<19>【農英雄カルビン】危険度2/採取地:ヨノの裏山

 山の中では方向感覚を失いやすい。

 熟練者でも道を見失うことがあるのだから、素人は尚更だ。


「居た居た。やっぱりここで迷ってたか」


 薬草摘みに山へ入った冒険者パーティーが、日を跨いでも帰ってこなかった。

 そこでカルビンは、日課の見回りがてら、遭難者を捜していた。


 素人は歩きやすい道を歩きがちだ。

 また、とにかく下へ進めば帰れると思いがちだ。

 ならばこの辺りで迷っているのではないかと、見当を付けて行ってみたところ、行き止まりの窪地で隠れるように張られたテントを見つけた。

 狼煙のつもりなのか、焚火に木の葉が焼べられて燻っていた。


「あんた、村の人か!?」

「捜しに来てくれたのか!」

「助かった!」


 くたびれた様子の、若き冒険者たちの顔に、希望が灯る。


 頼りなげで、装備も貧弱。

 見るからに駆け出し冒険者という四人組だ。


「このまま魔物のエサになるかと思いました」

「ありがとう、あんたは命の恩人だ」

「まあまあ、落ち着け。怪我とかしてねえか? 大丈夫か? 歩けるな?

 よっしゃ、案内するからついてきな」


 冒険者たちは気力も奮い立ったようで、勇んで出立の準備を始める。


「新米だな、おめえら。

 薬草摘みを甘く見るなよ。普通の奴にできねえから冒険者に依頼が出るんだ」

「ああ。死ぬかと思ったよ」


 フィールドでの薬草採取は、駆け出し冒険者の最初の仕事として、もはや代名詞となっている。

 だがもちろん、安全とは限らない。外部の者や、時には冒険者自身からも、ピクニックついでの簡単な仕事みたいに思われるのだが、だったらわざわざ冒険者に金を払って依頼されるはずもないのだ。

 実力以上の魔物に襲われれば、死ぬ。道に迷えば、死ぬ。

 彼らは助かって幸いだった。命懸けの教訓を、生きたまま得られたのだから。


 * * *


 山に槌音が響く。

 藪や木々は切り拓かれて、冒険者が歩くには十分な道となり、申し訳程度の階段や、岩を登るための鎖などが取り付けられる。


 山で工事があると聞いて、カルビンが見に来てみれば、ちょうど山の入口で、道ができはじめているところだった。


「あれっ、カルビンさん!」


 工事をする作業員たちに混じって、いつぞや助けた冒険者たちが居た。

 “スドの太陽”というパーティーで、カルビンの見立て通り、キャリア一年も無い駆け出しだ。

 彼らはカルビンの姿を認めると、手を振り駆け寄ってきた。


「なんだ、こないだのパーティーか。工事の護衛か?」

「それと道案内だよ。いっぺん調査に来てるからな」


 屈強な土木作業員たちが大槌を振るえば、並みの魔物如き簡単に倒せそうだが、武力ばかりが冒険者の力にはあらず。駆け出しだろうと冒険者なら、知識がある。注意を要すべき魔物の能力、被害を受けた場合の対処なども、一般人よりは知っている。

 とは言えもちろん、工事の護衛など退屈な仕事。退屈に比例して報酬も安い。だから駆け出しが請け負うのだろう。


「俺たちの調査とサンプル採取の結果、採取地として整備することが決まったんです」

「ああ、冒険者に採取させて税金を取るわけな」

「この山は険しさゆえに放置されていましたが、資源豊富で街から近い。

 採取地としては理想的です」


 おそらくギルドの受け売りであろう話を、“スドの太陽”の冒険者たちは口々にさえずる。


 山や森は資源の宝庫だ。

 管轄する村の利権である。

 だが、目下、この山に入れるのはカルビンぐらいだ。地形が険しく、魔物が潜む。村の者たちが山仕事をするには少しばかり危険で、放置されていた。

 ならば冒険者ギルドに任せ、いくらか税金でも取る方が有効活用と言えるだろう。


 道ができるならカルビンにとっても嬉しい話だ。断崖を駆け上がり、谷川を飛び越えるカルビンとて、楽に道を歩けるならその方がいい。

 いや、そもそも見回りの必要性も薄れるだろう。採取のために冒険者が山をうろつくようになれば、異変があったとき、まず冒険者たちが気づいてくれる……


「ん?

 おいおい、道を通すなら向こうの方がいいぞ。

 こっちは通りやすそうに見えても、雨が降ると危なくなる」


 作業員たちが工事のために藪を払いだすのを見て、カルビンはそれを止めようとした。


「俺らに言われても困るんだがね」

「ここをやれって言われてんだし」

「回り道だと工期が延びちまうぞ」


 しかし皆、取り合わずに仕事を続ける。

 彼らが工事の次第を決めるわけではないのだから、確かに言っても仕方ないだろう。

 だが、自身の仕事に全く無関心というのは、危ういとカルビンは感じた。手で触れるからこそ分かる危険もある。言われるがままに手を動かすだけでは気づくべき事に気づけまい。


 では、監督する者はどうか。


「なんだ、貴様。

 この工事は侯爵様のご命令だ。邪魔立てするのであれば、侯爵家への反抗であるぞ!」


 山の地形図と、ギルドが提供した資料を読んでいた騎士は、そこから一瞬目を上げて、カルビンの意見具申に報いた。


 領主たる侯爵家の、家臣の騎士が、豪華なテントでふんぞり返っていた。

 公共工事の差配も領主家臣団の仕事だ。現場は工匠の長に任せているが、工事の計画と責任を司る立場として、視察くらいにはやってくるようだ。


 この騎士も責任を負うからには、まさかズブの素人ではなかろう。

 しかし、だからって話が分かるとは限らぬ。下々の声など聞く気は無いようだった。


「……」

「なあ、カルビンさん。あんた普段から山に入ってるんだろ?

 キノコや薬草が採れる良い場所、知ってたら教えてくれねえか?」

「お礼はしますから」


 ほぞを噛んで引き下がるカルビンに、冒険者たちは、無邪気に纏わり付いてきた。


 * * *


「おい、何してんだ!

 この先は村のもんだぞ!」

「あん?」


 道が出来て、冒険者が山に入るようになった。

 なにしろここは、領都に近い。領都を拠点とする冒険者が、賞金目当てに魔物狩りをしに来ることもあって、山の魔物はカルビンが思っていた以上の速度で減った。

 だが、それで心配の種が尽きたわけでも、カルビンの見回りが不要になったわけでも、なかった。残念ながら。


「なんだ、麓の村の奴か?」


 採取地として定められた山の中にも、麓のヨノ村が占有する領域が残されている。

 村の者が使う薬草の群生地などだ。

 そういう場所には立ち入り禁止の立て札もあるのだが、文字を読むのが苦手な連中は、『この先立ち入り禁止』を『この先にお宝あり』と読み替えるのだった。


 その日、カルビンは冒険者の一団が、立ち入り禁止領域に入っていくのを遂に発見し、呼び止めた。

 その一団の半分は、いつぞや助けた駆け出し冒険者パーティー“スドの太陽”だった。


「……おい、道案内。お前らが連れてきたのか」

「ちちち、違いますよ!

 もう、先輩たちぃ。

 こっちはダメだって言ったじゃないですかぁ」


 ヘラヘラと引きつった笑いを浮かべて、駆け出し冒険者たちは『先輩』を止めるポーズを見せる。

 『先輩』は、皮肉めかして口角を釣り上げ、悪い顔をした。


「堅えこと言うなよ。

 俺たちが採らなきゃ山の肥やしだぜ。有効活用してやらなきゃ」

「採り尽くしたらもう生えてこねえんだ!

 村で使う量を決めて俺が採ってんだよ!」

「チッ……うるせえな」

「おい、やっちまおうぜ」


 『先輩』たちは腰の剣に手を掛けた。

 フィールドに出るからには、当然、冒険者たちは武装しているのだ。


「だ、ダメですよそんなの!」

「……はいはい、分かりましたよー」

「命拾いしたな」


 捨て台詞とツバを吐いて、『先輩』たちは立ち去っていく。


 それをカルビンは見送った。

 案内の“スドの太陽”は、所在なげに立ち尽くしていた。


「最近、ああいう手合いが増えてるんだ。

 ギルド指定の採取地になってる以上、入るなとは言えねえが、誰も彼も案内するのはやめてくれや」


 カルビンは“スドの太陽”に請われ、山の地理について教えた。

 冒険者ギルドも領主様も、山の正確な知識を持っていない。麓の村の住人で、しばしば山を見回っているカルビンが、一番よく知っていることだろう。

 知識を広めて、少しでも事故が減ればと、そう思ったのだが。


 どうも“スドの太陽”は、カルビンから仕入れた知識を、先輩に取り入る道具として使っているらしかった。


「すみません……」

「それからもう一度言っとくが、この道は危ねえ。魔物がどうこうじゃねえんだ、道が危ねえ。

 山慣れしてない奴が、ピクニック気分で来るんじゃないぞ」


 どれほど効果があるか分からないがそれでもカルビンは釘を刺した。


 * * *


「あーあ、こいつはダメだな」


 大雨が二日、続いた。

 別に珍しい規模の雨ではない。この地方では、夏にはこれくらい雨が降るものだ。

 今日は朝から晴れていたが、昼下がりにはまた雨が戻ってきた。


「助けてくれ! 俺の仲間たちが……あそこに!」


 “スドの太陽”のリーダーは、カルビンに助けを求めた。


 打ち付ける雨垂れが、渦巻き泡立つ流れに呑まれていく。

 渓流に掛けられた吊り橋は、支柱を突き刺す工事で脆くなった岸辺ごともぎ取られ、濁流に喰われていた。

 吊り橋が崩れた瞬間に上に乗っていたというのに、どうにか助かったのだから、流石は仮にも冒険者。だが彼らは、濁流から突き出した岩に辛うじて引っかかった橋の残骸に掴まって、水の流れに嬲られるばかりだった。


 それを見下ろしてカルビンは、周囲の地形を観察する。


「川へ降りる道はあるし、教えてもいいがね。

 この天気じゃ俺でも死ぬかも知れねえ。お前らなら確実に死ぬ」

「助けられるかも知れないんだろ!? なら行ってくれよ!」

「無理だ」


 カルビンは、はっきりと言った。

 自然界の力は魔物などより、よほど強く恐ろしい。そして自分の実力を卑下も買い被りもせず把握しているからこそ、カルビンは確信的に判断を下した。


「まだ生きてるんだ! 見捨てるのか!? この人殺し!」


 冒険者は、必死だった。

 仲間の命が懸かっているのだ。必死は分かるが、しかし、必死で叫んでも問題は解決しない。


「冒険者ってのは、命を切り売りする仕事だ。

 一歩間違えれば死ぬもんさ。

 だから、覚えとけよ。お前を殺すのはお前自身だ。命の使いどころを、見誤るなよ」


 そう心得ていたから、カルビンは生き延びた。


 もし彼が冒険者を続けるなら、願わくば自分の言葉が、彼を生かさんことを。


「じゃあな。俺は畑に戻るわ」

「あああ……あああああ……」


 打ち付ける雨垂れが、渦巻き泡立つ流れに呑まれていく。

 そして貪食する濁流は、遂に人すら呑み込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る