<25>【農英雄カルビン】わるもの

「仕事の依頼だ、カルビン」

「はあ……?」


 ある日、シルヴァがカルビンの家を突然訪ねてきた。

 彼の勧誘はカルビンにとって、何重もの意味で妙な話だった。


「俺は冒険者を引退したはずだがな」

「それを承知で、お前に頼みたいんだ。

 北方開拓地で住み込みのハンターをしてほしい」

「そんなに冒険者が足りんのか。

 あの“六勝七羽アムプトウイング”のリーダーに、ガキの使いみてえなことさせてまで、俺みてえな引退者を駆り出すなんてよ」


 キャリアが長い冒険者は、冒険者ギルドの運営に関わる機会も多くなる。

 なにしろ世間にも顔を知られた英雄となっているものだから、ギルドの代表としてお偉いさんと会談したり、冒険者たちのまとめ役として内部の調整に当たったりだ。


 とは言え熟練冒険者は、他に回せない大事な依頼クエストを抱えている場合も多いわけで、動く場合はそれなりに大事だ。


「言うほど足りなくはない。

 だが少々まずいことになっててな。『推定脅威度7』クラスの、大規模な魔物のが向こうで確認された。

 その頭目が先だっては、領主様のご令嬢を差し出すよう要求までしてきたんだと」

「マジかよ」


 『推定脅威度』とは、『どのランクの冒険者に解決を任せるのが適切か』という、冒険者ギルドが用いる指標だ。

 ランク7の冒険者ともなれば、押しも押されぬ大英雄。そして『推定脅威度7』の魔物というのは、放置すれば小国ぐらい滅ぼしてしまうという分析だ。


 頭目が『7』で、大規模な群れだというなら、手下には『6』や『5』がウヨウヨ居てもおかしくない。

 そこまでの事態となれば、個の英雄に頼るより、騎士団が軍として対峙すべき案件だ。大抵の場合、その方が上手くいく。集団戦闘や、対軍兵器の運用は、魔物より人の方が遙かに上手だからだ。


「騎士団も討伐を準備しとるが、その準備と……残党の掃討まで含めたら年単位だろう。

 その間、一般市民の生活を守る手を増やさにゃあならん。

 お前が今、この村でやってることと同じだよ。しばらく開拓地に出張してやってほしい。もちろん、そのまま住み着いてくれても結構という話だ。家も畑もくれると」

「家だの畑は今あるので十分だが……住んでるだけで、この報酬か」


 依頼書の体で書かれた書類を見て、カルビンは唸る。

 話を持ってきたのが旧友のシルヴァでなかったら、詐欺を疑うほどの好待遇だ。


 畑の隅の二輪の大花を、カルビンは見やる。

 毒々しい妖姫花アルラウネの花は、一年草ではない。栄養さえ十分なら雪の中でも咲き誇る。それ故、冬枯れの森の中ではあからさまに怪しく見えるほどだ。

 二輪の花の座の上に、それぞれ一つ、人型のめしべが座っている。お揃いの格好をした二人(?)は、双子のようにそっくりで、首を傾げる所作まで揃っていた。


 誘惑の疑似餌たるめしべたちは、たっぷりと栄養を受けて、肥えるでもなくひたすらに美しくなった。

 繊維質の髪はエメラルドのように艶やかに輝き、葉脈の走る肌もいっそう潤って瑞々しい。目鼻立ちの整った顔は、なるほど、作り物だからこそ完璧な形を持つものに、命を吹き込んで動かしたらこうなるのだなという、驚嘆すべき麗しさだ。

 咲きたての頃より身長も少し伸びて、手足もすらりと均整の取れたものになった。胸は確実に当初よりデカくなっている。


 彼女らが飯をたらふく食って、美しくなるのは良いことだ。

 しかし、その肥料メシ代がまた、馬鹿にならない。育ち盛り食い盛りの子ども二人、育てている程度の金は掛かる。


「村のことなら構わんぞ、カルビン。

 今までお前に甘えちまってたが、まあ、どうとでもなるさ。

 山も、ほれ、冒険者が入るようになったから、魔物が降りてくることはそう無かろう」


 シルヴァと一緒に来た村長も、ハゲ頭を光らせてドンと胸を叩いた。

 実際、村に魔物が降りてくるどころか、山の中でも禄に見かけなくなったのは本当だ。代わりに別のトラブルは起こるようになったが、それはもう、対応するのがカルビンでなくてもどうにかなる話だろう。


「引き受けてくれるか?」

「条件が一つある」


 * * *


 開拓民のキャラバンは、開拓地への玄関役となる“前衛城塞都市”ロゥフの門前にて準備を整えていた。


 馬車は、荷物や開拓資材を運ぶ分しか無いので、人は歩きだ。まあ、助けがあるだけでも有り難いと考えるべきだろう。


 そんな中でカルビンは、一際立派な荷車に深く土を敷き詰め、巨大なプランターのようにしていた。貸し出された荷馬もご立派だが、土の重さも考えたら馬は途中でバテるだろう。カルビンも馬を手伝って荷車を牽くつもりだった。


「ぼ、冒険者さん、なんです、それは……」

「俺が球根から育てたアルラウネだ。

 赤いリボンの方がプリム。

 青いリボンの方がティアーナ」


 出発の準備をする開拓民が、カルビンの荷車を見て唖然としていた。


 車輪付きプランターと化した荷車の上には、毒々しい大花が二輪。

 繋がった根っこごと、アルラウネの花をカルビンの畑から掘り出して、そのまま載せたものだ。

 ヘソの緒のような蔦で、本体の花と繋がっためしべたちは、場違いな華やかさを醸す。


「魔物ですよね?」

「ああ。

 この通り、領主様の飼育御免状も頂いてる」


 カルビンは、押印された羊皮紙の巻物を拡げて示す。


 仕事を引き受ける条件としてカルビンが求めたのは、開拓地でアルラウネたちと共に暮らせるよう、手配することだった。

 正式な飼育許可を貰えるように。そして開拓地までの運搬手段も用意して貰えるように。


「ご、御免状があるったって、そんな」

「飯ならやってるから、人を襲ったりはしねえよ。

 仮にそんなことがあったら、誰かが怪我する前に俺が処分する」


 そう。

 何かあれば。それが魔物と共に生きる者の責務だとカルビンは知っていた。

 冒険者の中にも、魔物を飼い慣らして戦わせる魔物調教師モンスターテイマーというのが居るが、『自分や、自分の所属するパーティーが殺せる魔物しか扱わない』というのは、魔物調教師モンスターテイマーにとって血の掟だ。

 まして、見張るべき魔物から目を離して長期の出張をするなど言語道断だった。


 アルラウネたちを村に置いていくわけにはいかない。

 何かの拍子に二人が魔性を取り戻したとき、村の衆では手に負えないだろう。アルラウネは弱い魔物ではないのだから。


「けっ。魔物を飼うような奴の言うことが信用できるかってんだ」


 痰が絡んでいるかのように、ねばつく悪態が飛んできた。


「どこかで見た顔だな」

「その節はどーもぉ」


 腕を組んでふてぶてしく笑っているのは、以前ヨノ村の酒場で暴れた冒険者だ。確かボルドという名前だった。

 あの時は冒険者パーティーのリーダーだった筈だが、今、彼は独り、開拓団に参加している様子。装備もカルビンが急ごしらえで準備したものと大して変わらない、出来合いの防具だ。

 今に至るまでに彼に何があったかは、カルビンは与り知らぬし、興味も無い話だった。


「てめえの噂を聞いたぜ、犯罪者。禁制のヤクがバレて、田舎に逃げ帰ったそうじゃねえか。

 とうとう故郷も追い出されたか」


 ニヤニヤと嫌らしく笑いながらボルドは言った。


 ボルドは、この一言でカルビンを完膚なきまでにやり込められると思っていたようだ。

 実際にはカルビンは、見知らぬ人全てが自分を知っていて犯罪者だと信じている前提で行動しているので、人前で罵倒されたところで痛くもないのだが。


「犯罪者はどっちだろうな」

「あ?」


 こういう輩は、獣と同じだ。

 痛い目に遭わせなければどこまでも付け上がり、厄介事をプレゼントしてくる。


「この辺じゃ誰も知らないと、たかを括ってたか?

 昔の仲間に聞いたんだが、東の国では犯罪者に、罪の証として刺青を入れるらしいな」

「なんっ……!」


 ボルドは慌ててすぐさま、腕を抱き込むようにして隠したが、カルビンはそれを既にしっかりと見ていた。


「てめえの腕、ケチな盗みに婦女暴行、傷害か。

 盗みを含めて三犯なら流刑か死刑だろう。てめえが生きてるってことは一つの事件。それなのにここまで盛りだくさんなら、居直り強盗でも働いたか」


 カルビンの指摘の正しさは、ボルドの顔色が証明していた。

 ふとボルドが周囲を見回すと、視線を向けられた者は避けて後ずさり、北風は更に冷たさを増す。


「お、おい、なんだてめえら!

 犯罪者が言うことを真に受けるのか!」

「はっはっは! 嫌われちまったか。

 じゃあ犯罪者同士、仲良くやろうじゃねえか!」

「くそ!!」


 ボルドは苛立たしげに地面を蹴りつけ、出発時間にはまだ早いのに、自分の荷物だけ担いで歩き出す。

 おそらく彼はカルビンと同じように、道中の護衛役として報酬を受け取っているはずなのだが、惜しんで引き留める者は特に居なかった。


 * * *


 キャラバンが出発して最初の夜。


「「カルビン」」


 カルビンはしっかりしたテントではなく、防寒幕で庇を作って、その下で寝袋にくるまっていた。

 そこを夜半、隣に止めた荷馬車で眠っていたはずのアルラウネたちが、揺すり起こす。


「なんだ、こんな時間に」

「わたしは」「わるもの?」


 まるで一人が喋っているように継ぎ目無く、二人は一つの言葉を紡ぐ。


「むらのひとと」「ちがう」「こわがる」「わたしを」「カルビンを」

「んー……」


 二人は、悲しい戸惑いを必死で訴える。


 実際カルビンは、共にキャラバンとして北へ向かう開拓民たちに、今朝方のボルドと同じくらいには忌避されていると感じた。どう言われても一般人にとって魔物は怖いし、魔物を飼うような奴は得体が知れないからだ。

 皆、気が気ではないだろうと思って、カルビンは自分の荷馬車共々、離れて歩いた。


 こんな事は、村では無かった。

 村の者は家族みたいなものだ。みんなカルビンを知っていて、カルビンを信頼しているから、いきなりカルビンが育て始めた変な花にも好意的だったのだ。

 だから、きっとアルラウネたちは、敵意と疎外を、ここで初めて知った。

 そしてそれに傷つき悲しむくらいには、人に馴染み、知恵を得てしまった。村の子どもたちの遊び相手になるうち、アルラウネたちはカルビンが驚くほど賢くなっていった。もはや、心無き生きた罠には戻れないだろう。


「お前ら、もう人を食ったりしないだろ」

「たべない」「カルビン、ごはんくれる」

「だけど他の奴らは、すぐにはそうと分かんねえわけだ。

 だから、自分が食われるかも知れねえって思って、怖がるんだ」


 カルビンは口下手、世渡り下手を自負している。

 こんな時に巧いことを言って優しく納得させる方法などとても思いつかず、鉄を金槌で打つように、ただ自分が思った通りを語り聞かせることしかできなかった。


「しょうがねえとは思うぜ。

 でもな。お前らが悪いわけじゃない。お前らは全然悪くねえ。

 簡単には解決しねえ、面倒くせえ擦れ違いが、あるだけなんだ」

「わたし、ひと、たべない」「ぜったい、たべない」

「そうか。偉いぞ。

 ……俺は、お前らを信じたい」


 『信じる』と、欺瞞を述べはしなかった。それをすればカルビンは、人の側には立てなくなる。

 代わりにカルビンは、二人の頭をわしゃわしゃと撫でた。絹糸のような髪が乱れた。


「ところでお前ら、なんでリボン交換してんの?」


 カルビンは地面を少し掘り下げた場所に魔力灯ランプを置いて、一晩中付けっぱなしにしている。

 そいつにぼんやり照らされた姿を見てみれば、何故だかプリムが青いリボンを、ティアーナが赤いリボンを着けていた。


 二人は一瞬、驚いた顔をして、それから弾けるような笑顔になって、カルビンに飛びついてきた。


「「カルビン、すき」」

「なんでだよ」

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