4 シングルマザー花楓のお仕事


 高峰家ガレージ――深紅にシルバーラインが入ってライダースーツで、チョッパーハンドルの赤い単車に跨る高峰花楓。メインパネルのスマートスタートボタンをプッシュして、アクセルスロットルを回すと、ブローン! とエンジン音が鳴る。ミラーに引っ掛けていた同種のヘルメットを透明感あるレンズのサングラスをかけ、右耳にインカムをした小顔に被り、顎のベルトをして発進する花楓……「なによ、いきなり切るって、皇帝のペンギンめぇー」と、心でほざきつつ……両手を伸ばし、シートに預けた背中ピーンで余裕でスタートする。


 住宅街の路地――センターラインの対面通行の斜度と、縁石ガードレールアリの歩道を、肩を並べて歩く夏未と孝美と、センターの高峰奈菜未。

「お先ですわぁ」と、横をゆっくりと通り過ぎるリムジンカーの開いた後部窓から呼びかける竜崎朱音。

 奈菜未ら三人が見て、アッカンべーを打ち合わせ要らずで同時に放つ!

 もう通り過ぎて……閉まる窓に微笑む朱音。

「なによ、あの嫌味女史」と、孝美。

「いいんじゃない、あれもキャラだし」と、奈菜未。

「もぉーそういうとこ、甘いよねぇ奈菜未ったら」と、夏未。

「別に気にしていないから、朱音ちゃんのことは」と、奈菜未。

 コンビニ横に差し掛かる奈菜未ら三人……。中で書籍類の品出しをしている深山剣斗。

「寄ってく?」と、孝美。

「ううん……用事ないし」と、奈菜未。

「ダイエット中……」と、自らの腹を前開きジャケットの中のブラウスごと摘まむ夏未。

「ダイエット?」と、奈菜未が不思議がる。

「ふん。年越しそばから正月餅、バレンタインのチョコづくりでたっぷりの味見と、ひな祭りのちらし寿司などなど……カロリー爆上がりだし。弟がいるから端午の柏餅向けよ」

「年中行事遂行家族だったか、夏未んちは」と、奈菜未がコンビニ内を目だけで見る。

「あ! 今、見たっしょ。そこにいるし」と、孝美がにやける。

「見てない見てないって」と、否定しつつも、チラ見する奈菜未。

「見ないって言っているそばから見てるし、奈菜未ったら」と、夏未も参加する。

「あ! キャッ」と、恥じらう奈菜未。「見てないって、本出ししている深山先輩なんて」

「って、嘘つくの下手。うちら、小1からの付き合いだし」と、夏未。

「深山先輩って、男子校だし。私らの一個上だし、ヤンキー面の優男だし」と、孝美。

「あ、キャッ!」と、悲鳴を上げ委縮する奈菜未の視線の先で……中で手を振っている笑顔の深山。コクっと頷き挨拶して足早に逃げる奈菜未。

 付き合って夏美も孝美も早足になる……。

「どうした?」と、孝美。

「だから、見てないって」と、顔の前で振った手で、顔を覆う奈菜未。

「あーあぁー。もしかして……」と、夏未。

「ああ、あ。そういうこと!」と、孝美。

『目でも合ったかぁ、奈菜未ったら』と、声を合わせてイジる夏未と孝美。

 言葉無く……照れまくっている「そんなわけないしぃ」の心境が顔に出まくりの奈菜未。

 脇を通過していくスカーレッドの単車……ビッビィと、警笛を鳴らしVサインを投げる深紅にシルバーラインのボディラインは誰が見ても女ライダー。

「行ってらっしゃいっ、かあさん」と、手を振る奈菜未。

「ああ。奈菜未ママ?」と、孝美。

「綺麗よねぇ、うちの母さんとはけた違い」と、夏未。

「私んちのだって、歳は同じだし。明日からだよ、ダイエット」と、孝美。

 コンビニに入ろうとする貫禄オバサンが見て、「ああ、お帰り」と、声をかける。

「ああ、ママ」と、駆け寄る孝美。

 笑って、お辞儀する夏美と奈菜未……。

「何か買って、ママ」と、おねだりする孝美。

「しょうがないわねぇ」と、もう一回奈菜未らにお辞儀する孝美ママ。

「じゃあ、明日」と、ママにひっついて入っていく孝美。

 夏美と奈菜未が見合って、笑って、バイバイして、帰っていく……。

 奈菜未のジャケット襟から出たクロナノテントウ……が、頭上を飛ぶ。


 高峰家の景観――低い門と箱型ガレージが通りに面して構える二階屋。緑地の茂みをその背に背負っている……。


 同・地下アジト――夏美とバイバイして……門を入って、アプローチを通って、鍵を開けて玄関を入る奈菜未の俯瞰――を壁掛けモニターで監視中の望月零華。

 小さな画面といっても通常のノートパソコン大の画面で、何かを探っている景山数希が、壁掛けモニターをチラ見する。

「よし帰ったな」

「なにか? お父さんテキ? 我が君ったら」と、零華。

「向こうは知らないだろうが、同居人だからな、俺たちは」

「で、情が沸いたの?」

「ま、それが人情ってなもんだ。見つけたぜ、ネクストターゲット候補を」と、エンターキーを押して、マウス左をクリックする景山。

 浮遊モニターが空間に出て――真新しい複合商業施設タワービル『60番街』の名のビル全容――映像を映し出す。

「今回はこのビルのオーナーだ」

「裏帳簿あったの?」

「ああ、たんまりと溜まってるぜ、勝手に免税しちゃってる裏金が」

「要するに億越えの脱税だね、我が君」

「ああ。この施設規模からしても、元本が1億以下って、おかしいぜ」

 納得しすぎて、小刻みに頷く……完全人っぽい仕草の零華……。

「ぜえったいウラがある。こういった事業では裏帳簿を使うことが必要なケースだぜ、こりゃぁー。零華。どうせ押収されても、ろくな税金の使い方出来ねぇんだ。俺が撒く!」

「作戦は……」と、零華。

「俺がこれから、敵情視察してくる。場合によっては、潜入工作もありからな、零華」

「ドスコイ、我が君」

「秘書か、ショップ店員か……」と、成りすます人材を頭脳内で検討する景山。「ああ、今流行り言葉になっている……ええぇーと! なんてったけな?」と、顎に建てた指を添えて上向きに考え込む景山。

「各種業界向けのセミナーで、元金早期退職の1千万を開催資金として……」と、目を赤、黄、青と言った順で光らせる零華。「3倍額としても……数千万だね、我が君」

 高峰家族監視モニターの右側に、帰宅した奈菜未……。左側に、大学で講義を受けている優理華……。

「ああ。きな臭いだろ、やっぱり」と、その目の奥で安堵する景山数希。


 同・廊下――帰ってきた奈菜未がⅬDKフロアを覗いて、階段を上がっていく……。


 同・地下アジト――浮遊モニターに、60番街のタワービルライブ映像……各所を探る中……地下駐車場に単車を止める花楓の姿!


 60番街タワービルの外観――天界へと伸びきった童話ジャックと豆の木の蔓の如く……そびえ捻じれている風デザインの所謂タワービル。ビル裏の植え込みと畳八畳分の空気出し入れ用に無数の横筋の穴が敢えて空いている空調用換気ダクト外壁横に石碑に『エンペラーホールディングスグループ・60番街複合ビル』と刻んである。


 同・上階フロアのカフェで、背広中年男性らとタワービルの取材をする花楓。

「こんな素晴らしい形状のビルはアニメにも背景として取り入れたく思います。河野常務さん」と、花楓。

「ぜひ、使っていただいて、宣伝効果も御社のアニメーションに取り入れて頂ければ期待できます。どうぞ、ヨロシク願います。高峰CEO様」と、河野常務。お供の腰巾着的男女もスマイルで頷く……業務上の!

「では、内外の写真を撮らせていただき……そちらのお嬢さんに、案内役をお願いできるかしら」と、おつきの女子を見る花楓。

「え? ああ、はあ」と、その女子が了解の頷きをする。

「では、この者が……僕の左腕の、ええと……(手をポンと叩いて)アシスタントをご自由にお使いくださいませ」と、起立して、お辞儀して、行ってしまう河野常務。腰巾着男性も同様にお辞儀して、やや後ろを行く……。

 残ったアシスタント女子が、敢えて起立して、お辞儀して、「わたくし、河野常務のアシスタントをしております。六(むつ)木(き)麻布(あさぶ)と申します。よろしくお願いします。高峰CEO」と。

「ああ(と手を振って)いいのいいの、ご紹介有難うね、ええと、アサブちゃん」

「へっ」ってな感じで、いきなり砕けた花楓に驚く六木麻布。

「何か以外?」

「ああ、ええ、もっとお堅いイメージが……」と、愛想笑いする麻布。

「うん、よく言われるわ。そうね、花楓呼びでいいわよ、特別にね」

「はい……(少し考えて)……花楓さんと御呼びします」と、座ったままで会釈する麻布。

「もぉー硬いわよ。そうね、見た目で……24歳ってところかな?」

「ええ! 昨日で24になりました! どうして……」

「女の勘?」

「……」

「って、言いたいんだけれど。それだけ様々に人を見てきたっていうことかな、44年間」

「え?」

「え? 何か変?」

「あ、いいえ、失礼ですが、とてもお若いもので……」

「ええそうでしょ、それもよく言われるわ」

「そうですよね。20代後半でもイケますよ。オベンチャラ抜きですよ」

「ん。この前、実写のドラマで27歳のやり手ナース役キャストされたしね」

「ああ……もぉーすべてが嫌味にならない。羨ましいです。アサブもそうなりたいです」

「なら、教えようか、コツ」

「はい」

「じゃあ、案内してもらいながらでいいかしら? 多忙なもので」

「あ、はいぃ」「そうそうフレンドリーがいいわ。話しやすいし、ね」

 息が偶然会ってスタンダップする麻布と花楓。親子……と言うより、年の離れた姉妹の如しで、花楓から腕組みして……外科術身体埋込デバイス会計で花楓がおごって、カフェを出て行く……。


 同・地下駐車場――アマンダ社チョッパーハンドルのロイヤルブルーカラーの単車がドドドと来て……駐輪所単車枠のナンバー4が開いていて、止める。同色のライダースーツに、ヘルメットをとったその顔は、景山数希! 単車横のロック可能なキーフォルダーにヘルメットを預けて、建物出入口へと歩き出す景山……右手首のアルファベットDに象ったラピスラズリストンのブレスレットに左指二本を触れて……「Dフラッシュ!」と、口遊むと! 鈍い閃光がその体を覆って、一瞬にして、ブルージャケット黒パンツ姿の優男ルックに変貌する景山が……建物に入っていく……。


 同・メインエントランス――エスカレーターで上から下りてくる麻布と花楓……「なかなか凝っているわね、エントランス」「はい、お客様をお迎えする顔です。第一印象が肝心です」「そうね。人間にも言えることね。ファーストインスピレーションは」……ハッとして、ニコッとして、まじまじと花楓の顔を見る麻布。「そんなに見詰めないで、溶けちゃうわ」「ああ、済みません」「うふっ、ジョークよ。慣れているわ、そういう意味なく見つめられるのは。特にスケベ目線が多いかな? あんな感じの」と、花楓が指差す先で、熱い視線を送信中の野暮ったい中年男! その後方をきて、エレベーターで上がっていく景山数希……。


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