<21>【運び屋アリオン】ミイラ取り

 冒険者は命を切り売りする仕事だ。

 だが、だからこそ助けられる命はどうにか助けようと、冒険者ギルドも心を砕いている。


「助けに来てくれて、ありがとうございます……」

「気にするな。困ったときはお互い様だ」


 ダンジョン破壊に向かった冒険者パーティー“銀の栞”が、『割れ物鴉フラジルクロウ』を使って救難信号を発した。

 これを受けて冒険者ギルドは“ドラゴンクジラ団”を派遣。

 “ドラゴンクジラ団”は“銀の栞”より実力評価も高く、キャリアもある。かつ、ちょうど手が空いていたので、お鉢が回ってきたのだ。


 “銀の栞”はダンジョン深部で死者を出し、立ち往生していた。

 冒険者パーティーがクエスト中に死者を出したとき、一般的には遺体を回収して保全し、救援を待つのが適切である。

 “銀の栞”は救援が来るまで隠れきった。これで、神殿で仲間を蘇生する望みが生まれたわけだ。


 “ドラゴンクジラ団”のリーダー・ボルドは、“銀の栞”に向かって粘っこい笑みを浮かべる。

 それからくるりとアリオンの方を振り向き、特に意味も無く横暴に怒鳴りつけた。


「おら、ポーター! きびきび歩け!

 死体に傷は付けるなよ。蘇生の成功率が下がるぞ!」

「了解しました」


 アリオンは、ギルド支部からの直接指名で、救出任務に同行していた。

 ボルドに怒鳴られるまでもない。棺桶の重量自体は、仕込んだ浮遊術式で軽減できるが、大荷物を担いで魔物から逃げる技は『棺桶担ぎ』の本領だ。中身を傷つけるなど以ての外である。


 ダンジョンは四角四面の、石造りの迷宮ラビリンス構造だった。牛頭魔人ミノタウロスが喜びそうな場所だ。

 格子状に道ができていて、うまく動けば徘徊する魔物を躱して行けるが、逆にうまく避けたはずの魔物がいつ背後からのっそり姿を現すかも分からない。

 冒険者たちは、壁に身体を張り付けるようにして慎重に進んだ。


「ちっ……まだ魔物が近くに居やがんのか」


 ボルドは帰還陣リターンポートの巻物を拡げて、舌打ちする。シート状の巻物には魔方陣が描かれているのだが、そこに本来宿るべき魔力の燐光が見えない。


 基本的にダンジョンは、内部の空間が歪んでいる。帰還陣リターンポートは、ダンジョンの空間構造に干渉することで、一瞬でダンジョンから脱出するマジックアイテムだ。

 正しく冒険者たちの命綱だが『近くに魔物が居ると使えない』という弱点がある。


「掃除するか?」

「避けてく方が確実だろ」

「どっちにしろ面倒だな」


 現在地、地下七階。歩いて帰るなら一度と言わず、魔物に遭遇エンカウントするだろう。


 ダンジョンには、戦うべきでない魔物も居る。

 それを回避することまで含めて、冒険者の実力なのだ。

 故に自然と、冒険者パーティーは逃げ隠れに適した人数となる。現在2パーティーが合流しているわけだが、普通はこんな人数になるのは共闘掃討レイドの時ぐらいだ。この人数なら隠密より正面突破の方が容易だと、考えるのが普通だが……


「こういう構造のダンジョンは六割方、マップ右下側から地上に抜ける道があります。

 うろついてる魔物さえすり抜けられれば、帰還陣リターンポートにこだわるより抜け道を探す方が安全だと思います」


 ダンジョンの構成には文脈があると、アリオンは知っていた。

 修業時代に師匠から教わったことだ。実際師匠の仕事を手伝う中で多くのダンジョンを見て、師匠の理論が正しいことも確認できた。


 だがアリオンの指摘に、沈黙が流れる。


「おい、死体を降ろせ。そっとだ」

「?

 ……はい」


 ボルドが横柄に命じる。

 意図を汲めぬままアリオンは従った。

 そして背負った棺をアリオンが降ろすなり。


「ぶっ!?」


 ボルドはアリオンの横っ面を思い切り張り飛ばした。


 剣一本で魔物と渡り合う、前衛冒険者の腕力だ。

 本気で殴れば一般人など、頭蓋が砕けて死んでしまう。ボルドは一応、手加減をするだけの賢さと自制心があったようで、アリオンはよろめき、後ずさっただけだった。


「舐めてんのか?

 ポーターの素人考えに命預けろってのか?」


 ボルドは酷く苛立った様子で、アリオンを睨み付けていた。


「てめえは金で雇われただけの、生きたアイテムみてえなもんだ!

 間違っても俺らと対等に口きけるなんて思うんじゃねえ!

 黙って仕事を……」

「あ、後ろ!!」

「ぐひっ!!」


 直後。

 ボルドの身長の倍は体高がある、巨大なカマキリがボルドの背に飛びかかり、双手の大鎌で鎧ごとボルドを貫いた。


 * * *


「おめでとうございます、“ドラゴンクジラ団”のボルド様。

 蘇生は成功致しました」


 そしてウールスの神殿にて、ボルドは蘇生された。


 血の付いた服と、穴の空いた鎧を着た彼は、息を吹き返して周囲を見回し状況を理解するなり、棺を飛び出してアリオンに掴みかかった。


「てめえ、ポーター!」


 死の寸前の怒りの勢いが、そのまま持続していた。

 もしくは、怒りの炎が更に火勢を増していた。


「てめえのせいで気が逸れて俺は死んだんだ!

 そのうえ、何だ!? 救助報酬まで俺からせしめようってのか!?

 ああ、最初からそれが狙いだったんだな!」


 死んだ冒険者の回収蘇生サルベージが成功した場合、救助された者は救助者に謝礼を渡す決まりだった。これは冒険者ギルドによって管理される制度である。

 だが、わざと殺させて助けるなど、当然ながら倫理的に許されない。仮に倫理を捨てても、割に合わない商売だ。金がある成功した冒険者は、それだけの力量を備えていて、簡単には殺せないし、そんな冒険者が死ぬような場所から回収するのも大変だから。


 それでも、因縁付けや八つ当たりのための言いがかりとしては、十分だった。


「や、やめてください、ボルドさん!

 この人は命懸けで魔物を追い払って、三人分の死体を持ち帰ってくれたんですよ!」

初心者ヌーブはすっこんでろ!」

「うわっ!」


 怒り狂うボルドは、止めに入ろうとした“銀の栞”のリーダーまで殴り付ける。


「同業者の救助は、冒険に関わる者の努力義務です。

 あなたと同じように、私はそれを実行したまでです。

 規定通りの謝礼をお支払いください」

「……の野郎っ!」


 アリオンの冷静で容赦ない返答は、ボルドに残った最後の理性を吹き飛ばした。


「あっ!」

「おやめください!」


 ボルドは死んだままの格好で、死体運搬用の棺に入れられていたのだ。

 腰には愛剣を佩いている。それをボルドは抜き放った!


「てめえも死体にしてやらあああ!!」


 腰だめの姿勢で、剣に体重を乗せ、ボルドはアリオン目がけ突進した。

 一撃で殺すことだけを考えた攻撃である。


 静謐なる礼拝堂に荒い足音を響かせて、切っ先が迫り、そして。


「ぐっ!?」


 その瞬間、ボルドからは、アリオンが突然消滅したようにしか見えなかっただろう。

 アリオンは上体が床を擦るほどに深く身を沈めて突きを回避しつつ、両手でナイフを抜き打って切り払いながら前方に飛び込んだ。

 何しろアリオンは小柄だ。懐に飛び込めばボルドは何もできぬ。


 交錯。

 僅かに舞う血飛沫。


「ぶひいっ!」


 足に切り傷二つを追って、ボルドは顔面から転び、二回前転した。

 足甲の隙間を狙った攻撃。負わせたダメージは僅かだ。だが、これによってボルドは、綺麗に足の腱を断たれて立ち上がれなくなっていた。


「冒険者ギルドの経理課の前に……

 衛兵隊を呼ぶ必要がありそうですね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る