<14>【錬金術師バルトス】実力

「開拓団じゃと?」

「そうさ。北の地域では、つい数年前、大征伐に成功して魔物どもから土地を取り返したんだ。

 今そこに開拓団が送り込まれてる」


 北へ行きたいとバルトスが言うと、宿のオヤジは『開拓団』とやらの話をした。


 まるで全てがアンティークみたいな、木と漆喰の食堂にて。

 バルトスは人目を避けるように、他の客がチェックアウトした後で、遅い朝食を取っていた。

 多めに金を払ったからか、腰痛の薬を作ってやったからか、宿の主人は奇妙な二人連れについて特に詮索するでもなく、愛想よく対応してくれている。


「開拓地じゃ、医者も薬師くすしも足りない。

 仕事ができるなら素性は問われないだろうね。

 ……もちろん歳も」


 歳。

 そう、それが重い問題だった。

 バルトスは、かつての同窓生の悪戯により、幼い少女の姿にされてしまった。

 こんな、パーティーの仮装みたいな些細な変身など、ありふれた解毒薬で対処できる……はずだったのだが。


 2000年以上の冷凍睡眠の間に、人の技術力は、見るも無惨に退行していた。今の人族に、バルトスの身体を元に戻す魔法薬ポーションなど作れないだろう。かと言って、バルトス自身が変身解除薬なんか作れるかというと、それはそれで怪しい。

 日常レベルの行動では、レイブンを保護者役として使えるが、彼女は所詮ゴーレムだ。生者とは気配が異なる。見る者が見れば、人形だと見抜かれてしまうだろう。


 小さな子どもに、社会的信用は無い。まともな社会生活を送ることさえ難儀している状況だ。

 だが。それを打開する突破口をバルトスは見つけた……かも知れない。


『開拓地ねえ……治安悪そうでこえーなー。

 列車が強盗されたり、先住民と武力衝突が起こったり、保安官が自分ルールで人を撃ち殺したりするんでしょ?』

『それは開拓劇映画のお話ですね』


 二人は古代語で相談する。

 レイブンは宿のオヤジに、バルトスの身の上を『遠き異国から独り落ち延びてきた貴人の娘』と説明していた。彼には異国の言葉も古代語も区別が付かない様子だ。


『現在、開拓地とされている地域には、かつて軍事要塞群が存在しました。

 地下に埋もれたまま形を残しているシェルターが存在する可能性は高いでしょう』


 確認として、レイブンが述べる。


 レイブンの記憶する地図と方向感覚は、絶対的に正確だ。

 その情報に従ってバルトスは、軍事要塞の跡地を調べようとしていた。

 『審判の火』は文明を焼き尽くしたが、大学地下のシェルターすら燃え残ったのだから、軍事施設ともなれば何かを遺しているに違いない。おそらく何か、バルトスの役に立つ物を。


『単独で調査に向かうよりはコミュニティに属する方が遙かに安全かと思われます。

 それにもし単独で向かい、現地で開拓団に発見された場合、そちらの方がトラブルを起こす結果になるかと』

『……だよなあ』

『もちろん私も可能な限り、バルトス様をお守り致します。

 腕部内蔵型・荷電粒子機関銃ビームマシンガンで』

『なるべく避けたいなそれは』

『超振動ナイフの方がよろしいでしょうか』

『そう言う問題じゃなくてな』


 ちなみにレイブンは、先日探索したシェルターから、いくらか武器を発見して身体に武器を仕込んでいた。

 軍事技術も退行した世界だ。もしかしたら小さな国くらい、彼女一人で滅ぼせるのではないかとバルトスは思ったが、怖くなったので具体的に考えるのはやめておいた。


 ともあれ、開拓団とやらは好機に思えた。


『……話聞くだけ聞いてみるか』


 バルトスは覚悟を決めた。


 * * *


 カザルム侯爵領、領都ウールス。

 その街の役所では、開拓団への参加者を募集していた。


「……お嬢ちゃん、帰りな」


 そこでバルトスは当然のように、ほぼ門前払いの扱いを受けた。


 役所は、バルトスの感覚からは信じられないくらい、人と書類と煙草の煙に満ちていた。

 その役所の片隅の小さな事務室で、行儀悪く机に足を乗せて新聞を読んでいた役人は、バルトスの申し出を聞いて、酷く馬鹿にして見下した調子で、鼻で笑った。


「我々開拓団は、カザルム候グラル様の名の下に、人族の未来を拓かんと新領地にて戦っている。

 お遊びじゃないんだ」

「わらわとて、そのつもりはない!」


 どんなに真剣にバルトスが訴えたところで、役人は馬鹿にして取り合わなかった。

 実際、逆の立場なら何かの冗談かおふざけにしか思わないだろうと、バルトスも分かる。分かるが、能力を示す機会すら与えられないというのは酷い。

 窓口を担当する役人の一存で、道を断ち切られてはかなわない。


『レイブン、傷薬と痛み止めを貸せ』

『何をなさるのです?』

『デモンストレーションさ』


 バルトスは痛み止めのポーションを飲む。

 一切の痛覚を遮断するものだ。これくらいの基本的なポーションなら、バルトスにも作れるのだ。


 そしてバルトスは、レイブンの腰ベルトから超振動ナイフを抜いて、そのスイッチを入れた。

 一見するとただのナイフだが、目に見えないほどの超速度で振動し、刃に触れる全てを粉砕する強力な武器だ。


 それで、バルトスは。


「はっ!」

「あ!?」


 己の左腕を、輪切りに断った。


 刃に触れた部分は微塵になり、骨も筋繊維も千切れて、左腕は切り飛ばされた。

 断面からは鮮血が溢れ出し、滴り、広がる。


 これを見て役人は、当然ながら、顔面蒼白で腰を抜かした。


「いっ……! 医者、神官、あ、怪我、血を……」

「心配は無用じゃ」


 バルトスは治癒のポーションを腕の傷口に振りかける。

 そして千切れた左腕を、自ら傷口にいだ。


 ほんの瞬きの間に左手の指が動くようになり、握って、開いた。


「何だと!?」


 血の溢れていた継ぎ目を拭えば、そこには傷跡が残っているだけ。

 既に出血すら止まっていた。


 バルトスの心臓は早鐘のように脈打っていた。怪我のショックだけではなく、緊張と興奮によるものだ。

 バルトスは若者として人並みに、『頭ごなしに自分を否定する年長者』が嫌いだった。その怒りの炎が無ければ、こんな無茶なデモンストレーションなどできなかっただろう。


 鼓動が相手に聞こえないか不安に思うほどだったが、バルトスは平静を取り繕った。


「床を汚してしもうて、すまぬのう。

 わらわを信じようとしなかった、ぬしが悪いと思え」

「なんっ……今、何が……」

「なんじゃ、ぬしは魔法薬ポーションも知らぬのか。

 手品ではないぞ」

魔法薬ポーションだと!? これが!?」

「うむ。

 これは、わらわが作れるうちでも最高の魔法薬ポーションじゃ」


 嘘は言っていない。

 バルトスが生きた古代文明において、こんなポーション、勉強中の大学生でも作れるような間に合わせの傷薬だった。

 それでもバルトスにとっては最高の作品で……現代世界では、奇跡の神薬である。


「威勢の良いことを言っておきながら、血を見た程度で狼狽えるとはのう」

「……嬢ちゃん、何者だ?」


 役人の顔から、馬鹿にした半笑いは、とうに消え失せていた。

 子どもを相手にした侮りは最早無く、得体の知れぬものへの恐怖が、その顔に浮かんでいた。


「こんな真似ができるなら、どうして開拓団なんぞに?

 言っちゃなんだが、来るのは成り上がりを夢見た貧民や食い詰め者ばかりだぞ」

「ふん、本音を吐きおったか」


 そういう集まりだろうとバルトスは最初から思っていたし、それを承知で来た。

 開拓団は、体の良い口減らしでもあるのだ。飢えて盗むような貧民なら、どこか遠くに投げ捨てて、それで少しでも有効利用しようと考えている。

 だからこそ尚更、身ぎれいで使用人まで連れたバルトスを見て、子どもの狂言だと思ったのだろう。


 そして、こんな技を持つ錬金術師が来るならば、今度は別の意味で信じ難い。

 功成り名を遂げ、どこぞの王侯に召し抱えられていてもおかしくないからだ。……この時代の基準では。


「わらわにはわらわの目的があっての。まあ、これは余人には関わりの無いことじゃ。

 ……錬金術師がおれば、心強かろう?

 よう考えてくりゃれ」


 バルトスは精一杯、せいぜい不気味に、不敵に笑ってみせた。

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