<11>【農英雄カルビン】烙印
牛だか馬だかに牽かせるような荷車を、自らの腕で軽々牽いて、カルビンはウールスの大路を歩いていた。
「よう、カルビン。今日は薬草を売りに?」
「よう、ジーン」
友人に声を掛けられて、カルビンはクイと親指で、背後の荷車を指した。
採れたての薬草が、ぴったり同じ量ずつ括られ、整然と箱詰めされている。
「見ての通りさ」
「お前が自分で街に来るなんて珍しいな」
「ちょいと、学者先生か誰かに聞きたいことがあって。花を付けた後のアルラウネの手入れって誰か知らねえかな」
「そんなもん誰が知ってるんだよ。魔王城にでも問い合わせろ」
実際、農作物の出荷だけなら、カルビン自ら街に出る必要は無い。
都市と衛星農村を結ぶ街道は、魔物もそうそう出ない場所だから、戦えぬ農民でも日常的に行き来できる。だからカルビンは普段、村の者に荷を預けていた。
カルビンが今日こうして街まで来ているのは、カルビン自身の用事のためだった。
「ユジュローの奴、牢屋に入ったぞ」
ジーンが突然、聞きたくないが聞き覚えのある名前を口にした。
「……そうか」
「反応薄いな」
「いや、割とあいつのことは……もうどうでもいいんだよ、俺。
そりゃ恨む気持ちもあるけどさ」
「あのくだらねえ事件が無けりゃ、お前も今頃……」
「言うな」
カルビンは首を振って、ジーンの言葉を遮る。
実際、自分でも意外なくらいカルビンは、何も感じなかった。
「そりゃ確かに、あれが冒険者を止めるきっかけにはなったさ。
でも俺……真面目に頑張ってきたつもりだったのに、味方してくれる奴も、信じてくれる奴も、ろくに居なくて。むしろユジュローの味方のが多かったじゃねえか。
信頼される力ってさ……必要だろ。冒険者に。
剣振って強けりゃいいってもんでもない」
「そりゃあ…………」
「向いてねえんだって早めに分かったから、良かったよ」
ジーンは、次の言葉が見つからない様子だった。
昨日のことのように思い出せるが、もう五年も前の話だ。
嵌められたカルビンは、幸い、犯罪者にならずに済んだ。
だが、それはそれとして、疑いが掛けられただけで仕事への影響は甚大だった。
同格の冒険者が二人居たとして、汚名にまみれた者と外面が良い者、どちらに仕事を依頼するかと言えば、まあ、決まっている。
冒険者など、暴力を売る荒くれ者だと揶揄されるが、結局は上へ行くほど英雄の名誉が求められるようになる。なにしろ貴族や大商人が顧客となるのだから。
体面を保つことも冒険者の仕事だと、カルビンが気づいたのは最後の最後で。気づいたところで、そんな真似ができる器用さは持ち合わせていなかった。
だからカルビンは、冒険者を辞めた。それだけの話だった。
今は畑を耕すだけだ。
「……っと、すまん。もう時間なんで、これで。
よかったら夕方ぐらいに会いに来てくれ」
「分かった。
嫁さんによろしくな。これ、
「ありがてえ」
薬草を一把、手早く包んで、カルビンはジーンに手渡した。
* * *
農業組合に荷車を丸ごと預け、検品と査定を待つ間、カルビンは活気に満ちた大通りをぶらついていた。
いつにも増して、人が多い。普通に歩いているだけで肩がぶつかり合うほどだ。
カルビンはそれをスルスルとすり抜けて進んでいた。
「いったあーい!」
そんな混雑具合なので、自分のすぐ近くで女が転び、甘ったるすぎて頭が痛くなりそうな悲鳴を上げたときも、別に変わったことは何も起こっていないと認識していた。
だが、その女が尻餅をついたまま、カルビンを指差してよく通る声で鋭く叫んだのだ。
「誰か! そいつを捕まえて!」
「な、なんだなんだ?」
行き交う人々のざわめきが、急に、トゲトゲした緊張感を帯びる。
すぐさま、近くに居た男どもの何人かがカルビンに飛びかかってきた。
彼らはカルビンを押し倒して拘束しようとしたが、カルビンが動じず、膝すら折らないので、鈴生り状態でカルビンに縋ってぶら下がるような格好になった。
「おい、なんだよ急に」
「あっ!
お前カルビンじゃねえか!」
背後からカルビンを羽交い締めにしている男が、驚いた調子で声を上げる。誰だか知らずに組み付いたようだ。
「いきなり殴られて、財布を取られたの!」
「なんだと!?」
「待て、何の話だ」
倒れた女は、見れば肌も露わで、鋭く研いだナイフのようにばっちり化粧をしていた。か弱くふしだらな雰囲気の、小悪魔のような美女だ。
一般的に言って、こういう女が涙目で悲鳴を上げれば、男どもは下心も手伝って必死に味方をするものだった。
必死で取り押さえているつもりの野郎どもを、力尽くで振り払うわけにも行かず、カルビンが立ち往生していると、観衆を睨みながら押しのけ、金の鎖を首と両腕に巻き付けた大男がぬうっと顔を出した。
「……よう、おっさん。奪ったもんを返してもらおうか。
それと、俺の女に傷つけやがった分の落とし前もな」
大男の下卑た笑いを見て、カルビンはやっと、自分の置かれた状況を察した。
――
女を使って因縁を付け、金品を巻き上げる。古典的な手口だ。
大男は鎖をジャラ付かせながら近づいてきて、カルビンを見下ろした。
「あんた、せこい悪事がバレて街から逃げだした冒険者なんだってな。
悪事の味は忘れられねえか。あ?」
「俺は何もしてないぞ。あの時も今度もだ」
「黙ってろや犯罪者が!!」
唾が掛かり、カルビンは顔をしかめる。
「……誰か、衛兵を呼んでくれ」
「あん?」
「衛兵を入れて話し合おうじゃねえか。
俺の荷物も、構わないからパンツの中までだって調べてくれ」
この状況を解決する妙案が浮かぶわけでもなく、カルビンはそれだけ言った。
だがそれを聞いて大男は、いっそ滑稽なくらい面食らった様子で、たじろいだ。
「へ、へえ。強気じゃねえか。だが衛兵は、俺とお前、どっちを信じるかな」
「ようカルビン。こいつは何の騒ぎだ?」
そこへ丁度、野次馬の誰かが呼んだのか、衛兵がやってきた。
短鎗を携え、紺塗りの胸甲を身につけたジーンが。
「なんだお前、門番はクビになったのか」
「出勤するとこだよ。それより、お前こそどうしたんだ」
かくかくしかじかと、カルビンが成り行きを説明すると、ジーンは眉根を寄せて息を吐く。
「なるほどな……そりゃ俺を呼んで正解だ。
こういうのは、相手が衛兵を頼れない弱みにつけ込んで脅すもんだからな」
「手間掛けてすまねえ」
「気にすんな、それが俺の仕事だ」
「お、おい! 何を馴れ合ってるんだ!」
大男は悲惨に裏返った声で叫んだ。
「相手は犯罪者だぞ!」
「それを決めるのは巡回裁判だ。
だが本官の知る限りにおいては、五年前の事件でカルビンは無罪だった。
そして付け加えるなら、お前自身の問題とは無関係だ」
ジーンは口の端を釣り上げて笑い、そして首から提げた呼び子を、高らかに吹き鳴らした。
「……ここんとこ派手にやり過ぎたようだな。お前らに会いたかったよ、クジャ、エテラ」
「なっ」
「ええ!?」
「詰め所でじっくり話を聞かせてもらおうか」
人混みを掻き分けて、たちまち、どこからともなく衛兵が集まってきた。
そしてジーンに習って短鎗を突きつけ、美人局の二人組を包囲した。
カルビンは、全てが灰色に塗り替えられていくような気分を味わっていた。
出来の悪い喜劇みたいな顛末だ。
……こんな安い悪党すら、自分を食い物にしようと寄ってくる。手負いの獣は狙われるものだ。
「カルビン、お前も来てくれ。
多分お前の方が被害者だってのは分かってるが、話は聞かなきゃならんからな」
「ああ。……そいつが終わったら今日は帰るよ」
「そうか……」
ジーンは無念そうだったが、引き留めなかった。
やはり街は、風向きが良くない。
喜劇でも悲劇でも、もう御免だ。
舞台を降りて畑を耕してる方が、カルビンにはよっぽど有益だった。
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