タワービル――メインエントランスは多くのお客で今もごったかえしている……中に、デブ男と睨み合う……高峰奈菜未。援護して睨む夏美と孝美。

「もしよろしければ……」と、手招きする地味な感じの装いで中肉中背の少し年上かなぁテキ男子。一般的思考ブランドの黄土色春用アウタージャケット。その胸につけている缶バッチに、可愛い感じのアリンコのイラスト。

 デブ男に対して、プリっとそっぽ向いた奈菜未が列の3人前のその男子のところへと行く。夏美と孝美も、デブ男に、「最悪ぅー」「最てぇー」と、文句言ってついていく。

「え? でもぉー」と、一応遠慮する奈菜未。

「いいんですか?」と言いつつも奈菜未の背中を本当に押す夏未。

「なんか、すみませんね」と、奈菜未の頭を下げる孝美。

「あ! アリンコ、可愛いぃ」と、缶バッチを指差す奈菜未。

「ここは、滑り止めなんだ」と、譲って行ってしまうその男子は、土屋栄太、19歳だ。

「ほんと、すんません」と、その背中にペコっと頭を下げる奈菜未。

うしろのアニメコスチューム気取り女子にもお辞儀して、正式にそこに並ぶ奈菜未。

 振り向いた土屋が、俄かに微笑む。

「しぶっ!」と、夏未。

「きゃー、いい感じ男子。惚れたか? 奈菜未」と、にやけて奈菜未を見る孝美。

「ん。深山剣斗先輩には及ばないけどね」と、隠し事が口を出る奈菜未。

「あ! ついに」と、夏未。

「ゲロったな」と、孝美。

「え? あ! ああ……違うって。憧れっていうかぁ。高嶺の花っていうかぁ」と、モジモジの奈菜未。

「そういうのを恋しているっていうんだろうが、奈菜未」と、奈菜未の頬を軽く殴る孝美。

「私はもうすでに女の勘でラブ確信だけどね! 奈菜未」と、もう片方の頬を抓る夏未。

 ……照れ隠しにモジモジしつつも……譲ってもらった列を決して崩さない奈菜未。

 頭上をホバリングしていたクロナノテントウが……降下して、奈菜未の蝶のバレッタに集って……模様的に偽装する。


 高峰家ⅬDKフロア――タックンと優理華と花楓の話が続いている……。

「でも奈菜未ちゃんには、憧れの先輩が」と、タックン。

「え? だあれ?」と、花楓。

「コンビニでバイトしている……」と、言いだすタックン。

「しぃー。いっちゃダメ」と、焦る優理華。

 優理華を強く見るタックンと、普通に見る花楓。

「家族にもはっきり言っていない秘めゴトは、かなり有力でも言っちゃだめなのよ。幼馴染の柊木拓光のタックンとてね」と、何時にない強め口調の優理華。

「そうなんだ。そういうのって、やっぱ、わかんないよね。男子感覚ではね。ゆりっち姉さん」と、タックンこと柊木拓光(以降、拓光と称す)16歳。

「なはん」と、独特な笑いをこの時はする花楓。

「それで、続きなんですが……何か体に異変が……」と、拓光が話題を戻す。

 照明カバーにクロナノテントウが2匹集っている。


 60番街タワービル――メインエントランスは多くのお客で今もごったかえしている……中に、『快傑キャノンガールアニフェス』に来ているオタクの列と、それらを誘導して一般客と仕切っていたガードテープが短くなっていて……一人並ぶ奈菜未の番になり、整理券ナンバー293を受け取る。胸に両手でしっかと持って……列横を後ろへと行く奈菜未。

 列外で待つ、夏未と孝美のところへと向かう奈菜未に、「よぉ、なんで横入り女の方が先なんだよ」と、デブ男がナンクセつけてくる。

 見るが、無言で行こうとする奈菜未。

「おい! シカトかよ。可愛げない女だ」と、デブ男。

 見るも、それでも無視して……夏未と孝美に合流する奈菜未。

「おおい!」と、列の進み具合は一応気にしながら、罵声を必要以上に浴びせるデブ男。

「わかんないだろうなぁー、あんたじゃ」と、孝美。

「ん。こんな勘違い男には、女ごころなんて」と、夏未。

『女子感度、最悪ゥ!』と、孝美と夏未が声を揃える。

 顔を向けてはいるものの、視線は決してずらし続けている奈菜未。

 奈菜未らを気にしていて列の隙間が空き、女子が入ったことを知らずにいるデブ男。

「ここまでです」とインカムをしたアニフェスジャンバースタッフが手も添えて打ち切る。

「え?」と、スタッフを睨むデブ男。ナンバー299の整理券を手にした赤に黒ドット柄ルックでヘッドホーンを着けた小柄女子が場から去ろうとすると。

「横入りすんなよ」と、整理券を奪い取ろうとするデブ男。目にした番号が、299!

「スタッフさん。整理券あと1枚あるよなぁ。300だろ」と、インカムをしたジャンバースタッフに激おこのクレームを入れるデブ男。

「300は、只今、上お得意様が、予約しまして」と、インカムに触れるスタッフ。

「上お得意様? 予約って、できんのかよ」と、デブ男。

「文字通りの特別なお客様家系の、ここ都心界隈ではVIP扱いでして」と、スタッフ。

「ああら、どうなさったの? 奈菜未さん」と、聞き覚えある女子の声が後ろの方からして……見ると、赤とんぼのチョーカーに赤黒ところどころ白ありルックの竜崎朱音が、執事つきで……ゆったりと歩いてくる。何故か! 前方の人だかりが拓けていく……。

「え? 朱音ちゃん?」と、奈菜未。

 スタッフキープ中の300番の整理券を、ヒョイッとその手から抜き取る朱音。

「おい! 俺は並んで」と、デブ男。

「……」と、執事の耳に託する朱音。

「代弁いたしますと。とっとと失せろ! デブが。欲しいのなら1000万円でお譲りする。とのことです。ああ、無論、その額を揃えたとしてもお譲りは致しかねますが。貴方様に向けた、お嬢様の皮肉を込めた冗談で御座います」と、丁寧のお辞儀をする執事。

「直接言えよ」と、デブ男。

「……」と、また執事に託する朱音。

「申し上げますと。会話するに値しない輩だ。と仰っております」と、お辞儀する執事。

「何だよ。気取りやがって。あ! だが、この蝶つき女とは話したよな」と、デブ男。

「……」と、またまたの朱音。

「このお嬢様方は、一応御学友で御座いますもので。すべてを無視することは皆無です。と申しております。一介の執事ごときが、何なのですが、わたくしも、貴方様とはこの場限りでお願い致したく御座います」と、深々とお辞儀する執事。

「……」と、言葉を失ったかのように、「何だよ!」だけ言い残して……去っていき……少し行って、ふりかえり、「覚えてろよ、最初の蝶つき女は」と、足早に去っていくデブ御男。

「ふううん……」と、空気が淀んでしまった場を感じ取っている奈菜未。

 夏未も孝美も、同様に、顔色に出ている。

「奈菜未さん!」と、朱音。

「え? なに」と、いきなりに流石に驚く奈菜未。と夏未も孝美も。

「抜け駆けしないでよね」と、朱音。

「ぬけがけッてぇ……」と、流石に意味不明状態の奈菜未。と夏未も孝美も。

「正々堂々と、デスリあいしませんこと、奈菜未さん」

「え? デスるってぇ……」と、心にもなくそんな意識で朱音と接していなかった奈菜未。

「では、後ほど。会場で」と、300番の整理券を二本の指に挟み、ちらつかせ……スカシ顔で行ってしまう朱音。執事をお供に……。

「朱音ちゃん……」と、にやけ顔で見送っている奈菜未。が、夏未も孝美も睨んだまま。

 奈菜未らを背にして去り行くスカシ顔の竜崎朱音が、ニコッと笑う!


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