<16>【農英雄カルビン】求め方

 カルビンが山から帰ってくると、家の周りでは村の子どもたちが騒々しく遊び回っていた。


「ただいまー。

 えらい賑わいだな」

「おお、戻ったか」


 カルビンを待っていた村長は、悪ガキどもに濡れた手ぬぐいでハゲ頭を磨かれ、どれほどツヤが出るか競う謎の競技の題材にされていた。


「山の方はどうだった、カルビン」

「今んとこ大丈夫そうだが、大物が死んだ後だし、しばらくは注意だな。

 縄張りに空白ができてるから、他所から入ってくる奴が居てもおかしくねえ」

「見回ってくれて助かるよ」


 先日、カルビンは山から畑に下りてきた大物を討伐した。そして、その手柄を村に来た冒険者どもに押しつけた。

 そしてそれで終わり……ではない。この村に住む者にとっては。

 魔物たちの勢力図が、秩序が乱れているのだ。その混乱の帰結として、新たな安定状態が生まれるなら良し。未だ見通しは予断を許さず、目下、カルビンが警戒に当たっているのだ。


「おじさんおかえりー!」

「お兄さん、だぞ」


 遊んでいた子どもたちが、カルビンの所に押し寄せてくる。


「アルちゃんも良い子にしてたよ」

「アルちゃんじゃないよ、カトレアだよ!」

「絶対にクリスティーナの方が良いって!」

「みんな勝手に名前付けやがって……」


 子どもたちはいつでも遊び場を探しているものだが、最近、村中の子どもたちがカルビンの家に集まっているのは、理由があった。

 畑の隅の巨大な花……正確には、花のめしべを。妖姫花アルラウネを遊び相手にしようと、やってくるのだ。


 子どもたちに各々好き勝手な名前で呼ばれたアルラウネは、どうやら小さな子の飯事ままごとの相手をさせられていた様子。

 欠けた皿を並べて、雑草を乗せた前に行儀良く座っていた。


「一応は魔物だかんな、気をつけろよ」

「ええー?」

「全然怖くないよ?」


 子どもたちはカルビンに釘を刺されても、どこ吹く風だ。


 怖くないと言うが、それはそうだろう。人を誘惑するため、可憐な形に生まれた魔物だから。

 アルラウネのめしべは、村の者から貰った古着を着せられている。緑がかった肌と、背中に繋がった蔦を除けば、年頃の村娘そのものだ。

 とは言え、本性は魔物である。

 飼い慣らされていても、いつどんな理由で人に襲いかかるか分からないのだ。カルビンが見ていれば対処できるが。


「だいたい俺んち、山から魔物が下りてきたとき止めるためにこんな場所にあんだぞ。

 集まって遊び場にしてたら台無しじゃねえか」

「だってえ」

「畑の方に居たら、手伝えって言われるし」


 そういうことかと理解して、カルビンは溜息をつく。

 村の中心から離れたカルビンの家はサボり場所としてうってつけなのだ。


「ご主人様。

 どうか私の身体の熱を鎮めてはくださいませんか」

「お前……今度は何を教わった」


 アルラウネはカルビンにしなだれかかって、うっとりと熱っぽく誘惑した。

 女の子たちはそれを見て、きゃあきゃあとはしゃぐ。


 セリフの出所には見当が付いていた。

 村には定期的に、貸本屋がやってくる。

 これがまた奴で、親が眉をひそめるような本を、ませた子にこっそり貸しているのだ。

 そして悪い本は回し読みされ、子どもたちは、その知識をアルラウネに吹き込んでいく。


「こっそり悪い本読むのは、まあいいだろ。大事な経験だ。

 でもアルラウネに余計なこと教えんな!」

「だって聞きたがるんだもん」

「何?」

「坊や、お姉さんとイイコトしない?」


 アルラウネは、形ばかりの虚しい誘惑を繰り返す。

 普通に喋ることはまだまだおぼつかないのに、やはり天性のものか、誘惑の言葉だけは堂に入ったものだ。


「野生のアルラウネがそうやって男を食って生きてるのは、知ってるよ。

 でも、それをどうして俺にやるんだ?

 まだ俺を食う気なのか」

「……わたし、こう、する。

 カルビン、ごはん、くれる」

「ん、んん?」


 カルビンはしばらく考える必要があった。


 毒の花粉も出さずに誘惑を仕掛けてくるのは、どういう了見かと思ったが、これは彼女の本能だ。

 人を誘惑することと、飯を食うことが、彼女の中では地続きになっている。


 人殺しの罠として創られた種族・アルラウネにとって、何もしなくても食事が与えられる状況こそ異常なのだ。

 彼女はそれが理解できず、アルラウネのやり方で食べ物を求めているらしい。


「あのな。

 そんなことしなくても、俺はお前に飯をやる。

 だから俺に変な真似しなくても大丈夫だ」


 カルビンは諭すが、言葉がどこまで通じているかすら定かでない。

 アルラウネは不思議そうにカルビンを見ているだけだった。


「分かるか?

 ……分かんねえかなー」


 * * *


 どうやら理解していたらしい。


「何故、えた」


 毒々しい大輪の花の隣に、まだ硬く青い、小さなつぼみができていた。

 最初に球根を植えて数日後に見たものと同じだ。


 そっと傷つけぬよう根元を探ってみると、堅固で太い根が、隣の花と繋がっている。


「地下茎……?

 アルラウネってそんな竹みたいな増え方すんのか」

「カルビン、ごはんくれる。

 えいよう、たりる」

「あ……

 あー、あー、あー、そういう事かよ!」


 アルラウネは殺人罠であるが、繁殖し、世に栄えることを是とする生物でもある。

 栄養が十分な環境ならば殖える。簡単なことだった。


「参ったな……」

「……カルビン」

「どした」

「まびく?」

「お前っ…………」


 悲壮な調子でもなんでもなく、当然のことみたいに、アルラウネは提案する。食べ物が足りなければ減る。それは単純な摂理だ。彼女には自然なことなのだろう。

 むしろカルビンの方が、首でも絞められたみたいに怯む。


 カルビンに選択肢は無かった。


「腹ぺこの奴を腹ぺこのまま死なせるのが、一番の悪だと俺は思ってる。

 俺が迂闊なこと言ったから殖えたんだろ。なら俺が責任持って食わしてやるよ。

 でも三人目は勘弁してくれな」


 カルビンが言うや、アルラウネは飛び跳ねて、カルビンにしがみ付いてきた。


「カルビン、すき」


 誘惑の手管ではなく、感謝と喜びの表現として、アルラウネはカルビンに手足を絡めて纏わり付く。この行動がなんなのかカルビンは一瞬疑問だったが、支柱にツルを巻き付けて伸びる、植物の動きだった。

 もっとも、これまでカルビンが育ててきた植物は、愛情表現で絡みついてくることもなかったし、こんな豊満な身体など持っていなかったが。


「……名前、決めるか……」


 カルビンは呟く。

 彼女を飼うと決めたのはただの気まぐれだけれど、だからって無責任ではいられない。

 故に、守り慈しむ約束として、名を付けるのだ。


「ところで、この芽って、お前の娘なの? 妹なの?」

「わたし」

「いや、じゃなくて」

「わたし」

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