ぼったちさん

瘴気領域@漫画化してます

ぼったちさん

 やあ、こんにちは。初めまして。新人さんかな?

 最近は新人さんが多くてうれしいね。MMO界隈って、あんなことがあってから一時期過疎りかけたからさあ……。あっ、初心者向け装備セットとかいる? あっ、要らない。自分でコツコツやってみたいタイプかな? いいねえ、そういう硬派なプレイスタイル。


 えっ? あんなことって何かって?

 ええっと、ぼったちさんって知ってるかな? あー、知らないか。古参には結構有名な話なんだけど……もう10年近く前になるのかあ。


 あっ、検索しても出てこないと思うよ。いや、検索してはいけないキーワードとか、そういうんじゃなくて。単純にね、みんなぼったちさん関連の投稿は消しちゃったんだ。


 どんな話か気になるって? うーん、個チャに切り替えてもいい? あっ、個別チャットのこと。ここ、広場だからさ。みんなが見れるとこだとちょっと厳しくて。いや、気にし過ぎなのかもしれないけど。


 えっと、話す前に約束してほしいんだけど、あんまり大っぴらにこの話はしないでね。あ、いや、別にしてもいいんだけど、その場合は自己責任でって感じで。俺から聞いたって言うのはナシで頼みます。


 うーんと、まず「ぼったち」ってわかるかな? ぼーっと立ってるだけのプレイヤーのこと。いま、この広場にも何人かいるでしょ? たぶん、ログアウトせずに寝落ちしちゃったとか、離席してるだけって人がほとんどなんだろうけど。


 んでね、ぼったちさんって呼ばれるプレイヤーが昔いたのよ。文字通り、ぼったちしているだけの人。一日中、ずーっと最初の広場で突っ立ってるのね。


 ログイン放置とかってわけでもなくて、話しかけてみると反応があるのよ。ほら、ネトゲ界隈の人って結構親切じゃん。「操作方法はわかりますか?」とか、そういう風に話しかけるわけ。そうすると、ぼったちさんはちゃんと返事をくれるのよ。「だいじょうぶです」「わかります」「たのしいです^^」みたいに。


 なんかまあ、やり取りはなんてことはないんだけど、放置じゃないってことは確かだったわけ。


 で、ぼったちさんが有名になったきっかけなんだけど、掲示板でちょっと話題になったのね。24時間ずっとぼったちしてて、でも話しかけると何時だろうがいつでも反応する人がいるって。


 面白がって、検証とかはじまっちゃってさ。中堅ギルドの人たちだったかなあ。単に目立ちたかっただけなんだろうけど、ギルドメンバーで交代して、24時間ランダムに話しかけるってことを1週間くらい続けたんだよね。


 そしたら、本当にいつ話しかけてもすぐ反応があるの。一体いつ寝てるんだってレベル。そんなにログインしてるのに、初期位置からは一歩も動かない。


 これはやばいやつがいる……って祭りになって、みんなが面白がって話しかけるようになったんだよね。ぼったちさんの周りにいつも大勢のユーザーがいてさ、何かしら話しかけてるのよ。


「今日はカツ丼を食べました。ぼったちさんは夕飯何でしたか?」「カレー^^」

「彼氏と喧嘩しちゃった。もう別れた方がいいかな?」「わからないけどかなしい」

「小麦粉を塩と水で練って棒に巻きつけて蒸したものは?」「ちくわぶ」


 みたいなさ、こんな感じのすげーしょーもないやりとり。良識のある人はそんな嫌がらせみたいなことやめろって止めてたけど、まあ、こういう悪ノリって止まらないよねえ。それに、


「みんなに話しかけられて迷惑じゃないですか?」「たのしい^^」


 って、ぼったちさん自身がこんな感じだったから。


 でさ、だんだん祭りの規模も大きくなってきて、ぼったちさんと一緒にスクショ撮ったり、ぼったちさんの足元にアイテムを置いて「お供物」だなんてのが流行りだして。悪ノリするやつは菊の花で周りを埋め尽くしたりして。さすがにあれは悪趣味だったよなあ。ぼったちさんのファンが徒党を組んで犯人をPKしまくるなんて事件も起きたよ。


 それがどうして過疎の原因になったのかって?

 変わり者だけど、人気者じゃんって?

 うーん、まあ、ここまではそうなんだよ。でも、ここから先があるんだ。


 ぼったちさんがね、他のサーバーでも発見されたの。っていうか、このゲームの全サーバーで。ユーザーネームとキャラデザがぜんぶ一緒で、それまで気づかれなかったのがおかしいくらい。当時でも100以上サーバーがあったのに、そのぜんぶで。で、ぜんぶ話しかければ同じ調子で返事してくれるの。


 これはAIなんじゃないかとか、複数人でやっているんじゃないかとか、いや某国のスパイだとか、幽霊なんじゃないかとか宇宙人だろうとかそんな説が色々飛び交って……まとめサイトなんかにも取り上げられて、ゲームの外でも話題になったのね。


 そしたら、他のゲームでもぼったちさんが大量に見つかったんだよ。当時はまとめWikiなんかがあってそれでまとめられてたけど、たしか70か80くらいのゲームでぼったちさんの目撃情報があって。やっぱりそれぞれぜんぶのサーバーにいて。アカウントの数で言えばたぶん千個以上だよね。それがぜんぶ、ぼったちして会話してるの。


 一体どうやってたのかって? いや、俺に聞かれてもわかんないよ。


 それで、ぼったちさんが有名になって、そうなると成りすましも出てくるんだよね。所詮はゲームだからさ、その気になればキャラデザなんかそのままパクれるし、ユーザーネームもそっくりにできるじゃん。こそっと半角スペース紛れ込ませるとか、目立たないところにピリオドを混ぜるとか。


 で、そういう偽物ってさ、結局愉快犯じゃん。だから問題を起こすんだよね。突然暴言を吐いたり、アイテムの取引詐欺とかまでするやつらが現れてさ。初心者とか、エアプ勢とかなんかはぼったちさんのことなんか詳しくないからさ。そういう悪どいことをする集団だって勘違いした人たちが本物のぼったちさんに凸ったりみたいな事件まで起きたのよ。


 昔から知ってた人たちは、ぼったちさんがそんなことするわけないって知ってるから擁護してたんだけど、こういうのってどうしても悪い話ばっかり広がるからね。ぼったちさんにかけられる言葉も、


「この詐欺師」「ちがう」

「これでいくら儲けたんだ?」「もうけてない」

「炎上商法おいしいです^q^」「しょうばいしてない」


 こんな感じのが目立つようになっちゃって、なんか本当にこう、ひどかったんだよ。


 それで荒れたのが過疎の原因だったのかって? いや、これで終わらなかったんだよ。


 ある日ね、ぜんぶのゲームの、ぜんぶのサーバーの、ぜんぶのぼったちさんがさ、同じ言葉を一斉に呟いたんだ。


「やめて.zip」


 って。

 何のことかって思うよね。


 掲示板とかで大勢が調べてさ、すぐにわかったんだけど。

 ぼったちさんがSNSでアカウントを作ってたんだわ。

 で、アップローダーにzipファイルを置いてたわけ。

 何のファイルだろうって思うじゃん。

 えっと、解凍するとこんな感じで、


■やめて.zip

・AAAA(←これ、SNSのIDね)

 ┠自宅

 ┗会社

・BBBB

 ┠自宅

 ┗学校

・CCCC

 ┠自宅

 ┗病院


 みたいなフォルダが6つ。

 ぜんぶが成りすましのアカウントの本垢だったっぽいんだよな。自宅とか、会社とかの中身はSNSとかブログのスクショがびっしり。自宅の窓から撮った写真、昼飯を食べた店の写真、支店名が印字されたスーパーの弁当の写真、「今日は休日出社。〇〇線ガラガラ」みたいなつぶやきとか。


 説明は一切なかったんだけど、これ、完全に特定してるよな。検証してた人らもいたけど、土地勘があれば「あっ、あの辺か」ってなる感じで、知り合いが見たらたぶんひと目で「あいつか」ってわかるレベルだったみたいで。


 これで成りすましは一瞬でいなくなって、最初は「ぼったちさんTUEEE!」「成りすましざまあ!」みたいに盛り上がったんだけど……そこから、ぼったちさんに話しかける人も、そもそも話題にすることすら避ける人が増えたんだ。


 だって、そりゃそうでしょ? 千個以上のアカウントを同時並行で動かせる謎の人物で、その気になれば特定も楽勝だってことがわかったんだから。ハッカーでも幽霊でも宇宙人でも正体は何でもかまわないよ。名物おじさん的に親しんでた人がさ、懐にショットガンを隠してたようなものじゃん。


 みんなうっすら怖くなって、ぼったちさんに関わった人はアカウントを消したり、まとめやSNSの投稿なんかもぜーんぶ消されたってわけ。まあ、手遅れなんかじゃないかなって思うけど。


 これがこのゲームが一時期過疎った理由。当時のプレイヤーでぼったちさんと絡んでない人なんてほとんどいなかったからさ。そういう人たちが一斉に引退したり、アカウントを作り直して転生しちゃったりしたんだよね。


 ぼったちさんは今もいるのかって?

 いや、その騒動があって、しばらくしてからいなくなっちゃったんだよ。ああいう形で目立つのは嫌だったのかもねえ。


 ところで君、さっきから一歩も動かないけど、操作方法とかわかる?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ぼったちさん 瘴気領域@漫画化してます @wantan_tabetai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ