<13>【嫁贄ディアドラ】儚き命
ある日の昼下がり。
部屋で暇を持て余しているディアドラの所に、唐突に
「人は脆い」
「……ノックも無しに人の部屋入ってきて、開口一番ソレ?」
「人は、獣と変わらぬほどに実に容易く死ぬ」
「無視すんなし」
「だと言うのに、何故死に急ぐ?
同族同士殺し合い、時には自らを……」
はっと思わず、ディアドラは息を呑んだ。
その問いは、高貴で衒学的な問答のようでも、子どもの疑問のようでもあった。
ディアドラは最初に
その覚悟をして『マヨヒガ』へ来たわけだが、自分で思い返しても、破滅的なクソ度胸だと言わざるを得ない。
苦しんだ末に死ぬより、ひと思いに死んだ方がマシだと思った。
誰かの思い通りの死に方をしてなるものかという、反骨の意思もあった。
だが、だとしても。
そもそも、何故、『死』という選択肢がそこにあったか。実際それは人に特有の選択だろう。犬や馬が首を吊る話など聞いた覚えが無い。
「そりゃ、人は確かに簡単に死ぬよね。
十人に一人は子どものうちに死ぬ。病気が流行ればバタバタ死ぬ。戦争が起これば殺される。雨や日照り、あるいは王様が無能なら、飯が食えずに飢えて死ぬ。
……私が今生きてるのも奇跡だわ」
自分で言葉にしていて、ディアドラはぞっとする。
日々を生きている間にうっかり忘れてしまいがちだが、この世界には余りにも当然に、死が溢れているのだ。そこは
では何故、そんな簡単に失われてしまう命を、人は大事にしないのか。ディアドラもすぐには答えが出せなかった。
だが逆に、『何故人は生きるのか』と考えてみると、答えを一つ、思いついた。
「結局さぁ、生きてるだけじゃ物足りないって考えるんじゃないの?
みんな」
「ほう?」
「どうせ人生の落とし穴を全部避けて生き存えても、何十年かで死ぬわけよ。
だったらその間に山ほど楽しいことしたいし、やるべきことがあったらやっときたいじゃん?
命なんて、そのためのチケットでしかないんじゃない?」
ディアドラだって、小賢しく自分の命を守って生きてきた身の上だ。
だがどうして命を守るかと言えば、生きて成すべきことが、やりたいことがあるからだ。
命を費やしてでも成すべき事があると思ったら、その時は死も厭わぬだろう。また、生きていても仕方の無い状況に追い込まれたら、死も恐れなくなるだろう。
究極的には、『生きること』は手段であり、目的ではないのだ。
それが
「もとより儚き命だから、命に重きを置かぬと?
筋は通るが理解に苦しむな」
ディアドラは、この恐るべき力を持つ怪物を困惑させるという偉業を為した。
なんとなくだが、
眉根を寄せて首を傾げていたクルスビが、ふと真顔になり、ディアドラの肩を掴んだ。
彼は随分と慎重に、そっと力加減をしてディアドラに触れたように思われたが、それでも身動きできなくなるほどに強い力だった。
「何よ?」
「よもや、お主、このままここに置いていては、死ぬのか?」
馬鹿馬鹿しいほど真剣な目で言われて、ディアドラの悪戯心が疼いた。
「そうねえ、死んじゃうかも。
一日三回のご飯に加えてフルーツケーキ付きのティータイムが二回はあった方が良いし、ワインも必要。退屈で死なないように小説本でも遊戯盤でも欲しいわね。
服もこれじゃダメね。長生きしたいなら幻獣の毛皮が最高。
それから私、文鳥を飼ってみたかったし……」
「分かった、何もかも足りないようだ。
聞いている暇も惜しい。
今すぐ人間の里から必要そうなものを全て奪ってこよう」
「いや本気にするんかい! てめえ冗談も通じねえのか!」
腕まくりして出て行こうとする
* * *
「これなら、少しは
「……一般論としては」
床の上に布団一枚敷いたきりだったディアドラの部屋は、急に賑やかな有様になった。
人里へ略奪に出向いたわけではなく、『マヨヒガ』中から様々な物品が集められたのだ。
ヒバチとかいう鍋状の携帯暖炉(?)で、白けた炭が燃えている。
さらに、エキゾチックな絵が描かれた衝立と、豪華な刺繍の服をカーテンのように掛けて部屋を仕切れば、段違いに温かくなった。
別に布団一枚の部屋だって、ディアドラにとっては最悪の暮らしをしていた頃よりマシなのだが、これからは寒い季節だ、暖を採らねば体調を崩すこともあるだろう。
ちなみに、賑やかなのは見た目だけではない。
「ねぇー。アタイは嫁さんのお部屋でも構わないって言ったけれど、こいつと一緒とは聞いてないわよ」
「あんだぁ?
俺だってお前みたいな性悪のアバズレと一緒は御免だね」
「なによ!」
衝立に描かれたお姫様と、ヒバチに描かれた狐がやかましく言い争っていた。
この屋敷では家具が喋るくらい当たり前なのだと、ディアドラはそろそろ悟りを開きつつあった。
さらにはタンスや物入れの網籠、化粧鏡なんぞが運び込まれる。
そしてトドメに、豪華すぎるおやつだ。コックのお
「まったく、何事かと思った。
『命を守るための飯を作れ』なぁんて、旦那様が急におっしゃるもんだから」
「そ、それはまたご迷惑を……」
「やぁ、でもね。あたしもちょっと反省したのよ。
ディアドラは食べたものが生き死にに関わるじゃない。
あたしら、飢えてもそうそう死なないからさ。あたしと同じ量じゃ、足りなくなかった?」
ディアドラは沈黙で肯定した。
出された飯に文句は言わない主義だし、周りも(クルスビを除けば)同じものを食べているのだから何も言えなかったが、足りなかった。厨房を手伝って、味見とつまみ食いで補給していたのだ。
「……ありがと」
今にも食欲に負けそうだったが、その前にディアドラは、
お黎ははにかみ、ツノを撫でながらヒゲをピンと立てた。
「何故、感謝する?」
「わざわざ私のために準備してくれたわけじゃん。
それって、『ありがとう』でしょ」
「そうか」
よく分かっていない様子で、
――てゆーかナニコレ。温めた酒に溶いた、卵? これ美味しいの?
ディアドラはまず、取っ手の無いマグカップ(不条理な構造だ……)に入った飲み物に手を付けた。
見たことの無い飲み方だが、薬酒のようなものだろうか。
息を吹きかけて表面を軽く冷まし、口を付けようとして、ディアドラは手を止める。
どっかりと座り込んだ
――めっちゃ見てる……まあいいか。
視線の圧力を受けながら、ディアドラは薬酒を口にする。
燃えるような熱が腹の底へ落ちて、身体に広がっていった。
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