2 学び舎


 お馴染み、キンコンカンコンのビッグベンの音色を真似てつくられた学校のチャイムが鳴る『都立北都女子高等学校(北都女子高)』の門に生徒と男女の先生らが入っていく。

 その門へと通学路を夏未と肩を並べて登校してくる高峰奈菜未。

「よぉ、奈菜未。今日もぶっ飛んだハーフアップだね」と、二人の間に割って並ぶJK。

「もぉ、どうせあんたのように几帳面じゃないですよぉアタシは。孝美」と、返す奈菜未。

「孝美ったら、どうして朝っぱらからきちんとできるの? エビ編みヘア」と、夏未。

「意地よ、意地。女ならオシャレする意地をプライドにするのね」と、孝美。

「意地、ねぇ……」と、敢えて見事なエビ編みヘアをマジマジと見る奈菜未。

「時代のお陰で都立も校則ほぼフリーだから、やりたいようにしなきゃでしょ」と、孝美。

「ま、小学生の時見ていたお姉さま方のコピーしたような深紅色リボンに紺色制服よりは、今の方が明るい気持ちになるのは実感だし」と、夏未。

「ううん……? そのこととお洒落って、どうつながるの?」と、顎に人差し指を添えて首を傾げる奈菜未。「どうせお風呂入るとき、崩しちゃうし。めんどくさいしぃ……」

「まあ、そんなズボラ感が、付き合いやすいことも実感だよ、奈菜未とはね」と、孝美。

 考え中につきひたすら頷くばかりの奈菜未が、「憧れだけどなぁセーラー……」とぼやく。

 孝美も加わった仲好しJKが、他のJKや先生と塗れて、昇降口に入っていく……。


 高峰家ⅬDKフロア――リビングソファに座って、転寝する高峰優理華。つけっぱのテレビはそれなりの顔が売れている芸能人らが紹介する通販コーナーになっていて、今日のお勧めは電子レンジだ。

 ピンポン! と、呼び鈴が鳴る。

 が、転寝中の優理華には届かない。

 ピンポン! ピンポン! ドンドンと、戸を叩く音も伴う……と、ムニュムニュってな感じで薄目を開けて、目をこすり、欠伸をしてボーっとつけっぱテレビを眺める優理華。

 ピンポン……ドンドン!

「すんませぇん! 午前中に電子レンジ修理の依頼を受けました景山ですがぁあ!」と。

 うっすらながら要件も聞こえ、ハッとして、油断しまくり口元から出てしまった涎も手で拭いつつ……「あ、ああ、はぁあい。今ぁ」と伸びをして、ようやくソファから根っこがついたかと思われた尻を持ち上げ、両頬をピシャっとやって廊下へと行く優理華。


 同・玄関の内側――ドアの縦細小細工柄のスリガラスの向こうに、男の影が立っている。

 廊下を来た優理華が、内側のタイル地に引かれているスノコを踏んで、ドアの覗き穴を見て、安堵の表情で内側ロックを解除して、「はあい、今、開けますね」とドアを外側にゆっくりと開ける。「景山さん。いらっしゃい」と、何か自ら気づかずの乙女チックな優理華。

「毎度。早速作業に入りたいのだが」と、襷掛けしたポーチバッグの景山が涼しく笑う。

「どうぞ」と、上がり框の横にかかっているお客様用スリッパを床に揃える。

「では」と遠慮なしに上がる景山が、「電子レンジでしたか」と振り向かずに廊下を行く。

「この前、直していただいたドライヤーは超絶好調です」と、襷がけのポーチバッグをした後ろ姿についていく形でリビングへと行く優理華。「キッチンの、食器棚……のぉ……」

「うん。大概レンジは、そんな感じのところにあるよな」と、もうすでに開けっぱドアからⅬDKフロアに入っている景山の声が廊下にも届く。


 同・ⅬDKフロア――リビングソファの後ろ側から、わざと何も置いてはいないダイニング空間を通って……キッチンへと歩む景山の後ろ姿。手を胸前で握った状態で見守っている優理華。一目瞭然の位置にある電子レンジに向かう景山。

「これだよな」

「ううん、そうぉです」と、何時になくしおらしい雰囲気を醸し出している優理華。

「たまに、2台持ちもあるので、念のためさ」と、襷がけしていたポーチバッグを体から外し……中に折りたたんで入れている畳半畳分の大きさのラバーシートを広げて、スライドする電子レンジの乗った移動可能棚を引いて……後ろの電源コード配線プラグをコンセントから抜いて、電子レンジをラバーの上に置く景山。「どう、調子わりいの?」

「あ、え、ああ」と、借りてきた猫の如しの優理華が、近づいて……「タイマーが時々、使えなくなるんです、よぉ」と、手ぶりを添えて答える。

「ほおー」と、コンセントプラグを再び差し込んでタイマーを30秒設定して、スタートボタンをタッチする景山。

 電子レンジのパネルのランプは点くが……数字らの表示が薄くなっている。

「これって、買ってどれくらい?」

「ううん……と、2年と3カ月ぐらい、かな?」と、人差し指を顎に添えて答える優理華。

「そうか、保証も切れているのかな?」と、フレンドリーチックな営業トークで問う景山。

「確か、リサイクルオフショップで購入時には、私もいて。2年だったような」

「ああ中古品か」と、取り消しボタンでパネルのランプを切って、出し入れ蓋を開けて、内部を見る景山。「うん。バラして液晶チェックして、テスターより高性能なデバイサーで原因追及……」とバッグから仕様道具をその都度出しては、作業を進めていく景山。その目は、いつしかゲームに夢中になってしまっている子供の如しで……。様子を窺っている優理華は、ガムシャラオーラを食らった感じで、胸前で手を合わせた女子特有の委縮姿勢上目遣いのキュンキュン状態を保ってしまっている。

「よおし、ここが、おお、新品パネルで、テストだ」と、小言を言ってしまっているのにも気づかずで、手際よく高性能なお手製テストデバイサーで試したり、既存の回路装置を弄ったりと、原因追及作業を真剣に進めている景山。ガムシャラゾーンに入り込んでいる少年に他者の言葉も応じれない状態のあの感じだ。

「景山さんって、手先、器用ですねっ(ルン)」と、言った感じの見守り硬直状態の優理華。

「だからこの商売が成り立つと、はじめてみたのさ」と、ニヒルな笑みを一瞬向ける景山。

(もぉーダメェ。いっちゃいそうぉー)と心で言って……ますますフリーズする優理華であった。「……しゅう、り、してぇ……わた、し、もぉ……」と、放心状態で口から漏らす。

「お代は、前回同様かな?」と、点けるとパネルに濃く表示がでる。深皿に蛇口から水を汲み、電子レンジに入れて30秒間の温めテストをする景山。チン後、それを飲んで「よし!」と、親指を立てる景山。些か赤ら顔になったか、息が荒くなる優理華。


 北都女子高――校舎2階の窓から外を見る奈菜未の姿が、その教室の中ほどに見える。校庭に唯一一本あるソメイヨシノはもう葉桜状態で……周囲は生徒が憩える庭園で。体育用校庭とは別途に、テニスコート、ソフトボール球場、サッカーと野球の兼用グラウンド、陸上用のグラウンドと、各種目ごとの運動場も設けている学び舎だ。


 同・廊下――一つの教室ドア上に、『2C』の教室表示プレートがある。


 同・教室内――窓際中ほどに座っている奈菜未は朗らかに外を眺めている。黒板には、流石は高校生と言った感じの数式が白墨手書きであって、女先生が講義をしている。

「では、高峰さん。解いてみて」と、先生が指名する。

 窓の外に束の間、(推しのアニフェスあるし)と気をとられていた奈菜未がスルーする。

「奈菜未さん。奈菜未……」と、呼び続ける先生を、後押しして隣の席の孝美が右腕を揺すって、前の席の夏未が振り向いて、「奈菜未ったら、ご使命だよ」と、声かけする。

「ああ、え? ああ」と、わけわからずに立ち上がって、キョロキョロする奈菜未。

「奈菜未さん。余裕ね。なら簡単に解けるわよね」と、先生が手にした白墨で黒板をトントンする。

 出て行く奈菜未……黒板の問題を見て、解きはじめる……! が、チョークを置くと。

「ブブ―不正解。今、この程度の数式を解けなければ、大学受験時に大変なことになるわよ」と、戻るように手を差し伸べる先生。

「ホォッホホ! 流石は奈菜未さん。やってくれますわね」と、艶黒お姫様カットヘアのJK竜崎朱音16歳が、大笑いして奈菜未を貶(けな)す。

「じゃあ、イケるの? 朱音ちゃんは」と、席に戻る途中で返す奈菜未。

「見てらっしゃい。アホ面してね。先生、アカネでいいかしら」

「はい。では竜崎さん」

「ウフン」と透かし笑って席を立って……黒板の前に立った瞬間に、奈菜未の不正解を赤チョークで否定線を引いて――回答していく朱音……束の間……終わって、席の方にくるりとターンして、「ご覧あれ、奈菜未さん。これが正解よ」と、ちょこっと膝曲げして、後ろになった黒板を手で示し得意顔の朱音。

「うん。正解です。竜崎さん」と、拍手する先生。

 つられてか? 自主的にかは銘々な感じがするが、ほぼ女生徒らが拍手を竜崎に贈る。

 もうすでに自分の席に着いている奈菜未が、左右に口角を歪めて面白くない顔をする。

「ま、ケタ違い女史は、相手にしない方が」と、夏未。

「竜崎さんちは、都議会議員の家柄だし」と、孝美。

「いい学習塾いっているし」と、夏未。

 慰める二人の気持ちは汲んでいるが、しぶしぶと納得する奈菜未がまた外を見る……。


 高峰家玄関内――靴を履き、帰る景山。

 スマホを握り胸キュン手合わせ状態を解除できずで……笑った腰つきで見送る優理華。

「では、また何かあったら、ご連絡ください」と、会釈してドアを開けようとする景山。

「ああ、ええ、と。ああ、まだ、そういえば……」と、引きとめる優理華。

「え? まだお直しするモノでも?」と、景山。

「ええ、まあ。ええっと! (奮い立って)私」

「え? 私? って」

「私も直して(と間があいて)ああ、私、って何言ってるんだろぉ。ああ、へへっ」と、落ち着かない様子の優理華。

「もしかして。私を直すのっか? 要は、エッチがしたい、とか?」

「あ、はい。ああ、いいえ、そんな軽い女では。私、でも、なんか、いいかなって……」と、完全女! と言った表情の目に涙が沸く……。

「ま、焦ることはないぜ。いつでも、ここに連絡すればくるぜ。嬢ちゃん」と、玄関の姿見片隅に貼ってある広告のステッカーを指差す景山。大きく電話番号が記載されている。

「俺、個人だから。俺しか出ないさ。どうしてもっていうんなら、相手してやってもいいぜ。絶対イヤッていう感じでもないしな。ま、焦ることはないさ。冷静になっても感情が変わらなければな。じゃ」と、玄関を出て行く景山。

 クコっと放心状態ながら今更頷いて、脱力して、座り込む優理華。その表情は、朗らかな絵空状態の緩んだ顔をしている。

 いったん閉じていたドアがガシャっと開いて。「只今」と、女性の声がした一瞬外光が射し込んで視野が白くなり、その中に明らかなる細身女のシルエットが声と共に入って来て、ドアが閉じたことにより、通常の視界状態になり、見た目30代女が片足上げて、「どうしたの? 優理華」と、交互に靴を脱いでいる。

「へえぇー?」と、放心状態の優理華が、ようやく声を出す。

「なんか、エッチしてイッちゃったような顔をしているわよ」

「へぇ、そう、そうかもねぇ」

「いいわ。あんたも致してもの年頃だしね。それより直った? レンジ」と、上がる女。

「ああ、あ。かあさん。ううん、直った……」と、女の後をいく放心状態の優理華。

「シャワー浴びて、3時間寝たら、出動だわ」と、声がするリビングのドアの中から……。

「……そう、私、お休みカモ……急遽」の声の主の優理華が夢遊病の如く出てきた廊下を奥へと行く……。

「どうした、優理華。本当に、やったの? エッチ、あの便利屋さんと!」

 黒系ツインブラパンティ姿になった女、高峰花楓44歳が浴室へと行く。


 北都女子高――校舎2階の窓から外を見る奈菜未の姿。この窓からでは到底都心の街並みを拝むことは出来ないが、それでもいくつかの高速道路の高架橋の上の空が都心の方向か否かは分かる。極度の方向音痴でない限り。

 と! 

「へ?」と、今は何故か外の、特に空が気になっている奈菜未の目に、遠い空に広がる無数の黒い点が集結して大きくなっている現象をみているが。ここからは直線にしても推定距離30キロはあるであろう空で、蠢きだしているがはっきりともせずで、直接的に今は関係もなく知らん顔できる……。

 チャイムが鳴る!


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