1 高峰家の日


 朝。高峰家のⅬDKオープンスペースルームのカウンターキッチンで朝食を用意している部屋着姿でオレンジブリーチ色セミロングヘアを項あたりで束ねただけの高峰優理華20歳。ダイニングテーブルを兼ねたカウンターの上にハニートーストの皿とレタス添えハムエッグの皿を二枚ずつおいて、コーヒーメーカーのコーヒーを蜂柄カップに注ぐ。

 優理華の足下に床下収納庫の閉じられた扉。その構造は取り外し可能な収納ケースが中吊りになっている。更なる下は基礎の中の地面で、その昔人の手で加工したような青に金筋柄の平たい円形の石があり、『陰陽文字』のお札で封印がされている。が、ガタッと一瞬ぐらつくも、平常の様子で、気のせいか。

 ⅬDKフロア床続きのリビングの薄型テレビに映っている朝のニュース……。

「今朝早く、地震のような揺れる現象が世界各国で観測されましたが。一般的な地震ではなく。その筋の権威によりますと怪奇現象に似た大気の揺れだと……」と、アナウンサー。

「おはよう、優理華。なんか揺れなかった?」

 キャメル色ブレザー制服を着て、イマドキの背負いバッグを肩掛けして声をかけつつ入ってきた一応ハーフアップしている黒髪ショートヘアの高峰奈菜未16歳が、リビングソファにバッグとジャケットを脱いで置いて……ブラウス姿でキッチンに向かう。

「あんたねぇ、女子だし。もう少し髪型を整えたら。ん、おはよ」

「優理華って、今日は休み? 大学って?」

 ふりかえる優理華。何となく目にしたテレビでは……。

「……その揺れと関連は未だ分かっておりませんが。丁度そのころ世界各所の主要都市で虫や小動物が大発生し襲来的に埋め尽くされるという現象が発生しましたが、今現在は静寂しています。対処した欧米諸国の軍隊や、ここ日本でも自衛隊を率いたであろう防衛大臣からの見解コメントは得られておりません……」と、続けるアナウンサー。

「そういう優理華だって、ポニーなんだか、普通にまとめたんだかヘアのくせに」

「いいの、出動時にはパシッとポニーに結って、スイッチ入れてくし」

 時頼「い」抜き言葉も自然に使ってしまっている高峰姉妹……。

「出動って、大げさだし。ただ大学に行くだけじゃん」

「なんか揺れたけど、ニュースでも大したようには言ってないし、普通普通ぅ」

 蜂柄カップを手にした優理華が、カウンター切れ目側の椅子に座る。

 冷蔵庫から出したパックのイチゴミルクをコップに注ぎ……奈菜未が壁側の椅子に座る。

 カウンターテーブル用の椅子は三つで、姉妹の間に一つの椅子が空席となっている。

 朝食をとる姉妹が背にしたテレビでは、オオカマダラの大群に襲われるニューヨークシティ……ドブネズミの大群に襲撃されているビッグベン……イナゴで埋め尽くされている凱旋門やセーヌ川の街の光景……特徴的オペラドームを取り囲んでいる海岸に押し寄せて漁船を襲っている鮫の大群と、各国からのSNS素人投降映像を流しつつ……アナウンサーが続けている。

 朝食をとりつつ……たまに振り向きテレビを観る高峰姉妹。

「……そのころ、これもまた関連性は不確かではありますが、謎めいた音声通信を傍受したパソコンオタクからの投稿音声があります。お聞きください。『各位に告ぐ。現世各主要都市に進軍し、大群をもって人類への攻撃を仕掛け。ヒト科一掃作戦を試みたのだが、日本の首都における切り込み隊隊長ゴッキーン大将率いる大群が、緘口令を引いた状態で、大型虫類ホイホイにかかり、特殊音波による麻痺状態効果攻撃で打尽となり。現世で市販されている大量の殺虫剤攻撃で全滅させた上に。その情報を瞬く間に全世界へと、ヒト科が称する『ネット?』を使用しての通達で、それを例として各所でも壊滅状態と相成ったため、我が方の大打撃を考慮し、全面撤退と命ずるものなり』というものなのですが、朝の大気が揺れた現象との関連も含めまして、未だ当局からのコメント会見はありません(お辞儀して)次はお天気予報です」と、アナウンサーから予報士女子へと映像が渡る。

「はぁい。おはようございますぅ。撮影でなければあれはいったい、なんだったのでしょうね、みなさん。え? まだ寝ていて気付かなかった! ま、スタジオまでは普通だったので日常生活には支障をきたしてはいないようです。では、本日のお天気です……」と、街頭でコーナーを進める、所謂お天気お姉さん……。天気図はお日様に雲がかるマークが東京の桝についている。

「ああ、今日も晴れだね」と、トーストを食べつつ見て言う優理華。

「ん。この感じイイとろみが、たまらん。さすが、姉さんだ」と、箸でハムエッグを食べる奈菜未が、顔を上げて優理華に笑顔を振る舞う。

「もぉ。なにかあるの?」

「え? なにが」

「姉さん呼びするときは、おねだりサインよね、奈菜未の」

「ええ……ふふっ」と、意味深な含み笑いをしつつ……今度はトーストを食べる奈菜未。

 と! また若干の大気の揺れ。

「あ、いま、揺れたよね、優理華」

「え? そう。気がつかなかったよ、私は」と、トーストをちぎって食べている優理華。

「さすが、姉さん。太っ腹だし」と、トーストの最後の一口を頬張って、イチゴミルクで流し込む奈菜未が、微笑む。

「太っ腹ってねぇ、そこは肝が据わっている、でしょ。私ったらウエスト55キープ中なの」

「いいなぁ。アタシなんか女子の割に長身だけど。60越えセーブ中だし」

 なにげに天井を見る奈菜未。

 リビング天井のイマドキⅬED式蛍光灯の真ん中に、都会とて一匹くらいはいるであろう……黒い二つ星テントウムシが止まっている。ぱっと見では、それが超高性能ナノサイズのカメラとは気がつくまい。その投影先は……もう言うまでもない、この家の隠された秘密のアジトの自室兼コントロールルームのモニターだ。


 同・地下隠れアジト――コントロールルームの壁掛け大型モニターには――リビングを出て行く奈菜未が映っていて。景山数希と望月零華が盗撮してはいるが、上の空な感じだ。

「ま、一年も見ていれば、平穏な日常などどうでもいいぜ」と、景山がキーボードを操作し、エンターキーを叩くように押す。

 モニターが2分割画面になり、右側に、まずは高峰優理華のデータが今時アニメ風イラスト化した図解が出る。

 ――高峰優理華。20歳。都立大学に通う3年生。高峰家長女。現状の身体は、身長163・体重55。スリーサイズ上から80・55・77。シューズサイズ3Eの23点5。今推しルックは原色系のボディフィットタイプコーデをお出かけテキにして、部屋着兼寝間着は黄色と黒のルーズな感じのスエット好んでいる傾向がある――

「まあまあなイイ女感あるかな?」と、口走る景山。

「我が君ぃ。狙っているの?」と、横槍零華。

「いいや対象外だ。俺の好み、今風に言うと、推しは……(と考えるが)言わぬが花だな」と、操作してエンターキーを押す景山。

 ――高峰奈菜未。16歳。都立の女子校に通う2年生。高峰家次女。現状の身体は、身長166・体重61点5。スリーサイズは上から88・61・78。シューズサイズ3Eの23点5。今推しルックは無く……制服に中学時代の体操着を部屋着にして、唯一誕生日に買ってもらえたピンク系サラニットの上下セパレートのパジャマ。お出かけルックは基本姉のお下がりで、昨年春に買ったピンクのロング丈カーデガンだが、タンスの肥し状態の模様……。未だ児童とティーンの狭間をその精神の成長が行き来している様子のJK――

「ふうん……」と、口走る景山。

「明らかだね、こっちのJK、興味なしは」と、零華。

「ここからどうするかでは劇的に変わるのが、人ってもんだ。特に女子は、ケタ違いによくなったりもするが。ま、本人の気づき次第だぜ。零華」と、景山。

 ――と! また左に投影中の高峰家のⅬDKフロアが揺れる……!

「ヤバッ、地震?」と、シンク近くで自分の皿を持った奈菜未が口走って、立ち止まる。

 揺れが収まって……。

「でもぉ……(周囲を見て)おさまったし」と、その皿を受け取って洗いはじめる優理華。

 奈菜未がドアを出て行く……映像――

「我が君。イレギュラー的に、また地上がブレたよ」

「ああ、地震似の揺れだが。ブレたじゃなく揺れただ! 零華」

「ん。その意味をも持つ語彙として……(コンマ1秒以内に目を光らせる零華)インプットラーニングコンプ! 零華の演算リサーチでは、マントルの影響でなく大気の揺れで。要因に関してはオカ……」

「オカルトチックってか!」

「零華の語尾、またとったし、我が君ったらぁ、もぉー」

「ははっぁ!」と笑った景山が表稼業予定を零華に確認する。「午前9時に訪問アポだ」

 零華の目が黄色く輝く。施設完備コンピュータがワニワニと蠢いて……落ち着くと――2分割のモニターの右にリビングソファでテレビを観る優理華が。左にはトイレに入る奈菜未の廊下俯瞰ライブ映像が投影される。まあその中までは、モグリ盗撮でも、目的は単なる後に来た正しき住民が、モグリアジトの景山を見っけさせないための防止工作だ。


 同・ⅬDKフロア――キッチンからリビングへと移動する優理華。

 その足元の床下収納庫の、更なる下の地面の封印お札が、ペロリと剥がれている。

 ジャーという物音がして、ジャァーと蛇口から水の流れの音もして、半開きドアからまた入ってきた奈菜未が、優理華の座るソファに置いたジャケットを普通に着て……背負いバッグのベルトを両肩交互に通し……担う。

「じゃあ、行くから。夕飯はアタシが当番だね」

「ん。今日は午後からの講義で。でも、普通に帰宅するつもりよ」

「うん。カレシも居なそうだし。カレー曜日だしね。じゃ、いってきまぁす」

 リビングドアを出て行く完全JK姿の高峰奈菜未。

「もぉお気楽ね。そういうとこ羨ましいって。行ってらっしゃい」

 閉じるドアに向かって呟く優理華が、もうワイドショー番組になっているテレビを観る。


 同・玄関の中――JK姿で靴の爪先をトントンしつつ……玄関を出て行く奈菜未……。一応ハーフアップヘアを茶系色のバレッタで止めた……その背中に黒二つ星テントウムシ(以降、景山命名、クロナノテントウと称す)がついて、襟裏へと潜り込んでいく……。


 同・玄関の外――ポーチから少しほどの門を奈菜未が出る。突き当りにつき真っ直ぐ伸びる路地……さらに段差無し路肩歩道を行くと、同じ制服のJKにすぐさま出会って、肩を並べて歩道を行くその後姿……。同種のヘアスタイルながら、キチンとしたイマドキお洒落感ある脱した髪の色のハーフアップ女子だ。

「ふふっ、いこ、夏未ッ」と、こんな癖を、自称すれば微笑み挨拶が定番となった奈菜未。

「うふっ。ん、奈菜未ッ」と、同様に返す夏未。

 この間も、段無し歩道をまあまあな速さで歩いている二人のJK……。

「今日って、夏未? あった? 体育」

「ん、あるよ、奈菜未」

「あ、体育着!」と、一応ハーフアップが振り返る。奈菜未の視線には……すでに100メートルは来てしまった小さい高峰家が見える。そこへ、前からスポーツタイプ自転車を必死こいてくるおっきい男……。振り返り際中の奈菜未は前からの自転車に気がつかず。「危なっ!」と奈菜未の肘を引く夏未だが、自転車が奈菜未のスレスレを通過していく。風がハーフアップの髪をなびく。

「もぉ、危ないって! あれって、ヤバいよね。奈菜未ッ」

「激ヤバよぉ。スポーツなんでしょ。グランドでやりなよって」

「でもロードレースにでも出るんじゃ?」

「ええ? あのデブが!」と、はっきり周囲に分かる大きさで発して指差す奈菜未。

 ちっこいサドルが食い込み過ぎているのか? 鏡モチ大のお尻で見えない状態のスポーツタイプの自転車を懸命にこいでいくマッチョでだない、デブ男。

「あれは、ダイエット目的?」

「ん。でも、手遅れだし。外科の油吸引でもしないと、ムーりぃだし!」

「で? 奈菜未、体育着ぃ」

「あ!」と天を仰ぐ奈菜未がポンと手を打つ。「いいや。生理痛で見学って」

「あ、ヤバァ。バックレ?」

「大人的に言えば、本音と建前の使い分けって、nnkの情報番組で言ってたし」

 と、足をすすめながら……友達と女子トーク全開で登校する高峰奈菜未。



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