3 午後活はランダムな人々


 高峰家ⅬDKフロア――深紅のバスローブに身を包んだ高峰花楓が、肩に掛けたフェイスタオルでショートヘアの赤髪をガシガシとふきふきしつつ……入ってくる。

 冷蔵庫の冷凍室を開けて冷凍ピラフを出し、表示しに従って、トレーに入ったピラフを電子レンジに入れる。500ワットで4分10秒タイマーをセットして温める……花楓。

「直ってるね」と、後ろから入ってきて声をかける部屋着姿のままの優理華。

「ああ、ん。流石はアタシが見込んだ便利屋さんだね、景山の旦那は」と、花楓。

 チン! と、恒例温まった音がして、花楓がピラフを取り出す。

「旦那って。前々から聞きたかったんだけれど、ママって、景山さんと何かあった?」

「え、どうして?」と、トレーの保護フィルムを剥がす花楓。

「え? ただ何となく……。奈菜未がいたんじゃ、聞きづらいし」

「ええ? ま、そうだけれど……(と引き出しからスプーンを取り出して、温まったピラフを手に、リビングソファへと移動しつつ……)まあ、あの子も高2だしね。そういう抵抗力そろそろつけさせてもいいころかもね」と、テーブルにピラフを置いて、座って、リモコンでテレビを点けて、肩にかけていたタオルを頭に巻く花楓。

「ううん……(と悩んで)で、何かあったの? ママ」

「そういう優理華こそ、さっきも、帰った時中学まで言ってた母さん呼びしていたし。何かある?」と、ピラフを一口食べて、テレビを観る花楓。

 テレビでは情報番組で、都心上空にやたら群がっているカラス、雀、ホオジロなどなどの野鳥銘々の群が滑空中の異様現象と、「どうした事でしょう? カラスやスズメは時々群をなすことはありますが、オナガドリやホオジロなどの可愛い系小鳥などが、珍しいように思えます。先日の通常の地震ではない、未だ何も当局からの説明がない、全世界で揺れを観測したあの現象といい……このところ奇怪と言ってよき現象が起こっているようです」と、女性現地リポーターのコメントも添えて報じている映像が流れている――。

 天井に、クロナノテントウが2機止まっている。その視野の掛け時計11時55分。


 同・地下隠れアジト――コントロールルームの壁掛け大型モニターには――リビングで語らう花楓と優理華が映っている。データ――高峰花楓。44歳。二児のシングルマザー。サイズ。T164・W54・B94・W54・H84。赤系ベースカラーを好むアニメ業界名うて女史。目下心身良好――と、中央に浮かび上がって消えたウインドウに一瞬表示される。

 盗撮監視してる望月零華が、シラケた目を光らせる。監視中のモニターとは別に、浮遊バーチャルモニターが空間に出現して、都心の真新しい複合商業施設タワービルが映る。

 壁に、自動に浮かび上がった出入口から、景山数希が入ってくると、また壁に消える。

「ああら、我が君。お帰りなさいませ」と、明らかなる皮肉をたっぷり込める零華。

「なんだ。やけにしおらしいじゃねえか、零華」と、返す景山。

「やっちゃえばよかったじゃない。あの女子と。未成年じゃないし。同意さえ……」

「ああ。ヤイてんのか? 零華」

「いいえ。そんなこと。零華は単なるセックスフレンド的アシスタントだし」

「ないない。お前さんよりいい女なんて。今のところ越えてくる女は皆無だよ」

「だああてぇ。零華はアンドロイドだし」

「そこまで女になっているのは、俺にとっても喜ばしいぜ。向こうはどうか知らないが、する気もない女子の誘いを、俺なりの対処法で回避しただけだ」

「あれでぇ」

「ああ。お得意さんでもあるからな。建前上は気のある素振りもせんと、一番の大敵は、女子の口コミ戦略によるいわれなき悪意ある誹謗中傷の広がりだ。特に今の巷では、スマホと言うトーシロ書き込みでSNS上に拡散すると、回収が不可能になる。火元動機が違っても、いわれなき煙がどこにでも立ち放題なんだ」

「そんなの、この零華ちゃんが、一瞬で消してあげるって」

「ほおぉ。それは頼もしい限りだぜ、零華」と、後ろから、座っている零華の顎を上げ、顔を近づける景山。「信じろ。お前さんだけだよ、真のセックスの相手はな」

 軽めにキスし合う零華と景山。


 同・ⅬDKフロア――一人ソファで転寝するバスローブ姿の花楓。前のテレビは点けっぱで『ダイなハードデカ』の再放送の洋画が進行中……悪党らがビル占拠開始の場面だ!

 天井の照明カバーに、クロナノテントウは一匹。掛け時計は12時12分。


 同・床下収納庫の平石の下――現世では摩訶(まか)不思議な時空空間的通り穴の、所謂ワームホールがそこまで来ていて、何やら甲高い高周波的……エレキギターの高音のゲン捌(さば)きで、鳴くという弾き方をした時の音色のような、声が聞こえてきて……。

「ねえキューミン」

「なあに? ダイナミン」

「この石さえどけば、出られるのか?」

「ん。そう言ってたよ。リーダーが」

「どうしてここ? 私らの出口は」

「この上に感じるのよ。アタシらのベターハーフの存在が」

「私らはこの世界では虫類の姿をしたフェアリーで、現世の生物に融合しないと、物に触れられないんだよね、キューミン」

「ん。DNA塩基のナノレベルの、とある部位が融合のカギになるって、リーダーが」

「ん、私も聞いた。見分ける手段が、『感じろ』って。知らない世界の、知らないヒト科の個体をどうすれば見分けられるか、ってのよ! 感じるって! もっと具体的な見分け方を教えてほしいものだわよ、ッたくぅー」

「通常は、間違ったヒト科では、拒絶するって。ダイナミン」

「でも、一歩間違えば。私らも消滅することも稀にあるって」

「匂い嗅いで、とても臭かったら、そうみたいよ。ヒト科的に言うと近いらしいよ、血筋」

「知能の分ヒト科が最強で対象となるのは理解できるけど。それも抽象的だよ。もぉー」

「ううん……。今はこの石の多分貼ってあるお札? 剥がせないかな? ダイナミン」

 今はまだ暗い空間のワームホール……もう円形石の封印さえ剥がれれば、出られるのに、の歯がゆい空間で二種の女子的声がそう話す……。


 同・ガレージ――広めガレージに、アマンダ社のチョッパーハンドルのスカーレッドメインカラーの単車が、左ミラーに同種のヘルメットを被って止まっている。その横は広く空車状態だが、大学に行く際に、優理華が乗って行ってしまったのだ。


 同・今より少し前のⅬDKフロアリビング――ピラフを食している花楓が、咳き込む……あえて空間にしているダイニングフロア当たりで立ってテレビの方を見ている優理華。

「もぉオバサン?」と、ふりかえって、キッチンでコップに水を汲む優理華。

「ゴホ、オバサンだけれど。ゴホ、恋敵宣言?」と、振り向きたくとも咳に阻まれる花楓。

「はい、水(と、優理華が花楓の目の前にコップに入った水を出す)恋敵って。ママと?」

 コップを受け取り水を含ませ喉のイガイガを流し込んだ花楓が口を開く。「他人なら言い返す言葉も100通り準備しているけど。娘に対しては備えも憂いもNGよ、もぉー」

「ゴシップ対策だね。さあすっが、元声優上がりのアニメプロデューサーだね、ママは」

「元じゃないわ、引退したつもりはないわよ、声優ぅ」

 テレビが正午前の10分間のニュースを報道しはじめる。と、リモコンでチャンネルを変える花楓。別局でも只今巷お騒がせ中の複数の怪事件のニュースをやっている。

「どっちでも、同じだし」と、優理華。

「ニュースはね」と、振り向くことなく答える花楓。

「ようし、行こうっと」と、廊下に向かう優理華。

「え? 大学」

「ん」

「今日は行かないって」

「でも、今日の講義、逃すと後々大変になるし」

「……」と、言葉無く只小刻みに頷く花楓。

「じゃあ、用意したら行くね、ママ」と、廊下に出て行く優理華。

 度口を一瞬見て、ムフッと笑って、再びテレビを観る花楓。

「……どうやら、何らかの兆候が考えられます。では、ニュースの後は『お昼から映画鑑賞(番組名)』です」と男アナウンサーがお辞儀して、CⅯに入る……テレビ画面。

 インナー黄色でアウター黒の他所行きに着替えた優理華が覗いて……微笑んで行く。天井のクロナノテントウが一匹……羽音も立てずに飛んで……廊下に出て優理華を追う。

 テレビ画面に、『ダイなハードデカ』タイトルが出て……飛行機内のシーンからスタートする。見ている背中越しの花楓……アングルを前にパーンすると! 深紅のバスローブに包まれているはずの花楓の目が、腹満腹でコクリコクリと、午前授業の4時間目が体育でプールして給食食った後の5時間目は大抵の生徒が睡眠欲に襲われる、そんな感じの状態にある花楓……のバスローブの前が人目もないと無法にはだけて……でも、脚は膝付き状態で……スラッとしたおみ足もそれはセクシー感ありで、ノーパンか否かは座っているので定かではないが……臍が見えそうで見えなそうなバスローブの開き具合で、割に引力逆らい保たれている大きな胸を想像できる感じの深い谷間も左右の襟がエロかわセクシーな感じっで、転寝一歩手前のいっちゃん心地いい状態に入っている高峰花楓であった。

 エコカー仕様でも、スター時の吹かした音は大なり小なりで、ブーンと、車の音がする。


 エコカーの車内――運転する高峰優理華。ルームミラに遠ざかるガレージと家が見える。

「ママが恋敵? 上等じゃない……ふふっ」と、笑顔で目を左上に流す優理華。


 都心の空――滑空する無数の点が集結した鳥類の群。真新しい複合商業施設タワービルのガラス張り外壁へと旋回し……勢いづいて……体当たりをはじめる銘々の鳥類の群をよおおく見ると! ほぼ中心に、何れの種にも大きなヒトガタの塊が一つずつ存在している。


都立北都女子高校――憩える公園としている校庭を際にして3階建て校舎が建っている……3棟(むね)! で、手前の2階窓から正面向いて外を見ている高峰奈菜未。孝美が脇にきて……何やら話しかけて、夏未も来て……二人の会話を聞いてか? 微笑む。


 同・2Cの教室――JKらは、四の五のと自由に教室を動き回ったり、それぞれいくつかの塊となって女子トーク中のご様子。そんな中にあって、窓際で窓枠に手を突いて相変わらず今日はやけにその方向の上空を見ている奈菜未。

「どうした? 奈菜未」と、後ろから声掛けして横に並ぶ孝美。

「うん……なんか、ねぇ……」と、心ここにあらず状態で一点の空を見ている奈菜未。

 ……後ろからきて奈菜未の横に並んだ夏未が、孝美と奈菜未の顔を見て……微笑む。

「あそこ! (と、空を指差して)なんか、黒くない?」と、呟くように言う奈菜未。

「え? どこ?」と、夏未も奈菜未の示した方角の空を見る。

「ううん……あんたが、そんな感じ? レアケースで、ほんとっぽいけど……」と、孝美も目を細めて見ているが、青すぎる空を見ていると、黒っぽい幻惑に似た目の錯覚を起こすこともあるので、奈菜未が言っていることが判別つかずにいる。

「ああら、奈菜未さん(と、また新手の竜崎朱音が手下テキJKを従えて、寄って来て)いかがなさったの? あんな簡単な問題も解けなくて、途方にでも渡航なさっておいでですの?」と、皮肉たっぷりに弄る竜崎朱音。

「もぉー、しょうがないじゃない。アニメオタクの奈菜未には平均点とっていればいいっていう信念があるんだから、朱音さん」と、代弁する孝美。

「推しアニフェスぅ……あるのにぃ……」と、気になる空に集中する奈菜未……。

「アニメーターに、声優って、もう目標もあるしね、奈菜未には」と、夏未も。

「……ふうん!」と、やんわりと心ここにあらずで頷く奈菜未。

「どうなさったのぉ……いつものように張り合っていただけないと、退屈なこんな女子校など、このわたくしが来る意味がありませんことよ!」と、お嬢様テキ口調で強めに発声する朱音。手下テキJKらも、「まったくよ」と言った感じで朱音に同意して頷く。

「力、入り過ぎも諸刃テキだしねぇー」と、時間差テキに反論する奈菜未。

 奈菜未の視界には、抜けきっている青空を、無数の黒点が群がって、滑空しているようにも見えている。


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