<23>【錬金術師バルトス】ハゲタカ

「ありがとうございます、先生がいなかったら俺の命は無かった!」

「大事にな」


 筋肉塊そのものの男は、跪いてバルトスと目線を合わせ、目を潤ませて小さな手を握っていた。


 先日、架橋工事の現場で事故があった。彼は事故に巻き込まれた建設作業員だ。

 積み上げていた資材が崩れ、建材に腹を潰された彼は、事故現場に駆けつけたバルトスが魔法薬ポーションを使って治療していなかったら、神殿に運ぶまでもなく死んでいただろう。


『……俺が「先生」、ねえ。

 こんなショボいポーションでで商売しちゃっていいのか、後ろめたくなってくるよ』

『需要があるからこそ、相応の代価が支払われているんです。

 後ろめたくなどありませんよ』

『まあね』


 何度も振り返って感謝する筋肉男を見送りつつ、バルトスは嘆息する。


 神殿や病院にポーションを卸し、余った分は自ら売っている。

 バルトスが調合できるポーションなど、バルトスにとっては間に合わせの傷薬でしかない。それが『死の神を欺く妙薬』とまで有り難がられ、大金が支払われるのだ。詐欺でも働いている気分だった。

 しかし現実として、こんなポーションを作れるのは、今の世界にバルトス一人。値段を決めるのは需要と供給のバランスだ。


『蓄えの方は』

『おそらく十分かと』

『よし。アレが買えるな』


 ポーション作りは思っていたよりも良い商売で、金は瞬く間に貯まった。

 その金の使い道は、もう決まっていた。


 * * *


 開拓地の森林は、ほぼ人跡未踏だ。

 この奥で遺跡が確認されていると言うことは、一応、一度は調査の手が入ったのだろうが、その痕跡はとうに埋もれているようだ。


 先に立つレイブンが山刀を二刀流で振り回し、バルトスのために道を切り拓いていく。

 ご立派な羊皮紙製の権利書を弄びつつ、バルトスは歩いた。


『まさか遺跡が金で、しかもこんなに簡単に買えるなんて……』

『まだ遺跡を保存するという文化意識が官民共に育っていないのですよ。

 開拓局も予算が欲しいようですし』

『何にせよ、お陰で堂々と近づけるってもんだ』


 開拓地では、いろいろなものが売りに出されていた。

 人里離れた、開発の予定が無い森や山。農地になるかも知れない原野。

 そして、遺跡。

 活用しきれないものや、役に立たないものを売り払い、金に換えているのだ。


 実際これは、買う側にとってあまり割りの良い投資ではない。

 買った土地に開発の手が及び、値上がりするのは何十年後になるか。もしくは稀少資源の鉱脈でも見つかれば大儲けだが、なかなか、そう都合良くはいかないものだ。


 ただしもちろんバルトスは、遺跡を『使う』手段を知っている。

 古代文明の軍事基地跡……中に何が残されていたとしても、金には換えられないようなお宝だ。


『……バルトス様。後をつける者があります』

『何?』


 森の中に入って、経路の半分ほど進んだところで、レイブンが唐突に呟いた。

 彼女は何食わぬ顔で作業を続行しつつ、声を潜めて言う。


 遺跡の他には何も無い森の中だ。

 街道からも大きく外れている。

 こんな場所に誰かが来るとしたら、バルトスを追いかけてきたとしか思えない。まさかキャンプやピクニックではあるまい。


『捕らえますか』

『怪しいだけで、まだ何かされたわけじゃないからな。

 ひとまず声を掛けてみる。相手がもし何かしてきたら……』

『かしこまりました。私が対応致します』


 この開拓地の治安の悪さを、バルトスも身を以て知っている。

 まして今やバルトスは、開拓地では有名人だ。金を蓄えているからと、標的にされることもあり得よう。

 もっとも、どんな犯罪者でもレイブンには敵わないだろうが……


「のう、ぬし。それで隠れているつもりかえ?」


 バルトスは足を止めて振り返る。


 もちろんバルトスは隠れている者の気配など分からぬ。

 鬱蒼とした静かな森の中に、レイブンの作った一直線の道があるだけだ。

 だが、バルトスが声を掛けると、木々の影から姿を現す者があった。


 いかにも山や森を歩きやすそうな、全身を覆う格好の男たちだ。戯画的な秘境探検隊の風情を漂わせる。


「冒険者か?」

「違うな。俺たちは探検家だ。

 古代文明の遺跡の財宝、ってのを狙う、浪漫の虜さ」


 リーダーらしき男が、随分と格好付けて言った。

 探検家と名乗ったがおそらく、『盗掘者』とか『遺跡荒らし』と表現する方が正しい連中だろう。


「あんたが遺跡を一つ、買ったと聞いた。

 ……何か見つけたんだろ?」


 遺跡荒らしは、ニヤリと笑う。

 確信に満ちた鎌かけだった。


『下衆の勘ぐりが真実を言い当てることもあるものですね』

『どうするか……』

「遺跡を掘るにも、素人には分からないだろう専門知識ってのが必要なのさ。

 俺たちが協力してやってもいい。報酬は特別に、山分けでいいぜ。

 なあ、遺跡のことバラされたくないだろう? 一緒にいい目を見ようや」


 バルトスは考える。

 相手は、バルトスが遺跡を買ったと知っているのだ。政府機関にもプライバシーの意識とかコンプライアンスとか、禄に無いのだろう。そこから話が漏れたのか。

 シラを切り通して追い返したところで、しつこくつきまとわれそうだ。


 何より、『バルトスが遺跡を探っている』という話が広まってしまうのは警戒すべき事態だ。

 悔しいが、相手は的確な脅迫をしている。どうにか口止めせねばなるまい。


「よかろう、ついて参れ」


 仕方なくバルトスは、そう言った。


 * * *


 例によって『遺跡』として遺っていたのは、モジュール化された建物内部構造の外枠フレーム部分のみだ。

 黒くぬめり輝く金属塊をレイブンが探り、ハッキングを仕掛けると、間もなく入口が開いた。


「おおおおっ!?」

「扉が開いたぞ!?」


 遺跡の入口が開くのを見て、遺跡荒らしたちは興奮した様子で驚愕の声を上げた。


「なんじゃ、ぬしらは遺跡の中に入ったことも無いのか?」

「いや! ある! あるに決まってるぞ!」

『99%以上の確度で嘘です』

『100%じゃないの?』

『彼ら自身が妄想と現実の区別を付けられていない可能性を考慮しました』


 実際、遺跡荒らしなんてのは安定的に続ける仕事ではなく、人生一発逆転を狙ったギャンブルみたいなものだろう。

 彼らが今、遺跡荒らしをしているということは、今まで一度もまともな成果を得られていないということ、かも知れない。


「信じられねえ、こんなの誰も見たことが無いぞ」

「夢じゃねえか……」

「俺たちが歴史を作るんだ!」

「お宝が待ってるぜ!」


 遺跡荒らしの男たちは、奥を覗き込んで目を輝かせる。

 もはやバルトスのことなど意識の端にも上らぬ様子だ。


「ぬしら……」

「ああ、分かってる! 分け前のことは後で話そうぜ!」

「承知した。

 レイブン、先頭を行け」

「かしこまりました」


 レイブンが先頭を切って遺跡に入り、遺跡荒らしたちはその後を意気揚々と続く。


 その途端、消火剤みたいな白い煙が吹き出して、入口通路を満たした。


「げっ!?」


 悲鳴一つ残して、遺跡荒らしたちはバタバタと倒れる。

 吸った者を気絶させる無力化ガスだ。これは適切な保存環境なら、事実上使用期限が無いのだとバルトスは知っていた。


『……まさか一つ目のネタで、あっさり引っかかるとは』

『古代遺跡などを探す者も、現代では概ね冒険者になるそうです。

 冒険者の資格さえ持たない遺跡荒らしということは、そのレベルの者たちなのでしょう』


 ハッキングを仕掛けたレイブンが発見した罠である。それを意図的に作動させたのだ。

 バルトスは迂闊に踏み入らず、外で様子を伺っていた。ゴーレムであるレイブンはもちろん、毒ガスなど効かない。


 倒れた遺跡荒らしたちを、レイブンは外に引っ張り出す。軽々と、傷が付かない程度に手荒に。


『処分致しますか?』

『秘密は守りたいけど、流石に殺しはちょっとな』


 こんな場所なら殺人の証拠隠滅も容易だろうが、もちろん、バレなければいいという話ではない。


『忘れ薬でも作るか』


 * * *


 翌日。


「私たちは幸福で心穏やかです」

「私たちはボランティアが大好きです」


 遺跡荒らしたちは、エアロビインストラクターみたいな輝く笑顔で開拓都市レンブルの大通りの掃除をしていた。

 忘れ薬を調合して飲ませたところ、バルトスについてだけではなく、なにか人として大事なことも忘れたようだ。


『失敗したかな……』

『成分分析の上では問題ありませんでした。

 長くとも一年以内には自我を回復させることでしょう』

「私たちは幸福で心穏やかです」

「私たちはボランティアが大好きです」

「私たちは健康です」


 幸福なボランティア集団を、道行く人々は唖然と見ていた。

 もしこのまま寝食を忘れてボランティア活動に励むようなら、死なないようにフォローを入れようとバルトスは考える。


『ともあれ、これでブツは手に入った。

 後はどうにかして、似たようなものを作るだけだ』

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