第2話
「お前、異常だ」
竜二の奴が、いかにもと言う顔でぼそりと呟く。
「やあね、男の嫉妬って」
ティ-カップを揺らし、渦巻く夕日の波を見つめながら、あたしはにっと口許を引き上げて笑ってやった。
「嫉妬って、お前なぁ・・・・」
竜二は、甘い顔を歪めて溜め息を吐いた。
一口紅茶を口に含んで、あたしはティ-カップをソ-サ-に戻す。
竜二に呼び止められたのは、病院を出てすぐの所だった。彼は偶然のような顔をしていたが、どうせ最初から待ち伏せしていたんだろう。
彼と仲良くお茶するような義理はないが、まあ憂さ晴らしにからかってやろうと言う気持ちで、ここまで来たのだが・・・・・。
複雑な表情で、母親の具合はどうだと聞かれた時には、正直言って一発殴ってやりたいような気分になった。
厭味なら笑って済ませてやる。けれどこの人は、あたしに本気で同情していた。それが、途轍も無く不愉快だった。
「あんた、もっと静かにコ-ヒ-が飲めないの?みっともない男ね」
微笑を浮かべたまま、あたしは竜二の言葉をわざとはぐらかす。
彼と真面目に語り合うなんて気は、元よりさらさら有りはしなかったのだ。
「ゆかり、真面目に聞けよ。俺はな、お前達の事を思って言ってるんだぞ。それなのにお前ときたら・・・・」
がちゃがちゃと乱暴にコ-ヒ-カップを皿に置いて、竜二は疲れたように椅子の背にもたれた。
はっ、心配なんて大きなお世話よ。あたしは別に、心配される程か弱い訳じゃない。
冗談じゃないわ、なんだってあたしが、この男に心配されなきゃならないの?
微笑みながら、正面に座る父親そっくりの顔を見つめた。
この世で一番憎い男と瓜二つの顔・・・・・。
目が少しだけ細くなったのが、自分でも分かった。
・・・・嫌だ、あの人はもう関係ない筈なのに。それなのにこうやって、何時までもあたしにその影を追わせる。
竜二に父親を見ていると分かって、心底自分に嫌悪感を抱いた。それを誤魔化す為、一度瞬きして視線を横に流す。
あんなクズ、何処で何をしていようがどうでもいい。
あたしにとって、ゴミ程の価値もない男なのだから・・・・。
「あんた、馬鹿じゃない?そんな下らない話しをする為に、あたしをこんな所に連れて来た訳?余計な事ばっかりしてると、そのうちハゲるわよ」
「ゆかり!」
あたしは、トレ-ドマ-クの笑みを浮かべたまま、再び竜二の顔に視線を戻した。
何を、そんなに剥きになっているんだろう?
心を探ってみようかと思って、やっぱり止めた。
彼は、優れた対トランシ-バ-法を身につけている。彼の心を覗くのは、あたしでも少し手間がかかるのだ。
そりゃそうだろう、なんたって半分血の繋がった人間なのだから。あたしと同じ、強い能力者の血が流れている。
父は、潜在的な能力者だったんだろう。だから、無意識のうちに能力者であるあたしを嫌った。
竜二とは離れて暮らしていたし、彼はテレパストではなかったから、あの人は気付かなかった。
あたしや母を嫌えば嫌う程、あの人の思いは遠く離れた母子へと向かう。
確かに、コンテナ-(PK能力者)の方が、自分の能力に気付き安いだろう。そして、彼らの方が上手く隠す事が出来る。
ついぽろっと口にしてしまう、トランシ-バ-(テレパスト)やスクリ-ン(サイコメトラ-)とは違って・・・・。
「頼むよ、真面目に聞いてくれ。お前が由沙を気にいってるのは、よく分かっている。俺だって、お前達がデュオをしていくのは悪いこととは思ってない。だがな、お前達の親密さは異常だ。もし何かあった時、駄目になっちまうぞ」
竜二は、あたしの気持ちなど全然気付かず、まださっきの話しの続きをしていた。
駄目になる?
そこまであたしは、やわな人間じゃない。一体あたしを、誰だと思ってるんだ。
あたしは、心の中で苦々しく吐き捨てた。
しかし、
「あら、随分親切な事ね」
心の憂鬱は顔に出さず、殊更おちゃらけた調子で言ってやる。途端、竜二は途轍も無く嫌な顔になった。
「お前なぁ、ふざけるなよ」
「何言ってんのよ、あたしは至って真面目よ。こ-んなに真面目なのに、ふざけてるように見える?おかしいわねぇ」
「話しにならねぇ」
竜二は、完全に怒ったようだった。
ふいっと拗ねたように横を向き、そのまま黙り込む。
馬鹿な男。自分の事だけ、考えてりゃいいのに・・・・・。
竜二、あんたは幸せよ。そうやって、自分でもない人間の事を考える事が出来るんだから。
あんたと由沙は、同じタイプの人間なのだ。屈折しきってしまった、あたしとは違う。
あんたのような優しさが、あの人にもあったら良かったのにね。あの人の外見はあんたが受け継いだようだけど、残念ながら悪い質の方は、全てあたしが受け継いでしまったわ。
時々自分に流れる血を感じ、吐き気がするくらいだ。
竜二の顔が、全てを捨ててしまった男の顔と重なる。
あたしを否定して、母を否定して、呪いながら去って行った人。
あたしにも、未練というものが有るのだろうか?だからあたしは、父を許せないのだろうか?何時か捜し出して殺してやりたいと、今でも思っているのはその為だろうか?
社長に拾われるまでは、常にそればかり考えていたものだ。
ふっとにやにや笑いを止め、あたしは伝票を取って椅子から立ち上がった。
このままここに居たら、どんどん不毛な考えに陥ってしまいそうだった。
「由沙の心配してるなら、大丈夫よ。あの子、あれで結構強いから。このあたしが保証してるのよ、安心して」
くしゃり、竜二が前髪を掴む。それから、俳優ばりの甘いマスクを歪め、じろっとあたしを睨んでくれた。
「これ、必要経費として落としておくわね。社長も、それくらい大目に見てくれるでしょう」
あたしは、それにとびっきりの笑みで答えて、ひらひらと彼の目の前に薄い伝票を振って見せる。
「分かってるさ、それぐらい。俺は、由沙の心配なんて最初からしてない。俺が心配しているのは、お前だ」
おどけて笑うあたしの視界に、真剣な表情の竜二が映った。あたしは、くるりと無言のまま彼に背を向ける。
それから一言、
「ば-か」
「ゆかり!」
がしゃんがしゃん、カップの割れる音が響く。焦ってあたしを追い掛けようとした彼が足をテ-ブルにひっかけたらしい。
ドジな男。
あたしは手だけ振って、そのままさっさと喫茶店を後にした。
※この物語はフィクションであり、登場する団体や人物等は、実際には存在しない架空の物語です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます