<26>【錬金術師バルトス】inside

 開拓地では、まだ、色々なものが足りない。

 あぜ道みたいな街道を渡り、品を運んでくる行商人に、乏しい稼ぎの中から割高な代金を払うしかないというのが庶民の実情だった。

 実際それを当て込んで、開拓地へ商売しに来る行商人は案外多く、扱われる品も様々だ。


「これは……」


 市場を冷やかしがてら、何か有用な品が買えないかと見て回っていたバルトスは、とある行商人の露店で足を止めた。


 指輪に腕輪、首飾りなど。安っぽいアクセサリーが並んでいる。

 ぱっと見、不揃いで歪んでいるようにも思えて、ちょっとプレゼントに買うのは憚られる品質クオリティだ。粗製な手作り品である。

 だがその全てが、錬金術師なら見間違えようもない、目も眩むほどの蒼銀の輝きを宿していた。


「嬢ちゃん、お目が高いね。

 綺麗な透き通る蒼色だろう。グラセルム製のアクセサリーさ」

「グラセルム……? と言ったか?」

「ああ」


 絶句して、バルトスは値札を再確認する。

 目の前のアクセサリーは確かにグラセルム製に見える。だが、値段がそれに見合わない。


『冗談だろ。これが本当にグラセルムならアクセサリーになんか使えるわけが……』

『バルトス様。

 グラセルムが高等ゴーレムの中枢回路に用いられるようになったのは、バルトス様の知る歴史の中でも勇者歴1997年以降です。

 それまではアクセサリーや食器の材料とされる価値の低い金属だったのですよ』

『マジで?

 インターネットよりも後なの?』


 横からレイブンに補足されて、半分納得しつつもバルトスはまだ信じられない気持ちだった。


 レイブンのような高等ゴーレムは、もちろん高価だが、その値段の大部分……少なくとも半分以上は、頭脳に収められた小さなグラセルム製コアによるものだ。

 それを、いくら綺麗だからって指輪や腕輪に加工して、こんな馬鹿みたいな安値で売るなんて。


「これは皆、グラセルムのアクセサリーかの?」

「応!

 どれもブルジ山の職人ドワーフたちが一品一品手作りした、他には無い……」

「全て買おう」

「ひっ?」


 バルトスは即座に言った。

 レイブンは財布を取り出すまでの一瞬で値札の合計金額を計算し、丁度の金額を行商人に押しつける。そして、商品が並んだテーブルを傾けて、中身を全部、鞄に流し込んだ。


「ま、毎度ありー!

 どうか今後ともごひいきに!」


 足早に家路を急ぐバルトスの背中を、行商人の裏返った声が追いかけてきた。


 * * *


 先日、バルトスが購入・探索した遺跡は、軍用ゴーレム整備工場の一部だったらしい。

 ……残っていたのは僅かな設備と、もはや修理用のパーツも抜ききった、残り滓のようなスクラップばかり。出せるものは全て戦いに出した結果だろう。


 だが、いくつかのアーティファクトを完品で発見した。

 後はそれを分解解析リバースエンジニアリングすれば、『マナ・アナライザー』を再現する目処は立つ筈だ。


 次に欲しいのは、高性能計算機スパコンだ。

 缶詰状態の遺跡内にあったとしても、2000年前の計算機など基本的に壊れているわけで発掘は絶望的だが……グラセルムが手に入るなら、代用品を用意できる。


『ここにセットすれば大丈夫?』

『はい』


 堅牢なオーブンみたいな筐体内に、バルトスは青いインゴットを据え付ける。アクセサリーを王水で溶かし、複数の金属を少量ずつ混ぜ、一つのインゴットに固めなおしたグラセルム合金である。あまり綺麗な形ではない。


 遺跡内に残されていたこの筐体は、小型部品製造用の3Dマルチテックプリンターだ。設計図データと材料さえあれば大抵のものは製造できる。

 折角見つけたプリンターも、無事なのは筐体部分だけだった。魔力を流しても起動しない。

 だが、レイブンがネットワークケーブルを繋いだら、筐体は重低音を上げて動き始めた。壊れた頭脳部の代わりにレイブンが命令を出しているのだ。


 筐体の中で燐光が瞬く。グラセルムの塊が内蔵術式で流体化し、それを使って積層造形がなされているのだ。


 レイブンは、自己修復用パーツの設計図データを記憶していた。それこそ……材料と製造設備さえ揃えられるなら、自分を複製できるだけのデータを。

 何故ここまで、とバルトスが呆れるほどだったが、それが現に役立っているし、自らの構造に知識を持つがため、彼女は2081年間どうにか機体からだを保たせて稼働し続けられたのだろう。


『……グラセルム鉱山を今のうちに買っておいたら大金持ちになれないかな』

『この時代の技術水準を鑑みるに、バルトス様ご自身がグラセルム革命を起こすか、およそ200年ほど待てるなら可能かと思われます』

『しゃーねえ、後で考えよう』

『さて、できましたよ』


 プリンターが動きを止め、レイブンが筐体の蓋を開ける。

 幾何学的魔術紋様の刻まれた、大人の手のひら程のサイズの蒼い術式盤モノリスが、ふわりと湯気を立てた。


『性質上すぐに放熱しますが、完成後22秒間は火傷の可能性がありますので触らないでください』

『じゃあ、お前が喋ってる間に大丈夫になったんじゃないか?』

『……はい』

『なんかレイブン、こういう言い方が好きだよな。

 過剰にゴーレム的な情報過多って言うか……』

『「らしさ」を意識しているんです。

 それに、言葉を惜しめば取捨選択の時点で主観が混じり、情報伝達のノイズになります』


 レイブンは自ら、まるで古代の王国が罪人を磔にした拘束具みたいな作業台に跪き、自分の頭を固定する。

 そして(過程については描写を省くが)ウィッグを取り外して頭蓋を開いた。


 彼女の頭部を真上から見ると、防護殻によって守られた術式盤モノリス挿入口スロットが並んだ構造だ。その隙間にミスリル銀の導線が詰め込まれている。顔面を構成するパーツや頭部センサー類は、ポケット状の部分に格納されていた。


『メインコアは一旦入れっぱなしにしようか。

 サブコアを増設する形にして、今後メインコアがダメになったときの保険と並列処理サポートを兼ねようと思う』

『それが妥当かと私も考えます』

『ちなみにグラボとか積みたい?』

『要検討ですね。

 ……ん゛ぉ゛っ゛』


 擦り切れて、表面に粉を吹いた2000年モノの術式盤モノリスの隣に、バルトスは真新しい輝きの術式盤モノリスを挿入する。

 レイブンがビクリと震えて変な声を出した。


『どう?』

『おそらく……問題ありません』

『良かった』


 できたてのコアを挿した挿入口スロットが、青白い燐光を放つ。魔力が通い始めたのだ。

 こんな無茶なやり方で製造したコアが正常に動作するのか、バルトスは少し不安だったので、ひとまずほっとした。


 レイブンは(過程については描写を省くが)頭蓋を嵌め直し、ウィッグを再装着する。


『……こんな形で、今の時代でも、高等ゴーレムコアを製造できるのであれば……』

『うん?』

『機能停止した私の姉妹たちを蘇らせることも、できるでしょうか』

『あ……そうか。

 同じ機体からだを作る事にこだわらないなら、後はもう、コアだけか』


 考えてもいなかった選択が、急に現実味を帯びてきた。

 VRMMOでレアドロップを引いた瞬間のように、バルトスの胸が高鳴る。


 多くの錬金術師とは見解を異にするかもしれないが、バルトスは外見や機能よりも人格面で、ゴーレムの同一性を考える。

 そして高等ゴーレムを作るには、高い演算能力を実現しつつ、疑似魂ゴーレムソウルと高度に同調するグラセルム製のゴーレムコアが不可欠だった。

 技術が退行した現代に、ゴーレムクラフター企業は存在しない。だが、こんな形でゴーレムコアを作れるなら、できる。やれる。


『いいね、それ! 絶対やろう!』

『ありがとうございます、バルトス様』

『レイブンがお礼言うようなことじゃないって。

 みんな俺の命の恩ゴーレムなんだから』


 人生にあれ。

 目下バルトスは、マナ・アナライザーを再現して世界に広めることを目標としているが、その次に成すべき事ができた。


 もし、今の世界を少しでも良くすることがバルトスの使命だとしたら、そのためにも有意義なステップとなるだろう。


『まずシェルターに残してきた残骸から疑似魂ゴーレムソウルをサルベージしなきゃだろ。

 それで壊れたゴーレムコアをリサイクルするより、材料を集めて新規製造する方が早いよな。

 魔力炉ジェネの出力は現代のやつだと……』


 空気の流れどころか、時間すら止まったような静謐な廃墟に、厳かな足音を響かせて二人は歩む。


 成すべき事が定まれば、不思議とそれだけで、覚悟が決まって腹が据わる。

 人生に対する解像度が上がっていくかのようだった。

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